01/15. 正しくないかもしれないけれど(前編)
リリウとくだらないことを話しながら過ごす、野草摘みの時間。
いつしか日が陰ってきて、あの洞窟の中じゃないというのに、それとなく肌寒くなってきた。
「おっと、ちょっとのんびりしちゃってたな」
「気づかないうちに、かなり集中しちゃってたんだね、あたしたち」
今日の収穫をかごにまとめた俺とリリウは、少し離れたところにいるはずのフィンネの元へ向かおうとする。
きっとマサンたちが、たくさんの野草を集めてくれたことだろう。
「野草もけっこう蓄えられてきたし、明日の作業は休みにして、子供たちの演劇の方に参加しようか?」
「あ、いいね、それ♪」
俺の提案に、リリウの声が弾む。
脚本を完成させたアミカちゃんは今日、教会堂で子供たちにその概要を伝えているはずだ。
明日から、実際に練習も始まるだろう。
手伝えることがあれば協力しないと。
「あと俺、この摘んだものを乾燥させたり、塩漬けしたりもしなくちゃだ……やること多いよな、本当に」
野草のすべてを生のままで使うわけじゃないから、そういう下準備も必要というわけ。
「あらら、牧師サマは大変だねぇ」
「うるせ」
からかってきたリリウに、俺は笑顔で返す。
「やってみるか、お前も?」
「はいはい、仕方ないから助けてあげる」
「それはどうも」
「どういたしまして」
リリウとのこんなやりとりが、俺は嫌いじゃない。
彼女も同じように感じているなら、うん、悪い気はしないな。
そんなことを考えていた次の瞬間、
「〈魔法の風圧〉」
風の呪文が聞こえたと同時に、木々が激しく揺れた。
直後、弾かれるように茂みから飛び出してきたのは、この森で暮らすあの種族――キルムーリ。
しかも、今日は二人だ。
一方は俺と変わらないくらいの背丈だけれど、もう一方は明らかに小柄だった。
「えっ、ちょ、何!?」
あまりのことに驚いた様子のリリウ。
「んっ、んん……」
地面に倒れ込んでいる大きな方のキルムーリは、苦しそうな声を上げながらも、その腕に小さな方のキルムーリを抱いていた。
まるで魔法の直撃を、身を挺して守っているみたいに。
その行動と、キルムーリそれぞれの体格差を考えると――もしかして、この二人は家族なのか?
「ぅんん……」
「あ、あんた大丈夫?」
戸惑いながらもリリウは、ダメージを受けている様子のキルムーリに駆け寄った。
俺も同様に近づこうとしたが、森の奥から漂う何者かの気配に足を止め、乱された茂みを注視する。
「チェチェチェ」
不快な笑い声。
人をおちょくっているような、どこか奇妙なもの。
「ずいぶん吹っ飛ばしてしまいましたねぇ」
だが、その声の主は、それ以上に怪しげな姿をしていた。
現れたのは、あごの長い短髪男性の人面に、まるで鳥の翼のように大きく出張った耳を持つだけの、それは不気味で不可解な存在だ。
見る者によっては、その姿、どこか滑稽に思えるかも知れない。
けれど、俺に伝わってくる彼の魔力は、悪しきエネルギーを確かに含んでいた。
「おや人間、それにダークエルフですか、チェチェ」
俺たちを確認したらしい宙に浮かぶ人面は、特に焦りの態度を示すこともない。
さも当然のように、またおかしな笑い声を響かせていた。
「……お前、何者だ?」
状況からして、こいつが呪文で、あのキルムーリを攻撃したことは間違いない。
敵意を持つ相手だと判断した俺は、緊張感を高めながら尋ねた。
「何者、と言われましてもねぇ」
振り子のような動きをしながら、彼は答えた。
「私は『ムーボ』。魔族である『チョンチョン』の一人です、チェチェチェ」
名はムーボ、種族はチョンチョン――目の前の人面は、そう述べた。
「どちらさまかは存じませんが、私は、そこのキルムーリに用があるのですよ。どうか、じゃまはしないでいただけますかねぇ」
「……穏やかな用じゃないみたいだが? さっき、風の呪文が聞こえたぜ」
「いや、ちょっと強引に、そこでうずくまっている彼に頼んでみただけなんですよ――私を、あなたたちの集落へ案内してくれとね」
「キルムーリたちの集落へ?」
この森林の奥で静かに暮らしている彼らのすみかに、いったいどうして?
下手に出ているような口調だが、どうにもこいつの言動は高圧的だ。
「んん……」
「んっ! んんんんんっ!!」
ダメージから回復できていない一方のキルムーリを、幼い背丈のキルムーリが心配している。
詳しい事情はわからない。
けれど牧師として、正しく生きたいと願う一人の人間として、今どちらに立つべきなのか、考えるまでもなかった。
「悪いが、お前の求めに応じることはできない。あのキルムーリたちに用があるなら、俺を倒してからにしてもらおうか」
「……ほう」
俺の宣言に小さくつぶやいた人面魔族のチョンチョン――ムーボは、身にまとう怪しげな魔力を強くした。
「リリウ、二人を頼む」
「わかった。気をつけてね、カッタ」
キルムーリたちをリリウに任せた俺は、戦闘の構えに入る。
「なるほど、あなた牧師ですか……これは、厄介な人間と出会ってしまいましたねぇ」
俺の立ち姿に、そう認識したんだろう。
牧師――その肩書きだけで退いてくれればいいんだが、そうはいかないから、対魔族のスペシャリストなんて呼ばれるわけで。
「とはいえ私も仕事なんで、ぞんぶんにやらせていただきますよ――〈魔法の風圧〉」
ムーボの放った魔法の風が、俺を襲う。
だが、横飛びで回避。
地面を蹴って、一気に距離を詰める。
「〈土魔力による具現化――剣〉」
瞬時に土の魔力の剣を創り出した俺は、勢いそのままに斬りかかる。
「はっ」
「チョ!?」
宙に浮かぶ種族だからか、さすがに素早い。
剣は空を走ってしまったが、相手はかなり動揺しているようだ。
「う、〈魔法の風圧〉」
焦ったようなムーボの呪文。
とにかく距離を取りたかったんだろう。
でも、そんな弱々しい風圧なんて俺には届かない。
「はぁーっ」
土魔力の刃でかき消した俺は、後退しようとしたムーボに右手の剣――ではなく、反転して裏拳になった左手を強く押し当てた。
「ちょごふっ!?」
奥の大木まで吹き飛んだ彼は、目を回しながら地面に落ちた。
「こ、ここ、こしゃくな人間で――おちょ!?」
「手を引いてくれるなら、とりあえず見逃してやるけど、どうする?」
幹を背にしているムーボに向けて、俺は土の刃を向けた。
勝負がついていることは、誰の目にも明らかだった。
「……あ、あなた、名前は?」
「カッタ、牧師のカッタだ」
「か、カッタ……」
恨めしそうに俺の名前をつぶやいた彼は、
「い、いいでしょう、今日は私の負けです。けれど覚えておいてください。私は、キルムーリの集落をあきらめませんよ、チェチェチェ」
捨て台詞を残して、逃げるように茂みの奥へ消えた。




