01/14. 謎の痕跡
「ここだよ、カッタ」
オドニオ森林の中にある、リリウの隠れ家的洞窟。
なじみの店を紹介するみたく、彼女は暗がりの中を示した。
緑の茂みに溶け込むそれは、特別に大きな穴というわけじゃない。
数名が、それとなく入れる程度の空洞。
どこかとどこかをつないでいるたぐいのものではないらしい。
聞いていた通り、周囲には食用の野草がたくさん生えている。
確かに、森で夜を過ごすには適切な場所かもしれない。
「ずいぶん久しぶりな気がするなぁ、ここに来るのも」
ウチで暮らすようになったリリウは、少し懐かしそうに、かつてのすみかをながめていた。
「……さみしくなかったか?」
「え?」
「あ、いや……ここで一人、次の朝をじっと待つのは、さみしくなかったのかなって、ちょっと」
俺は、思わず口にしていた。
リリウはダークエルフで、強大な魔力を有する種族。
彼女自身の魔法の実力も、俺はよく知っている。
森の獣やタキシムくらい、呪文一つで簡単に追い払えるだろう。
それでも、孤独な夜の真の敵は、そういうものとは少し違う。
俺も幼い頃、となりに誰もいない夜を過ごした経験があるから、どうしても。
「……出会ってすぐにでも、お前をウチに呼べばよかったな」
単なる洞窟。
森の中にある空洞。
けれど、そんな何でもない風景を前に、俺は勝手に後悔の念を抱いていた。
少なくとも俺は、ここでリリウが一人で過ごす夜を、もっと早く終わらせることができた人間だったんだから。
「ごめんな、リリウ。俺、お前のこと、待たせちゃってたのかもしれない」
「……カッタ」
リリウには、俺が孤児だったことを伝えてある。
だからそれとなく、俺の内心というか、想いというか、そういうものを察してくれたんだと思う。
小さくつぶやいた彼女は、それからしばらく何も言わなかった。
しかし突然リリウは、
「もう、ばっかじゃないの」
大げさな動きで、俺の肩を叩いてきた。
「あのね、あたしはダークエルフの女の子。姉ちゃんの大きな胸がないと眠れなかったような、どこぞの変態少年とは違うの」
「なっ!? お、お前、今それ関係な――」
「本当のことじゃん。幼い頃のカッタは、マルセラの胸をふにふにしないと落ち着かなかったって、そう言っ――」
「お、俺は、お前のことを心配して、だから――」
「今は一人じゃないでしょ、あたし」
おかしな指摘に慌ててしまった俺にも、その言葉は、すんなりと入ってきて。
「今はカッタがいる。アミカもマルセラも、ナコタのみんなも……まぁ、フィンネも一応ね」
リリウは笑顔で、けれど最後だけ茶化すようにして。
「だから、それでいいの。それだけでいいんだよ。あんたが気に病むことなんて、もう何にもないんだから」
「リリウ……」
その優しさに、俺は救われた。
今は、一人じゃない――彼女が、そう思ってくれているだけで、俺はすごくうれしかった。
ありがとうな、リリウ。
「はい。じゃあここで、あたしの洞窟案内ぃーっ」
ちょっと湿っぽくなってしまった空気を変えるように、リリウが俺の手を取る。
そしてそのまま、森の空洞の中に。
「ようこそカッタ、あたしの前の家へ」
外より少し涼しく感じられたそこは、まだ昼だというのに、やっぱり暗い。
それでもリリウの明るい表情は、はっきりと見えた。
「まぁ、案内するものなんて何もないんだけどね」
舌を出して、おどけるリリウ。
「テーブルやベッドがあるはずもないないしな」
だから俺も合わせるように、周囲を見渡して苦笑い。
「そうなの、そうなの。唯一あるとすれば、奥にたき火用の……あれ?」
そう言って振り向いたリリウが、なぜか固まった。
「どうした?」
彼女に続いて、俺も先へ進む。
確かに、浅く掘られた地面の中に、たき火に使ったと思われる枝や葉の残骸が、それとなく置かれていた。
「……これ、あたしじゃない」
「え?」
「昨日とか一昨日とか、とにかく、すごく最近のやつだよ」
近づいたリリウは、燃えた枝葉に触れながら、そう口にした。
もちろん彼女は、すでにウチで暮らしている。
ここを訪れているはずがない。
じゃあ、キルムーリか?
いや。
彼らの集落からそう遠くないのに、こんなところでたき火をする意味がわからない。
だとしたら――。
「旅人、かな?」
俺と同じ考えを、リリウもしていたらしい。
可能性としては、それが一番濃厚だろう。
「ちょうどいい洞穴があったから、一晩過ごした――ってところか、たぶん」
俺の、ありきたりな推理。
現にリリウは、ここを使って寝泊まりしていた。
オドニオ森林に入った何者かが、夜露を避けるために身を寄せたと考えるのは自然の発想だ。
こんな場所を訪れる旅人がいるだなんてめずらしいけど、あり得ない話じゃない。
懐がさみしい場合、集落を外れて進むこともあるだろうからな。
「……別にいいんだけど、何だか、断りもなく家に上がられたような気分」
「はははっ。きっともう、どこかへ行ったんだろうさ。文句を言えなくて残念だったな、リリウ」
さて、外には青々とした野草がいっぱいだ。
フィンネの――いや、マサンたちに負けないように、俺たちも頑張らないとな。
「よし。リリウの隠れ家も見れたことだし、今日の仕事、ちゃちゃっとやっちゃおう」
暗がりを出た俺たちは、さっそく作業に取りかかった。




