01/08. 逃げていく魔族
引き続き、ここはオドニオ森林。
しばらく作業をしていると、突然にフィンネが呪文を唱え出す。
「〈灰魔力による召喚――マサン〉」
求めに応じて、灰色の皮膚をした小柄な魔族――マサンが出現した。
「ギィーッ」
「ギィ」
「ギギィーッ」
三体のマサンに、召喚魔法の術者であるフィンネが告げる。
「あなたたち、私の代わりに野草をとってちょうだい――いいわね?」
「「「ギィ」」」
従順なマサンたちは、その指示を受け、すぐさま行動を開始した。
「ふっふっふ、最初からこうすればよかったんだわ。何も私がこんなこと、自分でやる必要なんてないんだもの」
勝ち誇ったように、フィンネは笑みを浮かべていた。
「……お、お前なぁ」
確かに賢い手段かも知れないが、ほめられたもんじゃないぞ、そんなの。
「ギィ」
「ギギィ」
「ギィ」
まるで悪い姉にけしかけられたみたく、せっせと働くマサンたち。
しかし、
「あ、ちょっとあなた、それは毒草よっ」
「……ギィ?」
「あなたも、それは摘んじゃダメなやつじゃない!」
「ギィ!?」
「違う、それも危ない野草っ!!」
「ギ、ギィ……」
どうも彼らは、その手の知識がないみたいで。
そりゃそうだよな。
「使えないわね、まったく」
「「「ギ、ギィ……」」」
フィンネに怒られ、しゅんとなるマサンたち。
あーあ、かわいそうに。
あいつ、態度だけは、本当に女王さまだからな。
「教えてあげるから、ちゃんと覚えなさいよ」
「「「ギィ」」」
「まず、これはね――」
いきなり、マサンに野草教育を始めたフィンネ。
それって、逆にめんどくさい気が……まぁ、いいや、ほうっておこう。
「ふぅ」
別の方向に目を向けると、黙々と野草を摘むリリウの姿が。
あれが、俺を脅して食事を要求してきたやつだとはね――何て言うのすらおかしいくらいに、彼女はまじめな女の子になっている。
今思えば、牧師である俺に舐められたくなくて、あえてあんな態度に出ていたのかもしれないな。
「……何、カッタ?」
「あ、いや、別に」
リリウが振り返ってきた。
あいつ、俺の視線に対して、妙に敏感だな。
「あたし、ちゃんと仕事やってるよ」
「もちろんわかってるさ。お前はフィンネと違って、もう俺が頼んだことを、率先して素直にこなしてくれる。心配なんかしてないよ」
「そ、そうよ……は、働き者でしょ、あたし」
ごにょごにょ言いながら、彼女が俺に背を向けた。
「は、働き者の奥さんがいると、男の人は……し、幸せらしいよ、聞いたところによると」
「ああ、うん、そうだな」
普通に返事をしたんだけど、リリウはどうも不満らしくて。
「……そ、それだけ?」
「そうだと思うよ、本当に」
「…………」
「な、何だよ?」
「何でもないよっ」
軽く俺をにらんだとたん、すたすたと森の奥へ進んでいってしまった。
おい、あんまり奥に行くなよ――と伝えようとした俺だけど、リリウはすぐに、その歩みを止めた。
「……カッタ、何かいるよ」
やや緊張感のある彼女の声色。
茂みの先に、何者かの気配を感じたらしい。
リリウが、それとなく戦闘の構えに入る。
森の獣か、あるいはタキシム?
俺は、さわさわと動く、明らかに不自然な草木に注意を向けた。
すると、ちょっとした壁のように広がる藪の隙間から、ちらりと人影が確認できた。
くすんだ茶色のベストを着ていて、背丈は俺とそんなに変わらない。
一見、道に迷った人間の旅人にも思えるが、異様なほどに鼻が大きい。
まるで鳥のくちばしのように、角を持って突き出しているんだ。
対して、本来口があるべき部分は、なぜかつるりとすっきりしていて。
うん、間違いない。
あれは――。
「…………」
リリウも確認できた様子だけど、その強ばった体勢を緩めない。
目にした相手が誰なのか、どうにもわかりかねているんだろう。
するとあちらも、俺たちに気づいたみたいで、
「んんっ!?」
驚いたようなリアクションをすると、一目散に藪の奥へと逃げていってしまった。
「……な、何、今の?」
気配の主が去ったことで、リリウはやっと肩の力を抜く。
「私、襲われる可能性も考えてたけど、むしろあっちの方が、私たちを避けてなかった?」
まぁ確かに、肉食の獣や攻撃的な魔族が現れてもおかしくはないからな。
予想外の展開に、彼女は首を傾げていた。
「ああ、いいの、いいの。気にするな」
不思議そうなリリウに、俺は説明する。
「今のは、この森の深い地域に集落を持つ『キルムーリ』っていう魔族だ」
「きる、むーり?」
リリウが繰り返す。
たぶん、出会ったことも、聞いたこともなかったんだろうな。
「そう、キルムーリ。ほとんど一瞬のことだったから、お前はわからなかったかもしれないけど、彼らの外見的特徴は、その大きな鼻。加えて、当然あるはずの口がないことなんだ」
「あ、うん……言われてみれば、そうだった気がする」
「声もさ、うめき声というか、くぐもってただろ? あれは、部位としての口がないことが理由なんだ」
言うなれば今朝、俺が姉さんに、胸を強く押し当てられてもごもごしちゃってたみたいなもの。
あの状態が、キルムーリの普通ってわけ。
「人間はもちろん、他の魔族とも、彼らは積極的に関わろうとはしない。古くからこの地で暮らし、外界との接触を避けながら、独自の生活を営んでいるっていう話だ」
俺も、村のお年寄りから聞きかじった程度。
若い世代の多くは、彼らを目にした経験すらないはず。
そもそもこっち側には、ほとんど来ることなんてないだろうし。
「うそか本当か、彼らの土地には不思議な力が宿っていて、招かれざる外部の者を遠ざけている――っていう話もあるくらいだ。不可解な種族ではあるんだけど、人間を害するタイプの魔族じゃない。適度な距離感というか、干渉し合わないというか……とにかく、ナコタ村とあちらの集落は、そういう状態を長年維持してきたらしいんだ」
人間と魔族が存在する、このガーシュ王国。
もちろん両者が、しっかりと手を取り合うことが理想なのは間違いない。
けれど、共に生きるということは――共存するということは、それを望まない種族にまで『仲良し』を強制することじゃないと思う。
お互いの考え方や伝統を尊重した上で、それぞれが幸せな形で生活していく。
そういう付き合い方を正解とするのも、すごく大事なことなんじゃないかな。
「彼らの集落はもっと先の方だけど、さっきのキルムーリにしてみれば、普段は誰もいないはずの場所で、俺たち他種族に会っちゃったってことなんだ。そういうわけだから、あの態度も当然なんだよ、ある意味」
「なるほどね」
納得してくれたリリウ。
彼女、ウチで暮らす前はこの森のどこかで寝泊まりしてたみたいだが、用心深いキルムーリのことだ。
ダークエルフの魔力を感じて、上手く避けていたんだろうな。
魔法が得意なリリウとはいえ、つまりは女の子の一人野宿。
一定の警戒心は、つねに保っていたはず。
それを察していたから、おいそれと近づいてはこなかったわけだ。
さっきのキルムーリは、ちょっと気を抜いていたに違いない。
まぁ、俺たちも野草を摘んでいただけで、のんびりとしたものだったからな。
フィンネがマサンを召喚してはいるけど、あいつら、今回はただの下働きだし。
そうこうしているうちに、いつの間にか肌寒くなってきた。
もうすぐ日が傾くな。
「よし、今日はお開きだ。また明日にしよう」
リリウと、
「おーい、終わりだ、終わり。もう帰るぞ」
そして、やや離れた場所でマサンへの野草教育を続けていたフィンネに伝えた。
「え、あ、そうなの? それじゃ、いい、あなたたち。ここまでに教えたこと、しっかり覚えておくのよ」
「「「ギィーッ」」」
マサンたちのそろった返事を合図に、俺たちはナコタ村へ戻っていった。




