01/03. 緑の恵みを祝う祭(2)
すると、
「おーい、カッタくん」
決意を新たにした俺に、いつの間にか教会堂を訪れていた村の方が、明るく声をかけてくる。
「ごきげんよう、いい天気だな」
ナコタ村で暮らす、きこりの中年男性――『クレマンス』さんだ。
「壁や扉は変わりないかい?」
村で使用される薪や木材は、彼によってもたらされることが多い。
教会堂の修理に際してもお世話になった。
その後の調子はどうかと、わざわざ立ち寄ってくれたのかもしれない。
「はい、おかげさまで」
「よかった、何よりだ――まぁ、それは単なる確認でね、本題は別にあるんだ、実は」
教会堂に問題はないと伝えた俺に、彼はすぐさま切り出してくる。
「そろそろ『緑草祭』だが、準備はどうするんだい?」
「あ、そうですね」
クレマンスさんに尋ねられて気づく。
緑草祭。
春と夏の間の、さわやかで過ごしやすい時期に催される、ナコタ村の季節行事。
森に囲まれたこの村は、昔から、野草や山菜を食材や医薬に利用してきたそうだ。
全国的に今の期間は、そういった植物が青々と育ち、一年の中でも、特に多く収穫できる。
もちろん、ナコタ村周辺でも、それは例外じゃない。
こういったことを背景に集落の祭事としてはじまり、村人に代々受け継がれてきて、その結果、今日に至っているようだ。
つまり、心身の健康を祈りつつ、村全体で緑の恵みを祝うイベント――それが緑草祭というわけ。
「すみません、まだ何も」
そういえば今朝のアミカちゃん、野草をいただいたからおすそわけに――ってことで、ウチを訪ねてきてくれたんだっけ。
なるほど、もうそういう時期なんだな。
「なら、ちょうどよかったな」
クレマンスさんは苦笑い。
「村長が村を離れている現在、この手の仕切りは、牧師である君にやってもらわないとだからね。もちろん俺たちは、言われれば何でも手伝うけど、本来お祭りってやつは、宗教的な意味合いが強い。聖職者の仕事の一環でもあるんだろ、たぶん?」
「ええ、その通りです」
「とりあえず、当日の料理に必要な野草や山菜は、できる範囲で、村の連中が採取しているはずだから。メインの催しが決まったら、それとなく連絡してくれよ――それじゃ」
すっかり忘れてしまっていた俺を責めることもなく、クレマンスさんは教会堂を後にした。
最近、あれやこれや騒がしかったからな。
緑草祭のことを思い出す時間なんてなかった。
この村で生まれたわけじゃないとはいえ――いやいや、むしろそうでないからこそ、ナコタの牧師として、祭事はしっかりと覚えておかなくちゃならないよな。
反省、反省。
「……あの、牧師さま」
そこで、会話を聞いていたであろうアミカちゃんが、申し訳なさそうに言う。
「お父さんのせいで、牧師さまの負担を増やしてしまったみたいで……」
「ううん、そんなことないよ」
俺は、うつむくアミカちゃんに答えた。
アミカちゃんの父親は、何を隠そうナコタ村の村長。
先代が亡くなったことを受けて、みんなからぜひにと指名された、この集落のリーダーなんだ。
一般的に村長って聞くと、高齢の男性をイメージする人が多いと思うけど、そういう意味でウチの村長は、ずいぶんと若い部類になると思う。
俺も、この村の牧師になるに際してあいさつをさせてもらっているし、当然、アミカちゃんの父親でもあるから、個人的にもよくしてもらっているんだ。
けれど今、その村長はナコタ村を留守にしている。
理由は、彼の職業にある。
「こういう時期くらい、村に戻ってきてくれればいいんですけどね――もう、お父さんたら」
「まぁ、アミカちゃんのお父さんは、国中を回る歴史学者だからね。無理もないよ」
俺は、嘆く彼女をなだめた。
そう。
アミカちゃんの父親は、この国の歴史学者。
各地を転々として、古い遺跡や貴重な書物を調査・研究している。
だからどうしても、ナコタだけに留まることができないんだ。
村のみんなは、それを理解した上で、優秀な学者であるアミカちゃんの父親を、ナコタの村長に選んだ。
だから彼が村を留守にしていても、誰一人文句を言わない。
何かあれば知恵を出してくれると、そう理解しているからなんだと思う。
つまりは、村の全員に信頼されているってことなんだ。
そういう父親の娘であるアミカちゃんが、かわいらしくも立派な女の子であることは、むしろ自然なことなんだろう。
ちなみにアミカちゃんの母親も、同じく歴史学者で、同様の理由で村を離れている。
それぞれ別の集落の出身である二人の歴史学者が、この国のどこかで出会い、結ばれ、夫婦となり、家族ができた――そういうことだ。
「祭事を仕切るのは、聖職者の仕事の一つ――去年は村長が村にいたから、俺は手伝い程度だったけど、これは原則、牧師である俺の役目。本来は当然のことなんだ」
村長の留守を理由に緑草祭をすっぽかすようじゃ、さすがに幻滅されてしまうよな。
「私、協力しますからね、牧師さま」
「うん、楽しいお祭りになるよう、よろしく頼むよ」
気合いが入っている様子のアミカちゃんを前に、俺はすこぶる心強い。
とはいえ、結構大変だぞ。
緑草祭の内容を単純に説明するなら、採取した野草や山菜の料理を、村の全員で仲良く食べるイベント。
けれどそれだけじゃなくて、何か出し物というか興行というか、とにかく、みんなが楽しめるものを考えなくちゃならない。
去年は確か、歴史学者である村長が、ガーシュ王国の昔話を講演してくれたんだよな。
俺も一応、この国の牧師として、一通りの歴史的流れを学んではいる。
でも、優秀な学者である村長ならとにかく、俺が偉そうにみんなの前でしゃべるのはおこがましいし、何か違うよなぁ。
あくまで俺は祭り全体を管理すればよくて、別に表立って目立つ必要はない。
問題の出し物に関しても、サポート的な立場で構わないんだ。
けれど、やっぱり方向性は決めないとな。
村長不在の今、これはナコタの牧師である俺の仕事なんだし。
食材の採取と当日の料理は、村のみんなに手伝ってもらいながらできるけど……うーん、どうしよう。




