01/01. にぎやかなのはいいけれど
「リリウ」
背を向けたまま、俺は声をかける。
「もうすぐ朝食ができるから、姉さんとフィンネを起こしてくれ」
「うん、わかった」
飲み物の準備をしていたらしい彼女が、廊下へと出ていく。
教会堂のとなりにある俺の家。
ここでリリウが暮らすようになって、もう数週間が過ぎた。
まぁ、それ以前から、何だかんだ訪れて、泊まったり泊まらなかったりしてたから、具体的にどうこうってこともないんだけど、一応。
意外なことにあいつ、家事全般の手際がいいんだ。
教会堂の掃除はもちろん、俺の料理の手伝いなんかも、さらりとこなしてくれる。
実はリリウ、家庭的な能力が高いんだよな。
とはいえそれは、この家で暮らすようになった他の二人が、生活者として、あまりに残念なのが影響していなくもないんだけど。
「うぅぅ……毎朝、どうしてこんなに早く起こされなきゃならないのよ」
不満をもらしながら、眠たそうに入ってきたのは、この家にいるもう一人のダークエルフ、フィンネ。
女王として、この国を支配する――という、途方もない野望を抱く、なんちゃってビッチ(リリウ談)の女の子だ。
「私、朝が弱いのよ。このままだと、規則正しいダークエルフとしての日常が壊れちゃうじゃない」
以前は、リリウもそんなことを言ってたっけ。
確かに、ダークエルフは夜の方が強いイメージだよな。
でも、ウチで暮らすからには、それなりの時間には起きてもらわないと。
「寝てるのは構わないが、それだとお前、これからずっと朝食抜きだぞ。いいのか?」
「……わ、わかったわよ」
俺の問いかけに、小さく答えたフィンネ。
変な時間に『お腹が空いたわ、カッタ。何か作りなさいよ』と言われても困るからな、俺が。
フィンネが、気だるそうにテーブルにつくと、彼女よりさらに眠たそうな女性が、リリウに支えられながら入ってきた。
「……むにゃ、むにゃ」
眠たそう――というより、まだ寝ているな、これは。
俺の姉弟、マルセラ姉さん。
孤児だった俺は、教会の施設で彼女と出会った。
血はつながっていないが、それでも、強い絆で結ばれている大切な家族。
さらに、聖剣イープノスに選ばれた聖剣士でもあるんだ。
けれど、そんなガーシュの英雄も、今は見る影もない。
「ほらマルセラ、しっかりしなよ。もう朝なんだよ、朝」
肩を貸しているリリウが、優しく叩いて目覚めさせようとする。
少し前まで、リリウは姉さんのことを『あんた』や『カッタの姉ちゃん』としか言わなかったけれど、もう、ちゃんと名前で呼びかけるようになった。
俺はそれが、何だかうれしくて。
姉さんに対して、リリウが心を開いてくれたんだなと、そんなふうに思えたから。
「マルセラ、朝。朝だよ」
溶けてしまいそうな姉さんをそのままにしていては、支えるリリウが大変そうだ。
俺はかまどから離れて、マルセラ姉さんを抱えにいく。
「ほら姉さん、いい加減、もう起き――」
「カッタくぅーん」
「おわっ!?」
いきなり飛びつかれた俺は、ばたんと床に倒れ込んでしまう。
もちろん、上には姉さんが乗っかってて。
「お姉たんのむれを、おほなのふにふに、してもいいらからねぇ……えへへへへ」
「な、何て寝言を――って、おい待て、リリウ!?」
「〈火の魔力〉」
「これ、どう考えても不可抗力だろうがっ!!」
最近まで姉さんは、聖剣士として、国内各地を旅していた。
だからこの村に来てからの生活は、久しぶりに落ち着いた日々なんだろう。
それが理由なのか、もともと朝が苦手だった姉さんの寝起きは、今や目も当てられないくらいにひどい。
だから頻繁に、こんな展開になってしまっていたりする。
「と、とにかく魔法はやめろっての!?」
姉さんに押し倒されながらも、俺は、怖い目をしたリリウに伝える。
すると、家の扉が開いた。
「おはようございます、牧師さま。今朝、村の方から野草をいただいたんですけど、よかったらスープにでもして――って、何をしているんですか、牧師さまっ!?」
アミカちゃん。
以前から、俺を訪ねてきてくれる、まじめでかわいらしい女の子。
けれど何というか、いつも登場のタイミングが悪いんだよなぁ……。
「お、おお、お姉さまとそういうことをするのは、は、はは、ハレンチ過ぎますよ、牧師さまっ!!」
したくてこうなってるんじゃないんだよ、アミカちゃん。
とにかく彼女に弁解を。
それと救助を求めよう。
「あ、あのね、アミカちゃん、これは違うん――」
「カッタくぅん、はーい、どうぞぉ……むにゃむにゃ」
「んふっ!?」
そこで、まるで俺の言葉をさえぎるように、寝ぼけ姉さんが、口に胸を押し当ててきた。
「んっ、んぐっ、ふっ!?」
「〈火の魔力〉」
姉さん越しに片目から見えたリリウは、左右の手のひらに炎を出現させていた。
「ん、んふ、ふふん!? んふふんふふっふ!!(ま、待て、リリウ!? 両手はダメだって!!)」
「カッタぁ、料理はまだなの? 早起きしたんだから、さっさと出しなさいよね――ふぁーあ」
「んふふんふんふんふふ、んふふふんふ、ふんんっ(のんきに座ってないで、助けてくれ、フィンネっ)」
「牧師さまは、胸が大きければ、たとえお姉さまでも手を出すような、そういうハレンチな男性になってしまったんですねっ」
「んふふんふふんふんふふふふん、んふふんふふふふんふふんふふふん!?(頼りのアミカちゃんがそれだと、俺はもう助からないんですけど!?)」
「カッタっ」
「カッタくぅーん」
「カッタぁ?」
「牧師さまっ」
穏やかな一人暮らしだった、俺の村での日々。
それが今や、もうこんな感じ。
うん、いいよ。
いいんだ。
にぎやかなのは大歓迎だけどさ、でも――いくら何でも、これはにぎやか過ぎだってのっ!!




