epilogue. つないだ手
ケルギジェとの激闘から、数日が過ぎた。
あの日に襲撃してきたチノセパリックの二人は、おそらく『器』の方のケルギジェ同様、今頃は王国管理下の牢獄に入れられていることだろう。
村への被害はほとんどなく、幸いなことに――なのか何なのか、ナコタ教会堂の半壊が、一番のダメージだったっていう……まぁ、ね、うん。
深手を負ったフィンネも、無事に回復。
もちろんみんな喜んだけど、アミカちゃんは特にね。
やっぱりどこかアミカちゃん、自分のことを責めていたのかもしれないな。
そんなこんなで、また、いつもの日常。
今日は教会堂の壁を、村の人に協力してもらいながら修理しているところだ。
「〈灰魔力による召喚――マサン〉」
フィンネが呪文で、小さな魔族を呼び出した。
「うわぁーっ、すっげぇ、フィンネお姉ちゃん」
「変なの、いっぱい出てきた」
「こいつら、よく見るとかわいいな」
目の前で発動した魔法に、子供たちは興味津々。
「今回は、特別なんだよ、みんな。この教会堂を修理するために人手が必要だから、フィンネさんに頼んでいるだけなんだからね」
「「「はーい」」」
アミカちゃんに返事をしてはいるものの、子供たちは完全にマサンしか見ていなかった。
休憩がてら、そんな様子をながめていた俺に、
「カッタくん、手伝おうか?」
マルセラ姉さんが声をかけてくる。
「何でも言って。お姉ちゃん、頑張るから」
「い、いいよ、姉さんは……向こうで、子供たちの面倒でもみててよ」
基本的に不器用な姉さんには、下手に頼まない方がいい。
よけいな仕事が増えて、きっと大変なことになるから。
「えぇーっ、カッタくんも、私を仲間外れ?」
「何だよ、それ……」
「だって今日は、フィンネちゃんが大人気で、誰も私と遊んでくれないんだよ」
確かに、アミカちゃんから魔法使用の許可が出てるからな。
この前の勇敢な行動の件もあるし、特にこれから数日、フィンネはみんなのヒーローになるだろう。
「責任とって、カッタくんが相手してよ」
「……いや、俺、修理しないとだから」
村をあげて協力してくれてるのに、牧師の俺が遊んでたら、もう最悪じゃんか。
「とりあえず、お昼になるまで静かにしててよ。昼食は、また家でみんなと――」
「ふふっ」
「……何、姉さん、いきなり笑ったりして?」
「ううん、ごめんね――ちょっと、この前のことを思い出したら、つい」
不意に姉さんが、俺の手を取った。
「あっ、姉さん……今、汚れてるんだからさ、あまり――」
「ちゃんと言ってくれたよね、カッタくん。私に『俺は、あなたをあきらめない――何があっても、ぜったいに』って」
「ああ……う、うん」
あの日、俺が姉さんに伝えたこと。
状況が状況だったってこともあるから、あらためて言われると恥ずかしいけど、きっとこれからも、あの気持ちを忘れることはないと思う。
今までの恩返しも兼ねて、俺はずっと、姉さんを守っていきたいんだ。
「うれしかったんだよ、本当に」
「わ、わかってるからさ、ここでそんなことを――」
「大好きなお姉ちゃんのこと、あきらめなくていいからね、カッタくん」
「…………はい?」
何かおかしな姉さんの言葉に、俺は、間抜けな声で聞き返してしまった。
「カッタくんの想いを受け入れる準備、いつでもできてるから……お、大人のふにふに、お姉ちゃんは待ってるよ」
違う。
何か、俺の伝えたかったことと違う。
「姉弟いっしょに、仲良く、身も心もつながろうね♪」
「ちょ、ちょっと、姉さん!?」
言いたいことだけ言って、マルセラ姉さんは子供たちの方に駆けていってしまった。
……おいおい、マジじゃないよね、姉さん。
残された俺が変な気分でいると、
「手を動かしなよ、このスケベ」
となりのリリウが、不満げに俺を責めてきた。
「や、やってただろ、今まで――って、スケベって何だよ!?」
「スケベじゃん……お、大人のふにふに、姉ちゃんとしちゃうんでしょ? 身も心もつながっちゃうんでしょ?」
「するか、そんなことっ!! だいたい、ウチにはフィンネがいるんだぞ!? そんなことできるかっ!!」
「いなかったらしちゃうんだ?」
「揚げ足を取るなよ……お、お前だって、いるじゃんか、どうせ」
「…………」
「…………」
なぜか、妙な沈黙。
こそばゆくなった俺は、とにかく作業に集中した。
すると、
「あたしもさ、あんたの姉ちゃんみたいなこと……言ってもいい?」
視線を向けずに、リリウが俺に聞いてきた。
「な、何?」
「あたしが死んだら悲しいって……そう言ってくれたよね、あの時?」
「……言ったよ」
「いなくなったら嫌だって、そうとも……言ったよ、ね?」
「……だな」
「大切だ……みたいなことも、言ってた」
「…………」
何だよ、これ、拷問かよ。
やめてくれよ、そういうのはさ。
「……あたし、あんたと住もうかな、これから」
「えっ……」
思わず、そう口から出ていた。
もちろん今までだって、ほとんどウチに住んでいるようなものだったし、俺だって前に、似たような趣旨の提案をしたことだってある。
けれど、リリウから言葉にされたことなんてなかったから、俺は不覚にも、少し戸惑ってしまったんだ。
「ほ、ほら、あれだよ!? あんたが姉ちゃんと『大人のふにふに』をしないか、ちゃんと監視しないとだし、フィンネだって、隙をみてはあんたを誘惑しようとしてくるみたいだから……あ、あたしがいないと大変でしょ、カッタも」
「り、リリウ……」
「それとも……あ、あたしじゃ、カッタは嫌?」
見つめてきた彼女から、俺は視線を外せなくなっていた。
なぜだか吸い込まれそうになっていって、気づけば自然と、適度に離れていた俺たちの距離が縮まってしまっていて。
そこにはもう、リリウの艶やかなくちびるが――。
「あぁーっ!! 牧師のお兄ちゃんとリリウお姉ちゃんが『ちゅー』しようとしてるぅ」
ふと現実に引き戻されるような、子供の声が聞こえた。
「あぁーっ、ちゅーだ」
「ちゅーだ、ちゅーだ」
「「「「「ちゅーぅ、ちゅーぅ、ちゅーぅ」」」」」
いきなりの『ちゅー』コールに、
「そ、そんなことするわけないじゃん!?」
リリウは顔を赤くして、子供たちに声を上げていた。
「……牧師さま。手を動かさないで、いったい何をしようとしてるんですか!?」
「ご、ごご、誤解だよ、アミカちゃん!? 俺はちゃんと、まじめに壁の修理を――」
「リリウに先を越されるわけにはいかないわ――ほら、カッタ。わたしと……ちゅ、ちゅちゅ、ちゅーするわよ、今すぐに」
「ば、バカなこと言うなよ、フィンネ!? どうせそんな度胸なんてないんだから、急に無理して――」
「カッタくん。男の子の欲望が抑えられないのなら、すぐにでもお姉ちゃんと大人のふにふにを――」
「ややこしくなるから、姉さんは黙っててっ!!」
もう、とんでもない大混乱。
これじゃ、修理が終わるのなんて、いったい、いつになるのやら。
「あぁーっ、もう!!」
そこでリリウが、俺の腕をつかんだ。
「り、リリウ!?」
「いいから、行くよ」
そう言った彼女は、そのまま外へ駆けだした。
「ぼ、牧師さま!?」
「カッタ」
「カッタくんっ」
俺を呼ぶ三人に、リリウは、
「文句があるなら、つかまえてみればいいじゃん」
からかい半分で伝えていた。
「逃げるよ、カッタ」
「……ったく、仕方ないな――じゃあ遅れるなよ、リリウ」
俺は、彼女と走り出す。
二人つないだ手は、今も、あの時みたいに――。




