05/07. ナコタ村の死闘(5)
「……カッタ」
「わかってる……わかってるよ」
リリウは、俺を心配しているんだ。
だって俺が――俺たちが対峙しているのは、まぎれもなく、マルセラ姉さんなんだから。
さっき横目でとらえた灰色の何かは、おそらくケルギジェの本体である霊体。
視界に映ったということは、やつ自身を直に攻撃することも可能なはず。
けれど、どうすれば……。
「辛そうだな、弟くん。早く楽になりたければ、リクエストに応えてやるぜぇ」
聖剣を遊ばせながら、軽口を叩くケルギジェ。
想像するに、やつが入り込んでいる『器』が致命的なダメージを受ければ、自然になのか自主的になのかはとにかく、本体である霊体が現れる可能性が高い。
しかしそれは、姉さんを傷つけるのと同義――くそっ。
「…………」
「おいおい、だんまりかよ……やる気がないなら殺っちゃうって、俺はそう言ったよな?」
無駄に宙を切っていたイープノスを止めて、ケルギジェが構えた。
「つーことで――」
気持ちの整理ができないでいた俺に、ケルギジェが剣を振り下ろす。
「死ねっ!!」
「カッタ!!」
迫る刃。
リリウの声。
迷いながらも、俺が土魔力の剣で受け止めようとすると、
「……な、何だ、くそっ」
目の前でケルギジェが、固まったように動かなくなった。
「体が、くっ――カッタくん」
表情が変わった。
身にまとう気配すら、穏やかなものになっていく。
これは、演技なんかじゃない。
「……姉さん?」
「そうだよ――そうだよ、カッタくん」
姉さんだ。
マルセラ姉さん。
「姉さ――」
「待って」
無防備に土の魔力の剣を捨てようとした俺を、姉さんが制止する。
「私の中に、まだあいつが――ケルギジェが残っている。今は私が表に出ているけど、これから、どうなるかはわからないの」
自分に起こっていたことを、ここまでの出来事を、マルセラ姉さんはしっかりと認識しているようだった。
「私は、ケルギジェという存在の邪悪さを、よく理解している。もしも再び解き放たれれば、五年前のような――ううん、それ以上の惨劇が、きっと国中で起こってしまう」
「わかってる。わかってるよ、姉さん。だから、俺たちで何とか――」
「いい、よく聞いて、カッタくん」
姉さんは、まるでちょっとしたお使いを頼んでくるみたいに、
「私ごと、ケルギジェを討って」
そう、俺に言った。
「なっ……こ、こんなときに冗談はやめろよ、姉さん!?」
「冗談なんかじゃないよ、カッタくん。私は、真剣なの――本気よ」
こんな顔の姉さんを、俺は見たことがあっただろうか。
別に、ケルギジェが這い出てきたわけじゃない――正真正銘のマルセラ姉さんだ。
けれどそれは、俺の姉さんというより、
「私のやり残していたことを、カッタくんにやってもらいたいの――平和を望む、すべての人たちのために」
聖剣士としての、マルセラ姉さんだった。
「で、できないよ、そんなことっ!!」
「……カッタ」
思わず声を張り上げた俺の名を、リリウはつぶやくように呼んでいた。
「俺に姉さんを……そんな、そんなことできるわけがな――」
取り乱す俺を、マルセラ姉さんが抱きしめた。
幼かった日の俺を、優しく包み込んでくれたのと同じように。
「ごめんね、こんなお姉ちゃんで」
「姉さん……」
「私、カッタくんにひどいこと言ってるよね? でもね、これは、カッタくんにしか頼めないの――私の大切な家族にしか、こんなこと、頼めないんだよ」
わかってるんだ。
そうすることが正解なんだって、俺にだってわかってる。
だけど、だけどさ――。
「私の弟になってくれて、ありがとう。私の家族になってくれて、本当にありがとね。それと、こんなお姉ちゃんでごめんなさい――大好きだよ、カッタくん」
苦しくなるくらいにぎゅっとしてくれた姉さんは、かすかに涙を浮かべながら、俺の前で大きく両手を広げた。
「……さぁ、いつでも」
死を受け入れたように笑った姉さんの姿が、俺にはにじんで見えていた。
胸が、苦しいくらいに脈打っている。
俺は震える右手で、剣先を持ち上げていく。
自分の意思なのかもわからないような、あいまいな感覚だ。
このまま身をゆだねれば、すべてが終わる。
それは間違いなく『正しい』ことなんだろう。
「……姉さん」
だけど俺は、そんな選択をしたくない。
「俺は、あなたをあきらめない――何があっても、ぜったいに」
「か、カッタくん……」
剣を下ろした俺は、
「もしも時代が逆戻りするのなら、今度は俺が、姉さんみたく国を救ってやるさ」
戸惑う姉さんに、想いのままを宣言した。
「……カッタらしいね」
聞こえてきたリリウの言葉は、どことなく安心したような、そんな声をしていた。
「大丈夫。俺が必ず、あいつを――」
「俺を、どうするって?」
一瞬のうちに姉さんの表情が変わり、右手のイープノスが動き出す――ケルギジェだ。
あまりに近距離。
あまりに無防備。
回避動作すら、もう。
「危ない、カッタっ!!」
俺を貫くと思われた白銀の刃が、俺に届くことはなかった。
「り、リリウっ!?」
彼女が俺をかばい、自らの体で受け止めてくれたから。




