05/05. ナコタ村の死闘(3)
「くははっ♪ 何、当たってた感じ? おもしれぇーっ、マジおもしれぇーわ」
「て、てめぇ――ぐあっ!?」
見上げた俺の顔を、やつは横から蹴り払ってきた。
当然、防御なんかできない。
そのまま、力なく地面を滑らされた。
「ああ、マジ最高♪ 久々の器だ。しかも、超一級品」
器、だと?
「選びに選んだ、あのチノセパリックを超えるような、それくらいの体だぜ――かぁーっは」
「くっそ……くそっ」
「おいおい、早く立てよ、弟くん。こっちはだんだん、温まってきてんだからよ」
やつは、俺の前で、このナコタ村の人たちに危害を加えると宣言した。
好きにさせるわけにはいかない。
必ず、止めなければならない。
けれど、やつはマルセラ姉さんでもある。
いまだに理解できていないが、姉さんの体であることは間違いないんだ。
なのに――いや、だからこそ、これはどういうことなんだ?
チノセパリックを選んだって、いったい――。
「やる気ないなら、殺っちゃうぜぇ、俺は」
地面を蹴る音と同時に迫り来る、白銀の刃。
俺は気力で起き上がり、かろうじて握ったままの土の魔力の剣を走らせた。
「いいぜいいぜ、頑張れよ。頑張らねぇと、自分の姉ちゃんに殺されちゃうぜ、お前」
右手に伝わってくるのは、鋭くも重いイープノスの斬撃。
受け止められたとはいえ、聖剣相手じゃ分が悪い。
「それとも、あれか? 大切な姉弟には、本気出せないってタイプ?」
わかっている。
すべて、やつの挑発だ。
その言葉に、姉さんの想いなんて、ただの少しも入っていない。
けれど、俺の気持ちは揺さぶられる。
倒さなくちゃいけない相手なのに。
甘い考えで勝てる相手なんかじゃなのに。
それでも俺は、
「カッタくん、優しいからね――かぁーっは♪」
こいつの中に、マルセラ姉さんを見てしまうんだ。
「……じゃあさ、本気出せるようにしてやろうか?」
目の色が、一瞬変わる。
より汚く、より濁ったものに。
直後、
「ふんっ、はっ、はぁーっ」
俺を打ち込んでくるイープノス。
右から左、上、そして突き――たとえ相手が姉さんもどきじゃなくても、攻撃を防ぐのが精一杯だった。
ガカンッ――と、また強く剣同士が交差した瞬間、
「ふはっ♪」
からかうように笑ったやつの目から生気が消え、何かが抜けたようにその場で倒れてしまった。
「ね、姉さん!?」
いろいろなことが想像できたけど、やはり無視することはできない。
俺は土の魔力の剣を解除し、人形のように倒れた姉さんを抱きかかえた。
「姉さん、姉さんっ」
ダメだ、意識がない。
外傷はないし、息はあるけど、とても目を覚ますような気配がしないんだ。
何だ。
いったい、どうなっている?
「忘れるんじゃねぇよ、弟くん。お前は今、俺を相手にしてるんだぜ」
声が聞こえた瞬間、俺の背中に強烈な痛みが走る。
鋭い何かで、おもいっきり切り裂かれたような、そんな。
「ぐっ!?」
とっさに振り返り確認すると、そこにいたのは、倒れていたはずのチノセパリックの女性。
声も姿も、間違いなく。
しかし、その口調は、
「ははっ、かぁーっは♪」
自分を『ケルギジェ』だと名乗った、あいつそのものだった。
赤く染まった狂気の爪が、異様な存在感を示している。
さっきのは、あれにやられたんだ。
「く、くっそ」
俺は姉さんを腕の中に、とにかく距離を開けた。
背中が熱い。
無防備なところを襲われたんだ。致命傷とまではいかないまでも、ダメージは浅くない。
けれど何より、この状況にひどく混乱している。
理解が、どうしても追いつかない。
「ほら来い、来いよ。チノセパリックには慣れてんだ。これならお前も、遠慮なくやれんだろ、なぁ?」
落ち着け、整理しろ。
俺は、意識のない姉さんをゆっくり横たえながら、ここまでの事態を思い返してみる。
俺がリリウと駆けつけてみると、そこには、フィンネに手をかけているという、姉さんの信じられない姿があった。
顔や声から、その体自体はマルセラ姉さんに違いなかった。
しかしそれは、明らかに姉さんとは別の何者か。
やつは自らを、あの『ケルギジェ』だと名乗ったあげく、今度は俺の背後から、先ほどのチノセパリックの女性として、刃物のような爪で攻撃を仕掛けてきた。
加えて、やつは『器』だの『久々』だの『正体』だのと、妙な言葉を口にしていた。
そして今、チノセパリックには慣れている――とも。
そこで俺は、一つの仮説を、やつにぶつけてみる。
「……お前、霊体魔族か?」
「かぁーっは、やっとわかってくれたみたいだなぁ」
まるで自分の存在を誇示するみたいに両手を広げて、やつは語り出す。
「そうさ、正解だ。俺は、ケルギジェは、決してチノセパリックなんかじゃねぇ。人間やダークエルフのような体を持たない霊体――『エディンム』なんだよ」
「エディンム……」
「俺たちは、人間や魔族の体に入り込み、自らの『器』とする。一昔前は、血の気のある魔族たちが国中で暴れてたからよぉ、俺にしてみれば、もう選び放題だったわけよ」
「……じゃあ、姉さんが討伐し、その後捕らえられた、あの『ケルギジェ』は」
「あいつは、俺の器――つまり、ケルギジェの抜け殻ってことだよ」
争いを好む魔族たちが、それぞれに勢力を伸ばしていた、あの時代。
チノセパリックの『ケルギジェ』が覇権を握り、ついには王国を揺るがす存在にまでなった。
けれどその正体は、チノセパリックの戦士などではなく、俺の対峙している、目の前のこいつ――エディンム。
「楽な話だぜ。人間や魔族を殺しまくっている連中の中から、一番活きのいいやつに入り込めばいいんだからよ」
俺の血のついた爪を軽く舐めて、やつは笑う。
「だから俺は、あいつを選んだ――チノセパリックの、あの戦士をな。これで『狂獣人ケルギジェ』の完成だ、かぁーっは」
「……なるほど。ならお前は、やっぱり正真正銘のケルギジェってわけだ」
「初めから言ってんだろ? 俺は俺だ、ケルギジェだ!!」
やつは――ケルギジェは、チノセパリックの女性の体で吠えていた。
「俺は最強の器で、この国を自分のものにしてやるつもりだった――んだけどよぉ、お前の姉ちゃんは、完全に誤算だったぜ」
ケルギジェはちらりと、横たわるマルセラ姉さんに視線を向けた。
「小娘のくせに、聖剣なんか振り回してきやがってよ……追いつめられた俺は、一か八かの賭けに出た――勝てないなら、こいつを器にすればいいってな」
「……外道がっ」
「怒るなよ、弟くん」
ケルギジェは、鼻を鳴らしながら俺をあしらってきた。
「致命傷の背中の傷から聖剣士に入り込み、俺は聖剣の力を手に入れる――はずが、やっぱり上手くいかねぇんだよな。聖なる魔力に抗えず、俺は逆に、やつの中に閉じこめられちまった。当の本人も、そんなことは気づかなかっただろうさ。だって、あの時目の前には、器の方のチノセパリックの『ケルギジェ』が、実際にいたんだからよ」
「お、お前……五年前から、ずっと姉さんの中に?」
「ああ、そうさ。意識も感覚もなく、半ば死んだ状態でな。けれど、俺の邪悪な魔力は、徐々に聖剣士を浸食していった――そして今日、ついに俺は復活したんだ、かぁーっは」
姉さんが背中に――チノセパリックの『ケルギジェ』にやられた古傷に違和感を覚えていたのは、そういう理由だったのか。
「ここからまた『俺』が始まる。人間も魔族も、殺したいやつは全員殺していく――くくくっ、五年も待ったかいがあったぜ、かぁーっは」
「ふざけたことを……」
「おうおう、辛そうな顔してるぜ、弟くん。かなり血が出ちゃってるんじゃねぇの?」
「……〈土魔力による具現化――剣〉」
「途中で倒れないように、せいぜい頑張れよぉ」
土魔力の剣を構えた俺を、挑発してくるケルギジェ。
「お前は、ここで俺が止めるっ」
やつの言うように、出血は少なくない。
余裕のない俺に、これ以上のんびりしている時間はなかった。
「はっ」
「ふんっ」
俺の剣撃を、鋭い爪で裁くケルギジェ。
手持ちの武器がない相手だから、さっきのチノセパリックより接近しやすいが、
「そっ、そっ、はっ」
一手一手のスピードが速いんだ。
「ちっ……」
「どうした、どうしたよ? お前の姉ちゃんの体じゃねぇんだから、もっとガンガン来いよ、ほら」
「くっそ」
「そんなんじゃ、全然俺を止められないぜ――うらっ」
「ぐっ!?」
俺の左肩を、やつの爪が滑る。
体が流れたところに、強烈なハイキックが。
「かっ……あ」
中身はとにかく、その体は、戦闘力の高いチノセパリックのもの。
直撃をくらった俺は、勢いよく蹴り飛ばされてしまった。
「かぁーっは!!」
「……あ、っ、う」
まずい。
意識が――。




