05/04. ナコタ村の死闘(2)
「ふざけないでよ、あんたっ」
リリウが声を上げる。
彼女も、俺の問いとやつの言動に、マルセラ姉さん――だと思われた存在が、まったく別の何かであることは認識したみたいだ。
「ケルギジェは、王国の役人が管理する牢獄で、今も幽閉されているんだから」
五年前、聖剣士である姉さんに敗れたケルギジェは、その力の大半を失い、ただの罪人として、あらゆる自由を奪われたまま、今日までを過ごしている。
人間だろうが魔族だろうが、当時を知らない幼い子供たちさえも、それとなく耳にして理解している、ある意味、このガーシュ王国における常識――のようなものだ。
「だいたいケルギジェは、魔族の中でも指折りの戦闘力を持つ種族――チノセパリックの戦士。どこのどいつか知らないけど、あんたがケルギジェのわけがな――」
「はっ、かぁーっはっは」
突然高笑いを始めた何者かは、
「ダークエルフのメスなんかに説明されるまでもなく、んなこたぁ、俺が一番わかってんだよ――うらっ」
足下に横たわるチノセパリックの女性を、フィンネにしたのと同様に、石ころを扱うがごとく蹴り飛ばした。
「がっ……ぜ、ぜはっ、こっ」
「指折りの戦闘力を持つ種族がこれじゃあ、聞いてあきれるぜ。マシなやつなんて、ホント少ねぇんだよな」
息が詰まったように体を震わせたチノセパリックの女性に、やつはさげすむような言葉を吐き捨てていた。
「けど、やっぱいいぜ、聖剣士の体は。なんてったって、もれなく聖剣がついてくるんだもんなぁ――マジ、超優良♪」
子供が新しい遊び道具を試すみたいに、自称ケルギジェは、右手のイープノスを回す。
あらためて、やはり姉さんの太刀筋じゃない。
「とはいえこいつには、かぁーなり世話になったわけだし――なぁ、弟くん?」
もはや完全に姉さんのものじゃない表情で、やつは俺に視線を向けた。
「……フィンネとアミカちゃん、それと子供たちを頼んだぞ、リリウ」
「か、カッタ!?」
「牧師さ――」
「聖剣の試し斬りが、あのクソアマの弟ってのも悪くねぇよなっ!!」
素早い動きで、自称ケルギジェが俺に襲いかかる。
「〈土魔力による具現化――剣〉」
重かった。
腕が――じゃない。
心が、重く震えた。
怒りで、心が震えた。
「かっはぁーっ!! 一応、ちょっとはやるみたいだな」
姉さんの優しい顔を醜くゆがませながら、やつはイープノス越しに、俺を見据えていた。
「カッタ」
「行け、リリウ」
「で、でも、あ――」
「行けっ!!」
「……わかった」
俺はリリウに伝えながらも、目の前のこいつから注意を逸らさない。
身にまとう気配が、見る見る変わっていくのがわかる。
姿かたちは確かにマルセラ姉さんかもしれないが、今となっては、どうしてこいつを、一瞬でも俺の大切な家族だと思ってしまったのか、我ながら理解に苦しむ。
それくらい、こいつは完全に別人だった。
「くはぁーっ、やっぱいいぜ、最高の開放感だ――ふんっ」
嬉々として聖剣を薙いだ自称ケルギジェに弾かれて、俺は後退する。
「ずいぶんと息苦しい時間を過ごすことにはなったが、俺の判断は間違ってなかったぜ」
「……お前は、本当に何なんだ?」
確実に、姉さんではない。
けれど、ケルギジェを名乗ることの意味が理解できない。
邪悪な魔族であることは間違いないが、その正体は、まったく――。
「頭に『?』が浮いてるぜぇ、弟くん」
「ああ、わからないことだらけだ」
「別に悩むこたぁねぇだろ? 俺は別に、なーんも隠したりしてねぇよ。言っただろ、俺はケルギジェだ。嘘偽りなく、正真正銘のな」
「……ケルギジェの種族は、チノセパリックだ。五年前、聖剣士である姉さんに敗れるまで、国中を破壊と殺戮の恐怖に陥れた張本人。俺は実際に対峙したわけじゃないけど、今でも国内には、やつを目にした人間や魔族が大勢いる。情報が、間違っているとは思えない」
「そうだな、正しいぜ。俺も、否定はしねぇ」
「だったら、お前は――」
「けどよ、誰も俺の正体までは見抜けてなかったわけよ」
「正体、だと?」
「俺が殺した人間たちも、俺にひれ伏した魔族たちも、俺に屈辱を味わわせた、このクソアマさえもな――くっくっく、かぁーっは!!」
腹立たしい笑いを示した直後、
「お前、すぐに死ぬのはナシね――」
聖剣を突き出して、やつが距離を詰めてきた。
「ふんっ、はっ、はぁーっ」
三連撃――速い。
さっきのチノセパリックの武人よりも、さらに。
「はっ」
「ちっ……」
四つ目の剣線を土魔力の剣で受け止めて、またしてもつばぜり合い状態。
「そうそう、いいぜぇ。すぐにくたばられると、また次の相手を探さねぇとだからな」
気分が悪い。
「まぁ、お前で楽しんだ後は、ここの村のやつら、全員もれなく殺ってやるんだけど――くくくっ、かぁーっは」
その顔で、その声で、下劣な言葉を吐かれると、心底。
「おっ、いいねぇ、俺を見るその目。久々に、マジ感じるわ、ガンガン――お前、名前は?」
「この状況で、ふざけてんじゃねぇぞ、てめぇ」
「俺には『誰だ』とか『何なんだ』とか尋ねてるくせに、自分は答えないってか――はいはい、えぇーっと、確かさっきのダークエルフが、お前を『カッタ』って……なら聖剣士には『カッタくん』とか呼ばれちゃってんのかな?」
俺は、完全に切れていた。
少なくとも体はマルセラ姉さんであることすら忘れかけて、自然と呪文が口をつく。
「〈魔法の――〉」
「やめて、カッタくん」
交差する剣越しのそれは、姉さんの表情と、姉さんの口調だった。
「ね、姉さ――」
「なーんてな」
土魔力の剣をイープノスで下げられた俺の腹部に、
「がはっ!?」
強烈なひざ蹴りが入った。




