04/09. 強襲(前編)
「きょ、今日もいい天気だよね、アミカちゃん」
「……そうですね」
午前中のナコタ教会堂。
いつものように掃除を手伝ってくれているアミカちゃんだけど、どこか冷たい感じ。
「き、昨日のあれは、完全に誤解なんだよ」
「ええ、わかってますよ。どうやらリリウさんが頻繁に出入りするようになってから、私が誤解しちゃうような事態が多いみたいですね、牧師さま」
「あ、あはははは……」
言葉が刺々しい。
理解してくれているなら、もっと普段通りにしていてもらいたいんだけど。
「ま、まぁ、とりあえず掃除を終わらせて、子供たちを連れて散歩でも――」
「今度は、あのダークエルフの女性とも暮らすみたいですね」
「『フィンネ』ね――く、暮らすっていうか……何だか、リリウとも知り合いみたいだし、具体的な行くあてもないみたいだから」
「……お人好しですね、牧師さまは。リリウさんとは違って、明らかな攻撃を仕掛けられたっていうのに」
なるほど。
アミカちゃんが不機嫌な一番の原因は、そういうことか。
「私は、魔族かどうかで相手を判断するような人間にはなりたくありません。けれど『悪い魔族』なら、仲良くなりたいとは思いません」
自分も襲われた――っていうより、村の子供たちにフィンネが危害を加えようとしたという事実に、アミカちゃんは納得できていないんだろう。
俺は、同じく教会堂にいるフィンネたちを見やる。
「やばいお姉ちゃんも、魔法が得意なんだよね?」
「何さ、やばいお姉ちゃんだなんて……私には『フィンネ』っていうかわいい名前があるの」
「じゃあ、フィンネお姉ちゃん、魔法見せてよ、かっこいいやつ」
「「「魔法、魔法」」」
「……ダークエルフの私に向かって、ずいぶんな態度ね、あなたたち」
小さな子供は柔軟だ。
昨日のことは忘れたのか、それとも水に流したのか、自分たちから積極的に、フィンネと関わろうとしている。
「いいけど、ビビんないでよね。私の魔法は、そんじょそこらの――」
「やめなよ、フィンネ。ダークエルフの私たちには何でもない呪文でも、人間にとってはそうじゃないんだから」
フィンネの行動を、リリウが止める。
何かあいつ、本当に変わったな。
「そうよ、フィンネちゃん。魔法は、見せ物じゃないんだからね」
姉さんも正論を口にしたけど、昨日、聖剣を大道芸よろしく見せびらかしていたのはどなたでしたっけ?
「……わ、わかったわよ」
「「「えぇーっ、けちぃ」」」
忠告を素直に受け入れたフィンネを、子供たちが責めていた。
「……アミカちゃんの心配もわからないではないけど、フィンネはもう、俺たちを襲ったりしないよ。それにアミカちゃんだって、そういう空気を肌で感じているから、子供たちとフィンネを、あえて離したりしないんでしょ?」
「そ、それは……リリウさんとマルセラさんが、すぐそばにいてくれるからです。彼女を――フィンネさんを信頼したわけじゃありません」
「ふふっ」
「な、何がおかしいんですか、牧師さまっ」
「あ、いや、ごめん――姉さんはとにかく、リリウのやつも、アミカちゃんに信頼されるようになったんだなって思ったら、ついね」
俺を火の魔力で脅していたのが、すごく遠い日のことみたいだ。
「私は、その……そういう意味で、リリウさんを警戒していたわけじゃなかったので、最初から」
「ああ、確か……り、リリウが俺を誘惑してくるかも――みたいな心配をしてくれてたんだよね? でも、取り越し苦労だったでしょ?」
「い、いえ……むしろ、危険度は上がっているように思えてなりません、私としては」
「いやいや」
さすがにそれは、鼻で笑っちゃうよ、アミカちゃん。
「こ、この件についてはいいんです。あ、あくまで……私個人の問題ですから――でも、フィンネさんは明確に、それとは違います」
「……ねぇ、アミカちゃん、俺のこと、信じてくれてる?」
俺はちょっと、ずるい質問をしてみた。
「な、何ですか、いきなり……そ、それはもちろん、し、信じてますよ」
「ならさ、俺が信じたフィンネを信じてみてよ。彼女、口ではいろいろ言うんだけどさ、根は小心者の、結構普通の女の子みたいだから」
「……卑怯ですね、牧師さま」
「あはは、ごめんね」
そこでアミカちゃんは、大きくため息を吐いた。
「わかりました。とりあえず、そうしてみます」
「ありがとね、アミカちゃん。じゃあ、早く掃除を――」
「けれど、一つ確認させてください」
「どうぞ」
「最近の牧師さまの行動に、私が処分した牧師さまの裸婦画集の内容を加味して考えると、どうしても気になってしまうのですが……」
ん、裸婦画集?
「まさか牧師さま……だ、ダークエルフの女性に、ハレンチな興味があるとか――ではありませんよね?」
そういえばアミカちゃんには、あの中身を見られてたんだよな。
「あ、あはははは……か、勘弁してよ」
「どうなんですか、牧師さま?」
年下の女の子に、またしても裸婦画集のことで問い詰められるなんて。
情けないやら恥ずかしいやら、俺が答えに困っていると、
『う、うわぁーっ!?』
大きな悲鳴が、外から聞こえてきた。
また、タキシムか?
いや、それにしては、どうも様子がおかしい。
混乱の度合いが、普段とは明らかに違うんだ。
「悪い、ちょっと見てくる」
アミカちゃんに伝えた俺が、教会堂を出ようとした――瞬間、扉が砕けた。
「なっ!?」
「きゃっ!?」
身を引いた俺と、声を上げて倒れたアミカちゃん。
何だ?
いったい、どうなっている?
「……なるほど、こんなところにいたとは」
巨大な体で俺を見下すように、やつはそう言った。
「しかし、まったく、奇妙な世の中になったものだ」
隆起するたくましい胸を簡素なベストで隠し、左右の腕には革の籠手。
太い腕に握られているのは、荒々しいこんぼうだ。
「教会堂に魔族……ぬるい時代は、実につまらん」
おそらく男――そう表現するしかない。
人間離れした体格ではあるけれど、首から下は限りなく人間そのもの。
しかしその顔は、獰猛な野犬のそれをしているのだから。
「……ち、チノセパリック」
まずい。
こいつは――。




