03/07. 傷跡
「ただいま、姉さん。リリウを送ってきたよ――って、うわっ!?」
家に帰って玄関のドアを開けると、マルセラ姉さんが上半身裸で、ブランケットを一枚羽織っているだけだった。
「おかえりなさい、カッタくん」
「な、何て格好をしてるのさ、姉さんっ!?」
とにかく扉を閉めた俺は、目を逸らしながら訴える。
「ふ、服はどうしたんだよ、服は!?」
「服? 脱いだに決まってるでしょ? 見てわからない?」
「そ、それはそうだけど、そういうことじゃないでしょうが!?」
まさかこの人、本当の本当に変なことをしようと考えてたりしないよな。
もしもそんな展開になったら、たぶん俺、リリウのやつに黒こげにされちゃうぞ。
「……か、カッタくん」
「お、俺は姉さんのことが大好きだけど、そ、そういうのとは違って、もっと純粋な――」
「ふふっ、もう……カッタくんのエッチ」
戸惑う俺をからかうみたいに笑った姉さんは、すでに背中を向けていて、羽織っていたブランケットを落としていた。
俺の目に飛び込んできたのは、姉さんの白い肌に走る、痛々しい傷跡だ。
斬撃を受けたような、そういう激しい――。
「薬、塗ってもらえるかな? カッタくんの持っているものでいいから」
マルセラ姉さんの言葉と、その傷跡に、俺は冷静になる。
とっぴにも思えた彼女の行動の理由に、ちゃんと納得できたから。
「……うん」
俺はすぐに戸棚から、常備してある薬草の軟膏を取り出した。
「痛む?」
姉さんに近づき、彼女の背中に話しかける。
「うん、少しね……ここ最近は、何となく」
傷ではなく、もう傷跡。
だから出血しているわけじゃないし、化膿しているわけでも赤く腫れ上がっているわけでもない。
現在進行形のケガやダメージだったなら、回復魔法をかけることも有効だけど、姉さんのこれは、そういうんじゃないからな。
「……ちょっと冷たいかもよ」
「平気、大丈夫――あんっ……」
俺が手に取った軟膏を背中に塗ると、マルセラ姉さんはピクッとして、小さく声を漏らした。
それから、何となく無言。
俺は姉さんの背中に、優しく指を滑らせる。
「……お姉ちゃん、変な時に帰ってきちゃった?」
不意に、姉さんが尋ねてきた。
「私、リリウちゃんとの夜を、じゃましちゃったかなぁ?」
「は、はぁ!? そ、そういんじゃないから」
「本当に?」
「ほ、本当だよ」
「お姉ちゃんとしては、地味に傷ついてるんだけどなぁ……私の知らないうちに、カッタくんにあんなガールフレンドがいただなんてさ」
地味に――っていうか、最初はめちゃくちゃ動揺してたけどな、姉さん。
「まぁ、すごくいい娘みたいだけどね、リリウちゃん――ねぇ、カッタくん?」
「だ、だから、そういうんじゃないっての!?」
「それにしても相変わらず、大きな胸が大好きだよねぇ」
「か、関係ないだろ、胸の話は……」
「お姉ちゃんの胸も、リリウちゃんに負けないくらい大きいよ」
「それを聞いて、俺にどうしろと!?」
「お姉ちゃん、カッタくんにならどうされてもいいです」
「た、頼むから姉さん、そういう話は勘弁してっ!!」
「ふふっ、かわいいんだから、カッタくんは」
まったく、姉さんには敵わない。
小さい頃からずっと、主導権は姉さんが握っていたもんな。
「と、とにかく、リリウとは、その……そういうんじゃないから」
「ふーん……ならお姉ちゃんにも、まだチャンスがあるってことだよね、カッタくん?」
「……も、もう、勝手にしてくれ」
「はーい、勝手にしまーす♪」
マルセラ姉さんは、こういう人だ。
正直、こっちが困ってしまうことも多いけど、やっぱり話していると、どこか落ち着く自分がいる。
きっと、家族だから。
俺の、家族だから。
「少しは、ここでのんびりできるの?」
「うん。しばらくは、カッタくんのところにいさせてもらうよ」
「……そっか」
「おやおやカッタくん、もしかしてうれしいの?」
「い、いや別に、うれしいとかそういう――」
「お姉ちゃんが帰ってきて、カッタくん、喜んでるんだぁ」
「……ほ、ほら、塗り終わったぞ。さっさと服を着てくれよ」
恥ずかしくなった俺は、姉さんの背中に、落ちていたブランケットを投げつけた。
「紅茶を淹れ直すから、寝る前にゆっくりと、二人で話でもして――」
「今夜は私、カッタくんといっしょのベッドで寝てもいい?」
「……いいわけないだろ、姉さん」
これはしばらく、俺の貞操が心配だ。




