03/06. 都合のいいこと
「……わ、悪かったな。本当は、今日も泊まっていくつもりだったんだろ?」
夜の村外れ。
姉さんを家に残して、俺はリリウと二人きり。
「別に部屋だってあるし、お前がよければ、俺は何とも――」
「いいよ、そんな。久しぶりなんでしょ、あんたと姉ちゃんが顔を合わせるのも。今夜は姉弟水入らずで、ゆっくり過ごしなって」
「ああ、うん、なら……そうするよ」
「け、けど、あ、あれだよ……も、もしも姉弟で、変なことしちゃうなら、あたしは本気で軽蔑するからねっ」
「だ、大丈夫だよ。姉さんは少し……お、俺への愛情表現がおかしなところはあるけど、俺たちは血のつながった姉弟以上に、本当の本当に姉弟だからさ」
「……まぁ、あたしにもそれは、何となく伝わってきたよ」
闇夜の下、リリウの声が優しく響く。
「カッタの姉ちゃん、素敵な人だね、すごく」
「……うん。今の俺があるのは、全部彼女のおかげだから。ありきたりな言い方になるけど、姉さんは俺の恩人なんだよ」
盗んで、食べて、寝て、起きて――夢も希望もなく、ひたすらその日を生きる。
まるで獣と変わらないような日々を送っていた子供が、たとえ教会の施設に保護されたところで、すぐに心穏やかになれるはずがない。
雨風がしのげて、誰かから食べ物を奪わなくても空腹を満たせるようになった――ただ、それだけのことだ。
施設にいた大人や同世代の子供たちが、俺の命を脅かすような人間じゃないことは、すぐに理解できた。
けれど、それは単に『敵』ではないというだけ。
当時の俺にしてみれば、彼らは道端の石ころと同じだ。
それ以上の意味はなく、むしろ目障りなくらいの、そういう相手でしかなかった。
「お前にとって、今の俺がどんなふうに見えているのかはわからないけど、施設に拾われた直後の俺は、とにかく誰にも心を開かなくてさ。友だちなんてもちろんできないし、牧師の先生たちからも腫れ物扱いだった……そんな中で唯一、誠実に俺と向き合い続けてくれたのが、同じく孤児のマルセラ姉さんで」
リリウは静かに、俺の話に耳を傾けてくれている。
「出会った時から、ほとんどさっきみたいな感じでさ。俺としても、強がって反抗するのが面倒になっちゃって」
「あはは、かもね」
「だんだんと『この人とならいっしょにいてもいいかも』って考えるようになって、それでいつからか『この人といっしょにいたいな』って、そう思うようになってたんだ」
「……ふーん、だから『結婚』ねぇ」
「い、いじめないでくれよ、昔のことなんだからさ」
俺を困らせて楽しんでいるのか、リリウはどこか喜んでいるようだった。
「結婚うんぬんはとにかく、当時の俺は、マルセラ姉さんと家族になりたかったんだと思うんだ。本物の愛情を注いでくれる相手と、いっしょに暮らしていきたいって、心の底から――たぶん孤児だったから、普通の人の何倍も」
「……あんたが、助けを求める誰かに手を差し伸べたいっていうのも、あの姉ちゃんがいたから、そう思えるようになったの?」
「うん、間違いなく」
「そっか……なら、感謝しないとだね、カッタの姉ちゃんに」
「ん?」
「だってそうじゃん。カッタがそういう生き方を選んでくれたから、あたしは……あんたと出会うことができたんだからさ」
「……あ、あ、う、うん」
暗い夜の下でも、リリウが笑顔なのは、はっきりとわかる。
俺をからかっているわけでも、茶化しているわけでもないってことが、声のトーンからも、その表情からも、まっすぐ俺に伝わってくるんだ。
だけど、だけどさ……そうだとすると――。
「……んあっ!?」
自分が何を口にしたのか理解したっぽいリリウは、急に慌てだして、
「ち、ちち、違うからねっ!? あんたが今考えているような都合のいいこと、あ、ああ、あたしは、まったく思ってなんかないんだからっ!!」
俺につかみかかる勢いで、ぐわっと迫ってきた。
「そ、そうだよな……わかってる、わかってる」
「ん、く、くぅ……も、もういい、か、帰る」
「お、おう……ま、またな」
「……ま、またね」
小さくつぶやいたリリウは、そのまま夜の森へと消えていった。




