05/06. 握手(後編)
さすがに今は、乱暴なトスロたちを追い払った直後。
部外者でも、相手は無害な人間だ。
もちろん予想外のことではあるだろうが、驚き叫ぶようなキルムーリはいなかった。
とはいえ、正直わけがわからない。
どうやら、全員が男性。
それぞれに農具やら木工用ナイフやら、彼らが普段の生活で使っている道具を手にしている。
中には、妙に大きな袋を持っている方もいた。
「お、お前、何でナコタのみんなを――」
「私が頼んだんだよ、カッタくん」
フィンネを問い詰めようとした俺を、男性の声が制する。
集団の中から前に出てきたのは、斧を背中に担いでいるクレマンスさんだった。
「すまない、カッタくん。けれど事情を聞いて、いてもたってもいられなくなってしまったんだ」
まったく、世話が焼けるわ――というような雰囲気で、フィンネが続く。
「私は、カッタたちに任せてけば大丈夫って言ったのよ。はっきり言って、ただの人間が出しゃばったりしたら、かえってじゃまになるしね。だけど、ぜんぜん納得しなかったの、みんな」
集団から、さらに数名。
「魔族と戦うのは無理でも、避難をサポートするくらいなら、俺らにもできる」
「祭りで余っていた食べ物、かき集めてきたんだ。詳細はわからんが、食料は必要だろうと思って......あれ、食文化、人間と違うんだっけ?」
「この前、ナコタの教会堂も、みんなで直したろ? 家の修理とかなら、きっと役に立てるぜ」
「女子供を危険な目に遭わせるわけにはいかないが、体力自慢の俺らなら力になれるだろうって、ここにいる男衆で決めたんだ」
フィンネをかばう――というか、俺を説得するように、彼らは次々に声を上げていた。
「……ということよ、カッタ。ナコタの方はマルセラが残ってくれているから、私が村を離れたとしても平気でしょ? いくら体力に自信のある男だとしても、野犬やタキシムのいる森の中に入ろうとしてるのを、ただ見送るなんてできないし」
そんなことしたら、それこそ怒るでしょ、カッタ――と、フィンネは肩をすくめた。
「それに、ケガしている『あいつ』が『僕も行く。僕がナコタの皆さんを、僕の故郷に案内する』って言うんだから、もう仕方ないじゃない」
フィンネが、背後に向けて、何か合図をする。
すると、集団の最後尾から、マサン数体に支えられたウダロが現れた。
『ありがとう、カッタくん。村を、守ってくれて』
「う、ウダロ!? お前、体は?」
手当ては受けているみたいだけど、まだ痛々しい。
『あはは……見ての通りだけど、マサンくんたちのおかげで、ここまで来られたよ』
ウダロはふと、俺から視線を外す。
その先には、彼の家族三人がいた。
かすかなウダロの声が、俺に届く。
『よかった、無事で』
その後、カデフさんと見つめ合い、静かにうなずく。
父と息子の、無言の会話だった。
「そうか、彼が……」
ウダロとカデフさんのやり取りを見て、クレマンスさんは、幼き思い出の中の友人――その現在の姿を、はっきりと認識したらしい。
『僕の村のことを知って、ナコタの皆さんは、迷いなく立ち上がってくれたんだ』
「そうみたいだな」
俺は苦笑い。
キルムーリたちの事情を知っている身としては、少し反応に困った。
『ここに、ナコタの皆さんを連れてくることを、村の仲間たち全員が望んでいるとは思っていない。僕の勝手だと言われれば、それはその通りだよ。だけど僕は、これが正しいことだと信じてる』
「ウダロ……」
『僕とカッタくんとの出会いが間違いだなんて、他の誰にも言わせない。君は、僕や僕の仲間たちのために、ここまで駆けつけてくれた、大切な友だちだから』
偽りのない熱い感情が、俺の胸に伝わってくる
『僕がそうだからって、村のみんなに、それを押し付けるつもりはないよ。だけど、わかってもらいたいんだ。ナコタ村の人間とコーソ村のキルムーリは、僕とカッタくんのようになれるんだってことを』
「……うん、そうだな」
まっすぐ過ぎるウダロに、俺はうなずいた。
それだけで、もう十分だと思えた。
「よし」
俺たちの様子を、静かに見ていたらしいクレマンスさん。
その場に斧を置くと、意を決したように歩みを進める。
警戒心をとくためか、彼は両手を軽く開いていた。
『最初に声を上げてくれたのは、あの方――クレマンスさんだったんだよ』
ウダロは、やや緊張しているクレマンスさんの背中に、優しくつぶやいていた。
「こ、コーソ村の村長どのに、は、話があります」
ぎこちない語り口で、カデフさんに近づいていく。
「い、いきなり、押し掛けて、も、申し訳ない。わ、我々はナコタ村の有志であり、このたび、こちらの村の――いや、違う。こんなことを言いたいんじゃないんだ、俺は」
首を振り、クレマンスさんは脚を止めた。
『……手伝ってもらえるか?』
カデフさんがナナンザさんに言う。
ポポちゃんをその場に残し、彼は妻に支えられながら、クレマンスさんへ近づいていく。
人間とキルムーリ。
種族の違う二つの視線が、ゆっくりと交わった。
「……覚えているか? お互い、さすがにその頃の面影は消えてしまっているだろうけど」
『覚えているよ――なぁ、ナナンザ』
『ええ、もちろん』
クレマンスさんの顔が、一瞬ゆがむ。
光るものが、かすかに見て取れた。
だが、グッとこらえるように、言葉を続ける。
「……俺は、君たちキルムーリの事情を知っているのに、村の仲間たちを連れてきた。迷惑な話かもしれない。でも、それでも来た。どうしても来たくて、俺はここに来た」
カデフさんは、無言で聞いていた。
「今までが今までだ。君の息子とカッタくんのように、誰もがなれるわけじゃないだろう。これっきりの交流だとしても、それは仕方のないことだと思う」
ナナンザさんも、また。
「それでも、今回だけは、俺たちを頼ってくれないか? 俺は木こりで、仲間たちは器用なやつばかりだ。体力には自信がある。ナコタも先日、危険な魔族に襲撃されたが、今は元通りだ。きっと、この村の役に立てる」
『…………』
クレマンスさんの気持ちは、ちゃんと伝わっている。
もしもこれが個人的な話なら、カデフさんは二つ返事でお願いしただろう。
けれど彼は、コーソ村の村長。
村の伝統を、個人の考えだけで無視するわけにはいかないんだ。
その葛藤が、彼を躊躇させていた。
ナコタ、コーソの各村人も、ただ状況を見守っている。
内心、それぞれに意見はあるだろう。
だが、難しい問題だけに、誰も割って入ることができない。
そんな中、勇敢な俺の友だちは、踏み切れないでいた彼の父親の背中を押すことを決めたみたいだ。
『父さんはどうなの? どうしたいの?』
『……ウダロ』
『僕は、自分が望むことをしたよ。だから、カッタくんと出会えた。クレマンスさんも、僕と同じ。望んで、ここに来てくれたんだ』
「ウダロくん……」
『聞かせてよ、父さん。父さんの友だちが、僕たちを助けるためにここまで来てくれたんだ。父さんは、その友だちに、自分の答えを伝えなくちゃいけないんだよ』
カデフさんとクレマンスさんの二人が、ウダロに視線を向ける。
違う、彼らだけじゃない。
この場の誰もが、一人のキルムーリの少年へと――。
『ウダロ、立派になったな』
カデフさんが微笑んだ。
そこに、もう迷いの表情はない。
『お願いするよ、ナコタ村の有志――いや、再会した、あの日の友と、その仲間たちに』
「……ああ、任せてくれ」
カデフさんの差し出した手を、クレマンスさんが強く握る。
自然と、拍手が響いた。
それは、ナコタ側からだけじゃない。
驚くことに、キルムーリたちからも聞こえてきた。
「か、カッタ、これって、すごいことだよね?」
興奮気味のリリウ。
無理もない。
確かに、これはすごいことだ。
「あなた、やっぱりやるじゃない」
この拍手を導いた主役に、フィンネが言う。
「いろいろ使えそうだから、私の仲間にしてあげるわよ。未来の女王を支える魔族の一人なれるのよ、うれしいでしょ?」
『えっ、あ、う、うーん……あ、あはははは』
フィンネのやつ、また妙なことを。
マサンたちも、何か困った顔してるぞ。
彼女をあしらおうとするウダロと、ふいに目が合う。
小さく親指を立てて俺に合図をした彼に、俺もまた同じように返した。
今日は、二つの村にとって歴史的な日。
未来のことはわからないけど、それだけは、きっと間違いない。




