epilogue. 一抹の不安と平和への願い
一週間が過ぎた。
あれから毎日、俺はコーソ村を訪れている。
俺、リリウ、フィンネやマルセラ姉さんが護衛役となって、ナコタの男性たちをここまで連れてきているんだ。
目的はもちろん、村の復興。
集落のダメージは、まだ目立つ。
けれど、作業は着実に進んでいる。
とりあえず、雨風がしのげる簡単な家屋は完成したし、キルムーリの方々の傷も癒えてきているようだ。
ドムタノンをはじめとするトスロたちは、派遣された王国兵に引き渡した。
しかるべき刑を受けるだろう。
そんなこんなで、俺は現在コーソ村。
リリウたち女性陣はナコタに残っていて、今日はイェルクさんといっしょだった。
「……何で俺まで駆り出されるかねぇ」
コーソ村についてから、彼はずっと不満そうだ。
「文句を言わないでください。俺たちがいないと、ナコタのみなさんが安全に森を進めないんですから」
クレマンスさんとカデフさんは、あの日から交流を再会した。
ナナンザさんを含め、作業の休憩中に会話をしているのを、もう何回も目撃している。
他の方々も、それぞれのペースでコミュニケーションをとっているようだ。
中には人間と関わるのを強く嫌うキルムーリもいるみたいだけど、それはそれで仕方がない。
強要することじゃないんだ。
それでも、ナコタとコーソが近づいたことは疑いない。
焦らなくていい。
一歩一歩で十分だ。
今までの常識が、そう簡単に変わるわけがないんだから。
「お前とリリウたちでいいじゃねーか」
「イェルクさん、旅立つ様子もなく、ずっとナコタ村に居座ってますよね?」
そう。
何やかんや、彼はずっとウチにいる。
「まぁ、牧師の情け。追い出すことはしません。それでも『働かざる者、食うべからず』です。やることはやってもらいますからね」
この人は、トスロたちを王国兵に引き渡すときも、まったく手伝ってくれなかった。
俺は、宮仕え連中と関わりたくないんだ――とか言って雲隠れしてたし。
「へいへい。先輩扱いが荒い後輩だな、まったく」
「だいたいイェルクさん、この村に来たがってたはずでしょ?」
思い返せば、当初はそれを目的に俺を訪ねてきたはずだ。
先日の一件でも、半ば強引に同行を認めることになったし。
「……ああ、それは、もういいんだ」
どこか空返事のイェルクさん。
「(ここに、それらしいものはなさそうだからな、何も)」
「ん、何です?」
「独り言だ、独り言」
イェルクさんが話題を変える。
「ところで、この前の妙な魔族の話だが」
「はい、ムーボのことですね」
ドムタノンたちをけしかけ、コーソ村を襲撃させた、事実上の張本人。
俺は道すがら、牧師であるイェルクさんに、一連のことを報告していたんだ。
「凶暴な魔族ってやつは、いつ、どんな場所にもいる。目的不明のおかしなことを考えているのだって、そりゃ当然いるだろう」
「ええ」
「だが、こういうのには、時期やタイミングみたいなものがある。上手く説明できないが、目に見えない流れのようなものが重なることがな」
いまいち要点がつかめない俺に、イェルクさんは続ける。
「お前の姉がケルギジェを討って、もう五年が過ぎた。この数年、この国に大きな混乱は訪れていない。わかるか?」
「平和な時代だと、そういうことですよね?」
「バカか、お前は。こちら側の感覚だけで考えてたら、何もわからねーだろーが」
「は、はぁ」
「ケルギジェを最後に、もう悪しき魔族はいなくなったのか? この国から、根こそぎ全部? そうじゃねーだろ」
そこで俺は、イェルクさんの言わんとすることが理解できた。
「五年だ、五年。はた迷惑な野心を抱く魔族たちが、しびれを切らせるには十分な時間だぜ」
「……動き出すということですか? 次のケルギジェを狙う、凶暴な魔族たちが」
「ケルギジェどころじゃねーだろうさ。黒翼の魔将――いや、やつすら成し得なかったこの国の支配を、今この瞬間も、どこぞの魔族が狙っているかもしれないってことだ」
ドムタノンと同じような野望を、また別の魔族も?
「この村を襲ってきたやろうは、単なるお山の大将だったようだが、皆が皆そうとは限らない。厄介なのが出てきたら、また揺れるぞ、この国は」
「……まさか、そんな」
と返しつつも、俺は否定することができない。
イェルクさんの指摘は、確かに的を射ていた。
「お前の話からして、そのムーボって魔族は、それほど強い魔族じゃなさそうだ。だが、そういうやつが血の気の多い連中をそそのかして、何らかの目的を達成しようとしている可能性もある」
確かに、ムーボには何か思惑があるように感じられた。
「国の支配に興味がなくとも、力ある者は、力を試したくなる――人間でも、魔族でもな」
「……それは、眠っている野獣を、無理やり叩き起こすようなものですよ?」
「武力や魔力の低い魔族は、誰もが平和主義者だと?」
「…………」
「まぁ、あくまで可能性の話だけどな」
そこで、クレマンスさんの声。
「イェルクさん、ちょっと手を貸してくれ」
「……じゃあ、お前に追い出されないように、ちょっくら仕事をしてくるか」
頭をかきながら、イェルクさんは去っていった。
姉さんがもたらした平和が、崩されようとしている?
この国で、また――。
『カッタくん』
「お、おお、ウダロ」
呼びかけられて、俺は我に返った。
『今の人、カッタくんと同じ牧師なんだよね?』
うなずく俺。
ウダロの傷は、だいぶ癒えた。
一昨日から、彼も作業に参加している。
『あの日、父さんに、いろいろ聞いてたんだけど、何か調べてるの?』
「えっ?」
あの日って、先日の襲撃されたときってことだよな。
いつの間に。
『村に祠や石碑はないか、とか、村の歴史を記した古い書物はないか、とか――そんな感じのこと』
祠、石碑、古い書物。
そんなもの、どうして?
俺は、作業の輪に加わるイェルクさんを見る。
村のみんなの前では、人当たりのいい社交的な男性。
牧師として、対魔族のスペシャリストとして、なかなかに鋭い視点を持っている。
悪人ではない。
とりあえず現状では、これが俺の判断。
しかし、何を考えているのか、まったくわからない。
コーソ村へ強い関心を持っていたのは間違いない。
だが今は、それを失っているようだ。
いったい、あの人は何を――。
『……カッタくん?』
心配そうにこちらをながめるウダロに、俺は軽く首を振る。
コーソ村は守られた。
誰も命を落とすことなく、こうやって復興にはげんでいる。
だけど俺の心には、なぜか一抹の不安が残った。
だから願わずにはいられない。
この国の平和が、これからもずっと続いていきますようにと――。
第3章へ続く。




