05/05. 握手(前編)
「んんんんん」
すると、背後から気配が。
振り返ると、さっきの幼いキルムーリの男の子。
加えて、弱々しくも立っているカデフさんと、彼を支えている母親キルムーリの姿が。
どうやら三人は、建物の中に隠れていたらしい。
無事でよかった。
『あり、がとう、カッタくん。駆けつ、けて、くれて』
自ら、あるいは、介助している女性キルムーリが、彼に呪文をかけていたんだろう。
カデフさんの声は、弱々しくもはっきりと理解できた。
「む、無理しないでください」
『大丈夫、たいした、ことはない。ちょっと、拳を、もらって、しまっただけ、さ』
若い頃は、もっとひどいケガをしたものだよ――と、カデフさんは笑った。
その表情に、俺も少し安堵する。
「カッタ」
呼び声に視線を向けると、リリウがこちらに。
負傷している様子はない。
「やっつけたんだね、さすがカッタ」
のびている巨体を確認して、リリウがねぎらってくれる。
「もう村は心配ないよ。襲いかかってきたやつら、ほとんどぶっとばしちゃったから。戦意喪失して逃げ出したのもいたんだけど、追いかける必要はないと思う。もう、何もできやしないだろうし」
「そうだな」
本気を出したリリウにとって、子分たちの制圧は楽な仕事だったらしい。
ケガがなくてよかった。
『り、リリウちゃんも、来て、くれて、いたんだね』
「えっ、うわっ……だ、大丈夫?」
カデフさんの状態を、ここで初めて認識したんだろう。
リリウが、驚いたように彼を気遣った。
『へ、平気さ。もしか、して、フィンネちゃんも、いっしょに?』
「あ、いや、フィンネはナコタ村でウダロに付き添ってて――あっ、でも、ウダロはケガしてたけど、まったく心配はなくて」
情報を伝えることと、不安にさせない配慮がこんがらがって、何だかリリウは慌てていた。
「と、とにかく、ウダロはフィンネといっしょで、ここへは、人間のスケベ牧師と――」
「そういえばイェルクさんは?」
リリウの説明を、俺はさえぎる。
あの人の姿が見えない。
「あ、うん。あのあと、別行動になったんだ。違う場所で襲われているキルムーリがいるかもしれないからって」
「二手に分かれたのか?」
「カッタは村の中央の通りからここへ来たんだと思うけど、あのスケベ牧師は、東側の小道から奥へ向かったよ」
違うルートで、村を進んだのか。
それなら、俺が気づかないのも当然だが……。
「あいつ、スケベだけど強いから、たぶん平気だと思うけど――あっ、うわさをすれば」
リリウの視線を追うと、そこにはイェルクさん。
そして、彼に先導されるように、たくさんのキルムーリの姿が。
その中から、二人の村人が飛び出してきた。
大人の女性と、幼い女の子だ。
彼女らは一目散にカデフさんへ駆け寄り、三人は無言のまま抱き合った。
ここまでカデフさんを支えていた女性は、そっとその場から離れ、我が子である小さな男の子の頭を優しくなる。
それに応じるように、彼はうれしそうに微笑んでいた。
カデフさんと抱き合うのは、言うまでもなく、妻のナナンザさんと娘のポポちゃん。
カデフさんのケガは、大切な家族を守るために負ったもの。
二人の無事な姿に、彼は心からホッとしたに違いない。
きっとイェルクさんは、村の奥に避難していたという女性と子供たちを見つけ、ここまで安全に連れてきたんだろう。
トスロたちと戦う彼を見たとすれば、外部との接触を拒むキルムーリだとしても、この場における敵ではないことだけは理解しただろうし。
見たところ、致命的なダメージを受けている住民いない。
だが、村の被害は大きい。
多くの家屋は、無惨に壊されている。
のどかだった風景は、一面ひどく荒らされていた。
もとのような状態まで戻すには、それなりの人手がいるだろう。
戦いが終わったからか、男性たちもまた、この場に集まり始めていた。
腕をかばっていたり、足を引きずっている者ばかりだ。
女性や子供たちに、目立つケガはない。
しかし、村の男性たちの多くは、大なり小なり負傷しているとみて間違いない。
彼らの回復を待って、それから村の修復に取りかかるとなると、かなりの時間が必要になる。
簡単な作業じゃない。
それを悟ったんだろう。
ひとときの安心感に包まれた村人たち空気が、どことなく重くなる。
へたり込むキルムーリもいた。
「……大変なこと、だよね」
リリウにも伝わっているはずだ。
理不尽に平穏を奪われた住民たちの、やりきれない心情が。
イェルクさんは、力ない息を吐いて頭をかく。
部外者である自分は、余計なことを口にはしない――良くも悪くも、そんな大人の対応をしているように思えた。
俺も、かける言葉が見つからない。
場の空気を変えたのは、カデフさんだった。
『ここからですよ、皆さん』
さっきまで途切れ途切れだったはずなのに、今度は力強く。
『ここは、私たちの村。私たちが立て直さなくて、誰が立て直すんですか?』
村長として、仲間たちを鼓舞するように、呼びかける。
『もちろん、一朝一夕にはできません。時間は間違いなくかかります。焦らなくていい。まずは、自分と家族の、心と体の回復に努めましょう。すべてはそれからです』
カデフさんの言葉に、誰もが耳をかたむけている。
頭では、きっとわかっているんだ。
やらなきゃ、やるしかないんだって。
けれど、目の前の現実によって、それがただの綺麗事に思えてしまうのかもしれない。
外部との関わりが薄い彼らにとって、この場所は、本当に大切な故郷なんだ。
それが、こんなことに。
『……すぐに気持ちを切り替えることは難しいでしょう。ですが、立ち上がる以外に道はないのです。たとえ長い道のりだとしても、自分たちの手で、地道にやるしかないのです』
カデフさんもまた、折れそうな心を、何とか必死に保っているように思えた。
この状況における村長としての重圧は、想像しただけでも苦しい。
でも、自分が負けたら村はダメになる。
できるなら、誰かに頼りたい。
しかし、自分の立場でそれはできない。
妻と娘に触れる彼の手は、かすかに震えていた。
「何よ、辛気くさいわね」
突然、空気を読むという配慮を少しも感じない、あの聞き覚えのある声が響いた。
「そこで倒れてる魔族、どうせカッタがやっつけたんでしょ? みんな助かったんだから、もっと喜びなさいよ、まったく」
つっこみを入れるという反応すらできない。
俺はただ、いきなり現れたそいつに向かって、戸惑いながら尋ねるのが精一杯だった。
「ふぃ、フィンネ……お前、どうしてここに?」
「どうしてって、そんなの、みんながうるさいからに決まってるでしょうが」
やれやれと言った感じで、フィンネが答える。
……みんな?
すると、彼女の後ろから、多くのマサンたち――そして、そのマサンたちに守られるようにして、ナコタ村の方々が、俺の目の前に現れたんだ。




