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ダークエルフの女の子が、聖職者と仲良くしたらダメですか?  作者: 渋谷 恩弥斎
第2章 少年牧師と、風を奏でる森の民
112/114

05/05. 握手(前編)

「んんんんん」


 すると、背後から気配が。


 振り返ると、さっきの幼いキルムーリの男の子。

 加えて、弱々しくも立っているカデフさんと、彼を支えている母親キルムーリの姿が。


 どうやら三人は、建物の中に隠れていたらしい。

 無事でよかった。


『あり、がとう、カッタくん。駆けつ、けて、くれて』


 自ら、あるいは、介助している女性キルムーリが、彼に呪文をかけていたんだろう。

 カデフさんの声は、弱々しくもはっきりと理解できた。


「む、無理しないでください」

『大丈夫、たいした、ことはない。ちょっと、拳を、もらって、しまっただけ、さ』


 若い頃は、もっとひどいケガをしたものだよ――と、カデフさんは笑った。


 その表情に、俺も少し安堵あんどする。


「カッタ」


 呼び声に視線を向けると、リリウがこちらに。

 負傷している様子はない。


「やっつけたんだね、さすがカッタ」


 のびている巨体を確認して、リリウがねぎらってくれる。


「もう村は心配ないよ。襲いかかってきたやつら、ほとんどぶっとばしちゃったから。戦意喪失して逃げ出したのもいたんだけど、追いかける必要はないと思う。もう、何もできやしないだろうし」

「そうだな」


 本気を出したリリウにとって、子分たちの制圧は楽な仕事だったらしい。

 ケガがなくてよかった。


『り、リリウちゃんも、来て、くれて、いたんだね』

「えっ、うわっ……だ、大丈夫?」


 カデフさんの状態を、ここで初めて認識したんだろう。

 リリウが、驚いたように彼を気遣った。


『へ、平気さ。もしか、して、フィンネちゃんも、いっしょに?』

「あ、いや、フィンネはナコタ村でウダロに付き添ってて――あっ、でも、ウダロはケガしてたけど、まったく心配はなくて」


 情報を伝えることと、不安にさせない配慮がこんがらがって、何だかリリウは慌てていた。


「と、とにかく、ウダロはフィンネといっしょで、ここへは、人間のスケベ牧師と――」

「そういえばイェルクさんは?」


 リリウの説明を、俺はさえぎる。

 あの人の姿が見えない。


「あ、うん。あのあと、別行動になったんだ。違う場所で襲われているキルムーリがいるかもしれないからって」

「二手に分かれたのか?」

「カッタは村の中央の通りからここへ来たんだと思うけど、あのスケベ牧師は、東側の小道から奥へ向かったよ」


 違うルートで、村を進んだのか。

 それなら、俺が気づかないのも当然だが……。


「あいつ、スケベだけど強いから、たぶん平気だと思うけど――あっ、うわさをすれば」


 リリウの視線を追うと、そこにはイェルクさん。

 そして、彼に先導されるように、たくさんのキルムーリの姿が。


 その中から、二人の村人が飛び出してきた。

 大人の女性と、幼い女の子だ。

 彼女らは一目散にカデフさんへ駆け寄り、三人は無言のまま抱き合った。


 ここまでカデフさんを支えていた女性は、そっとその場から離れ、我が子である小さな男の子の頭を優しくなる。

 それに応じるように、彼はうれしそうに微笑んでいた。


 カデフさんと抱き合うのは、言うまでもなく、妻のナナンザさんと娘のポポちゃん。


 カデフさんのケガは、大切な家族を守るために負ったもの。

 二人の無事な姿に、彼は心からホッとしたに違いない。


 きっとイェルクさんは、村の奥に避難していたという女性と子供たちを見つけ、ここまで安全に連れてきたんだろう。

 トスロたちと戦う彼を見たとすれば、外部との接触を拒むキルムーリだとしても、この場における敵ではないことだけは理解しただろうし。


 見たところ、致命的なダメージを受けている住民いない。


 だが、村の被害は大きい。


 多くの家屋は、無惨に壊されている。

 のどかだった風景は、一面ひどく荒らされていた。

 もとのような状態まで戻すには、それなりの人手がいるだろう。


 戦いが終わったからか、男性たちもまた、この場に集まり始めていた。

 腕をかばっていたり、足を引きずっている者ばかりだ。


 女性や子供たちに、目立つケガはない。

 しかし、村の男性たちの多くは、大なり小なり負傷しているとみて間違いない。

 彼らの回復を待って、それから村の修復に取りかかるとなると、かなりの時間が必要になる。

 簡単な作業じゃない。


 それを悟ったんだろう。

 ひとときの安心感に包まれた村人たち空気が、どことなく重くなる。

 へたり込むキルムーリもいた。


「……大変なこと、だよね」


 リリウにも伝わっているはずだ。

 理不尽に平穏を奪われた住民たちの、やりきれない心情が。


 イェルクさんは、力ない息を吐いて頭をかく。

 部外者である自分は、余計なことを口にはしない――良くも悪くも、そんな大人の対応をしているように思えた。


 俺も、かける言葉が見つからない。


 場の空気を変えたのは、カデフさんだった。


『ここからですよ、皆さん』


 さっきまで途切れ途切れだったはずなのに、今度は力強く。


『ここは、私たちの村。私たちが立て直さなくて、誰が立て直すんですか?』


 村長として、仲間たちを鼓舞するように、呼びかける。


『もちろん、一朝一夕にはできません。時間は間違いなくかかります。焦らなくていい。まずは、自分と家族の、心と体の回復に努めましょう。すべてはそれからです』


 カデフさんの言葉に、誰もが耳をかたむけている。

 頭では、きっとわかっているんだ。

 やらなきゃ、やるしかないんだって。


 けれど、目の前の現実によって、それがただの綺麗事に思えてしまうのかもしれない。


 外部との関わりが薄い彼らにとって、この場所は、本当に大切な故郷なんだ。


 それが、こんなことに。


『……すぐに気持ちを切り替えることは難しいでしょう。ですが、立ち上がる以外に道はないのです。たとえ長い道のりだとしても、自分たちの手で、地道にやるしかないのです』


 カデフさんもまた、折れそうな心を、何とか必死に保っているように思えた。

 この状況における村長としての重圧は、想像しただけでも苦しい。

 でも、自分が負けたら村はダメになる。

 できるなら、誰かに頼りたい。

 しかし、自分の立場でそれはできない。

 妻と娘に触れる彼の手は、かすかに震えていた。



「何よ、辛気くさいわね」



 突然、空気を読むという配慮を少しも感じない、あの聞き覚えのある声が響いた。


「そこで倒れてる魔族、どうせカッタがやっつけたんでしょ? みんな助かったんだから、もっと喜びなさいよ、まったく」


 つっこみを入れるという反応すらできない。

 俺はただ、いきなり現れたそいつに向かって、戸惑いながら尋ねるのが精一杯だった。


「ふぃ、フィンネ……お前、どうしてここに?」

「どうしてって、そんなの、みんながうるさいからに決まってるでしょうが」


 やれやれと言った感じで、フィンネが答える。


 ……みんな?


 すると、彼女の後ろから、多くのマサンたち――そして、そのマサンたちに守られるようにして、ナコタ村の方々が、俺の目の前に現れたんだ。

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