05/01. 荒らされた森の集落
風の魔力が導くままに、俺たちは森の中を走った。
今は、一秒一秒が惜しい。
緑の中をひたすら進むと、不意に見覚えのある風景が。
目の前の茂みの中に、小さな白い花を確認。
間違いない。
あれはシロオドニオバナ。
部外者を遠ざける香りを放つ、この地域特有の草花だ。
「カッタ」
シロオドニオバナに気づいたらしいリリウが、脚を止めることなく呼びかけてくる。
「ああ、このまま駆け込むぞ」
俺が彼女に返すと、
「ほう、ここなのか……」
リリウとのやりとりで察したらしい。
イェルクさんが、それとなくつぶやく。
意外なほどあっさりたどり着いてしまったことに、もしかしたら拍子抜けしているのかもしれない。
彼はコーソ村を探していた。
だが、この瞬間まで、それが叶うことはなかった。
なのに、いきなりの目的地訪問だ。
望んでいたこととはいえ、シロオドニオバナの特性を知らなければ、どこか腑に落ちないものだろう。
イェルクさんのことは、もちろん気がかりだ。
しかし今は、目前のことに集中。
考えている場合じゃない。
俺は、茂みの中に突っ込んだ。
緑の壁を抜ける。
そこに広がっていたのは、記憶に残っている以前の景色とは大きく違っていた。
壊された民家、農具を片手に倒れ込む数名の男性キルムーリ――コーソ村は、まるで戦場のように荒らされていた。
「ひどい……」
俺に続いて村に入ってきたリリウが、悲しそうに言う。
一度訪れている彼女にしてみれば、この状況は信じられないものだろう。
俺だって同じだ。
「どうやら、加減を知らない相手のようだな、これは」
イェルクさんは冷静。
もちろん衝撃は受けているだろうけど、まずは牧師として、この惨状の犯人へ、その意識を向けているようだ。
「んんーっ!?」
半壊した民家から、キルムーリの男性が飛び出してきた。
脚がもつれてしまったのか、その場に倒れる。
直後、彼に迫る、トゲを持つ魔族――トスロの姿。
くっ、やっぱりあいつらか。
加速した俺は、呪文を唱えながら接近。
「〈魔法の火球〉」
手のひらから放たれた火の玉が、野蛮な魔族に炸裂する。
「ぐわっ!?」
敵がひるんだところで、俺は男性に駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「……ん、んん」
「とにかく安全なところへ」
キルムーリの男性は混乱している。
加えて、魔法を介さなければ、そもそも『会話』ができない。
急かすような形にはなるが、俺は彼に避難をうながした。
「ん……んん」
少なくとも敵ではないとわかってくれたのか、彼は小さくうなずき、ここから離れていった。
「く、くそう……」
ダメージを受けながらも、俺をにらんできたトスロ。
こいつらが、のどかな村を荒らしたのは間違いない。
「よくもいきなり……ん? お前、どこかで」
どうやら、先日のことを覚えているらしい。
野草摘みの最中に、ちょっと絡まれたあれだ。
こっちは、どれがどいつか、判別できてなかったけどな。
「あっ、お前、この前の牧師!?」
「ああ、そうだよ」
自己紹介の時間がはぶけた。
俺は、単刀直入に尋ねる。
「おい、お前らのボスはどこだ?」
こいつが先日のトスロなら、首謀者は決まっている。
他の連中より体格のいい、あのドムタノンってやつだ。
「はっ、うるせぇ。この前は逃げられたが、お前なんか、この俺が串刺しにしてやるぜ」
俺の質問に答えることもなく、目の前のトスロは、体のトゲを突き出して向かってきた。
「死ねぇーっ」
さすがに、素直に教えてはくれないよな。
「〈土魔力による具現化――剣〉」
「ぐっ……」
土の魔力の剣でトゲを払った俺は、防御の甘いトスロの腹部へ、再度魔法を叩き込む。
「〈魔法の火球〉」
「がはっ!?」
熱と衝撃をくらったトスロは、背中からばたんと倒れた。
安心しろよ、火力は抑えておいたから。
「へぇ、やるじゃねーか」
一連の流れを見ていただろうイェルクさんが、品定めするようにうなずいていた。
「カッタ。これって、やっぱり……」
「ああ、前にウダロを襲ってたやつだ」
近づいてきたリリウに、俺は答える。
こいつらも、コーソ村を探していた。
どうしてなのかは不明だけど、ここを襲撃してきた理由としては十分だ。
「負傷しているのは、見たところ男ばかりのようだな」
周囲を見渡しながら、イェルクさんが言う。
確かに、目に入るのは傷ついた男性キルムーリばかり。
女性や子供は確認できない。
「重傷のやつも多いが、とりあえず息はある。今、彼ら一人ひとりを手当てしている時間はない。さすがに、一体二体で襲撃してきたわけじゃないだろうし、まずは、このトゲの魔族を倒すことが先決だ」
イェルクさんによる的確な意見。
そこで聞こえたのは、ずいぶんと耳障りの悪い声だった。
「おっ、人間だ。人間が来てるぞ」
「ダークエルフの女までいるぜ」
「ん? あれは、この前の牧師たちじゃねーか?」
俺が、さっきの一体を倒したからだろうか。
気配に気づいたらしいトスロたちが、奥からずらずらとやってきた。
「……まったく、大所帯なこった」
両手の指では数え切れない魔族に、苦笑いのイェルクさん。
「お前ら、何しに来たんだ?」
「バカやろう。俺たちのじゃまに決まってるだろ」
「なら、やっちゃわなきゃならねぇな」
戦う気満々のトスロたち。
くそっ、面倒だな。
カデフさんは無事だろうか?
ナナンザさんとポポちゃんの安否も気になる。
「お前、こいつらのボス、わかってるんだよな?」
「ええ」
イェルクさんに、俺は小さくうなずく。
「なら、ここは俺たちが引き受ける。こういうときは、頭を叩くのが一番早い――いいよな、リリウ?」
彼の提案に、
「行って、カッタ」
リリウはすぐさま同意を示した。
「いいんですか? これだけの数ですよ?」
「下っ端なんか、何体いようが楽勝だっての」
ずいぶんな軽口。
けれどイェルクさんは、もうトスロたちから視線を外しはしなかった。
「そういうこと。だから頼んだよ、カッタ」
リリウも戦闘モードに入る。
その横顔は、すごく凜々しい。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
一言残した俺は、そのままトスロたちの中に突っ込んでいく。
「なっ、いきなりきやがった!?」
「ひるんでんじゃねぇ、ぶっ殺せ」
「牧師を倒したなら、きっとボスにほめられるぜ」
俺に反応して、トスロ三体が向かってきた。
すると背後から、二つの呪文詠唱が。
「「〈魔法の風圧〉」」
重なる風のうねりが、トゲの魔族を押しやる。
「うっ……」
「くそっ」
「ち、ちくしょう」
風に飲まれたトスロたちを尻目に、俺はその脇を走り抜ける。
ちらりと背後を確認すると、腕を掲げたリリウとイェルクさんが立っていた。
さぁ、狙うはトスロのボス、ドムタノン。
どこだ、どこにいる?




