04/10. 村の子供たちが選んだこと(後編)
落ち着いたところで、クレマンスさんが言う。
「ところで、ウダロくんはまだかい?」
「あら、そうね」
ハミーヌさんが続く。
そうなんだ。
ウダロの姿は、まだない。
さすがに、ちょっと遅いんじゃないか?
先日、ウダロの父親であるカデフさんは、風の魔力を使って、俺たちをナコタ村まで先導してくれた。
キルムーリにとって、オドニオ森林は庭のようなもの。
仮にウダロがここまでのルートを把握していなくても、カデフさんが力を貸してあげるはず。
道に迷うことはないはずだけど……。
「森の方、見に行ってみようか?」
「そうだな。すぐそこまで来てるかもしれないし」
リリウの提案に、俺がうなずくと、
「ひゃっ!?」
楽しい祭りにはそぐわない、村の女性の悲鳴。
「えっ、タキシム?」
「……いや、何か様子が違うみたいだぞ」
反応するリリウに、俺は首を振った。
どういうわけか村の人たちは、悲鳴の聞こえた方角から逃げるのではなく、緊張感を保ちながらも、何となく近づいている。
タキシムが出てきたのなら、あんなふうにはならない。
「行ってみよう――アミカちゃんとクレマンスさんたちは、とりあえずみんなに落ち着くよう伝えてください」
「わかりました、牧師さま」
「あ、ああ」
「そ、そうね」
素早く答えたアミカちゃんと、やや戸惑うクレマンス夫妻。
俺、リリウ、フィンネ、マルセラ姉さん、加えてマサン三体も、すぐに走り出す。
向かうは、オドニオ森林に面した村の北部だ。
それとなく人が集まっている村の外れまで行くと、
「ウダロ!?」
よろめきながら何とか立っているキルムーリの少年――ウダロがいたんだ。
「んんんん、んん、んん……ん」
一瞬ホッとしたような表情を見せた彼は、その場にばたんと倒れ込む。
周囲にいた村の人たちが、また悲鳴のようなものを上げていた。
俺は慌ててウダロのもとへ。
彼を抱きかかえ、必死で呼びかける。
「お、おい、大丈夫か? 何があったんだよ、おい!?」
「……〈んんんんんんん〉」
か細い『声』で何かをつぶやくウダロ。
直後、彼の『言葉』が聞こえてきた。
『ご、ごめんね……お、驚かせちゃったよね、こんな姿でさ、あはは』
力なく謝るウダロの服装は、ひどく乱れていた。
顔や腕に打ち身や切り傷があり、目もうつろだ。
「どうして、こんな……」
「あ、あなた、ボロボロじゃないの!?」
リリウとフィンネも、いきなりの状況を飲み込めていないようだ。
「……カッタくん、この男の子が?」
「うん――おい、しっかりしろよ、おいっ」
姉さんには、ウダロのことを事前に伝えていた。
今の簡単な返事で理解できるだろう。
俺は彼に声をかけ続けた。
「とりあえず、お前を俺の家まで運ぶ。背負っていくから、まずは――」
『ぼ、僕は大丈夫……あ、あのね、カッタくん、時間が、ないん、だ。聞いてほしい』
混乱する俺をなだめるように、ウダロが腕をつかんできた。
『僕の村が、コーソ村が、トゲを、持つ魔族に、襲われ、たんだ』
トゲを持つ魔族――トスロ、あいつらか。
『大人たちが、農具で、抵抗したけど、どうにもならなくて……父さんが、僕に「カッタくんに伝えてくれ」って。だから僕は、一人、とにかく、ここまで来なくちゃって』
すると俺の視界に、一枚の葉が舞う。
『それに、従っていけば、コーソ村まで、つれていってくれる、から』
もしかして、ウダロがナコタ村までたどり着けるように。
そして、救援にかけつけるだろう俺たちが森で迷わないように、カデフさんが、これを風の魔力で――。
「……わかった。お前は、何も心配しなくていい」
そう伝えると、彼は小さくうなずいた。
俺はゆっくり、ウダロを橫たえる。
「姉さん。ウダロの手当と、村のみんなを頼む。ナコタ村が狙われることはないだろうけど、万が一ということもあるから」
「任せて、カッタくん」
聖剣士である姉さんがいれば、ナコタの守りは完璧だ。
安心してコーソ村へ行ける。
「あたしも戦うよ、カッタ」
リリウが言う。
「あたしたちの友だちにこんなことするなんて、ぜったい許せないからね」
事情を理解した様子の彼女は、コーソ村を襲ったという魔族に憤りを覚えているようだ。
「仕方ないわね。じゃあ、私も」
「いや、お前は村に残ってくれ、フィンネ」
同じく手を上げてくれたフィンネだけど、俺はそれを断る。
「何でよ!? 私、すごい役に立つわよ!」
「「「ギィ」」」
不満そうなフィンネに、マサンたちも同調。
悪いな。
別に、お前たちが役に立たないなんてことじゃないんだ。
「俺とリリウがナコタ村を出てしまうと、ウダロが一人になるだろ? 姉さんやアミカちゃん、もちろん村のみんなは優しくしてくれるに違いないけど、知っているやつが誰もいない状況は、ケガをしているウダロを不安にさせてしまう。だから、フィンネには残っていてもらいたいんだ」
「……確かに、そうかもしれないわね」
「それに、もしもナコタ村が襲撃されたときの戦力として、一定の頭数は必要。そういう場合こそ、お前たちマサンの出番なんだよ」
「「「ギ、ギィ」」」
俺の説明に、フィンネもマサンたちも納得してくれたみたい。
よし。
とりあえず、これでナコタ村は大丈夫。
「急ごう、カッタ」
「ああ」
リリウに答え、俺が走り出そうとすると、
「待てよ」
背後から呼び止められる。
「俺も連れていけ」
イェルクさんだった。
「……聞いていたんですか?」
「騒がしいから顔を出しただけだ。盗み聞きしてたみたいに言われるのは心外だぜ」
ずいぶん飲んでいたはずなのに、酔っている気配はない。
「怖い顔でにらむな。俺は、十分戦力になる。仲間は多い方がいい」
もっともらしいセリフ。
けれどイェルクさんは、コーソ村に強い関心を持っている相手。
しかも、その理由を明かそうとはしない。
確かに、キルムーリたちを助ける目的からすれば、彼の助力は有益。
でも、このどさくさにまぎれて、何かをたくらんでいる可能性も否定できない。
そうなれば、逆にコーソ村の住民を危険にさらす可能性も……。
躊躇している俺に気づいたのか、イェルクさんが揺さぶりをかけてくる。
「お前、俺を信頼してないだろ? 信頼できない俺をこの村に置いておくより、お前が監視していた方が安全じゃないのか? そのキルムーリの村でだって、事情は同じだ。向こうで俺がよからぬことをし出したら、お前が止めればいい。そうだろ?」
「…………」
「それとも、どうにも疑わしい俺を、お前の大切なナコタ村に残しておくつもりか、カッタ?」
悔しいが、ここで悩んでいる余裕はない。
それに一応、彼の話には筋が通っている。
何かあれば、俺が止めればいい。
「……わかりました」
半ば押される形で受け入れた俺は、リリウ、そしてイェルクさんと共に、風の魔力の流れに乗る葉を先頭に走り出した。
急げ、コーソ村に。




