04/09. 村の子供たちが選んだこと(前編)
子供たちの演劇は無事に終了。
肩の荷が下りたらしい彼らは、また無邪気に、それぞれ祭りを楽しんでいる。
あらためてアミカちゃんとマルセラ姉さんの二人と合流した俺は、リリウ、フィンネ、マサンたちと共に、午後のひとときを過ごしていた。
「持ってきたよ。はい、麦がゆ」
「この蒸しケーキ、なかなかおすすめよ。食べてみなさい」
「ありがとうございます」
「まぁ、おいしそうね」
リリウとフィンネが運んできた料理を、アミカちゃんと姉さんが受け取った。
アミカちゃんと姉さんは、ずっと演劇のサポートをしていた。
つまり、昼食はこれから。
お腹が減っているだろうから、ゆっくり食べてもらいたい。
俺は、野草の紅茶を飲みながら一息。
「ギィ」
「ギィ、ギィ」
「ギギィ」
呼び出されるときは、いつもこき使われるだけのマサンたち。
しかし今日は違う。
特に用もないのに、フィンネは引っ込めないしな。
だから彼らもリラックスした感じで、俺のとなりに座っていた。
こちらに、クレマンス夫妻が近づいてくる。
「よかったよ、演劇」
「子供たちにもね、さっき直接伝えてきたのよ」
クレマンスさんとハミーヌさんは、満足そうに声をかけてくれた。
楽しみにしていた様子だったから、喜んでもらえてうれしい。
「ありがとうな、カッタくん」
「例年以上にワクワクする緑草祭になったわ」
「いや、俺は何も。頑張ってくれたのは、アミカちゃんと姉さんなんですよ」
幼い舞台俳優たちの他に、ねぎらいの言葉を受け取る資格があるのは、本番まで子供たちに付き添っていた二人だ。
「おお、そうだったね――ありがとう、アミカちゃん、マルセラちゃん」
「いいえ、そんな」
「私は、ただ子供たちがプレッシャーを感じないように、できるだけいっしょにいただけですから」
クレマンスさんの感謝に、謙遜する二人。
おせっかいかもしれないけど、俺は一つ付け加える。
「特にアミカちゃんは、脚本執筆から細かな演出まで、ほとんど一人でやってくれてたんですよ」
「あら、すごいじゃない。さすがね、アミカちゃん」
「そ、そんなこと、全然……も、もう、牧師さまったら」
ハミーヌさんの称賛に、恥ずかしがるアミカちゃん。
「あはは」
しっかり者の彼女の困ったような表情に、俺は何だかうれしくなっていた。
すると、
「アミカ。あたしも、あんたに言いたい……ありがとね、あの脚本」
リリウが急に、口を開いた。
「ちょっと、やめてくださいよ、リリウさんまで」
彼女は、リリウが俺に乗っかってきたと、そう思ったんだろう。
苦笑いで返していた。
でも、どうやら違うみたいで。
「あの脚本さ、あたしやフィンネのこと、気遣ってくれたから、ああいうふうにしてくれたんだよね?」
「あっ……」
言葉に詰まるアミカちゃん。
どうやら、リリウの真意が伝わったらしい。
そうか、そういうことか。
「昔の話は昔の話で、あたしは今を生きるダークエルフ。何よりあたしは、ナコタ村のみんなのことを信じているから、全然大丈夫だったんだよ。でも、やっぱり……怖がってた部分は、あったんだ。だから、あの演劇を観て、ちょっとホッとしちゃって」
あの日、俺を堂々と諭したリリウの言葉に、うそはなかったはず。
それでも彼女は、素直な心の内を吐露してくれていた。
「……私も、実は悩んでいたんです」
今度はアミカちゃん。
「ああいう脚本にすることは、かえってリリウさんたちを傷つけてしまうんじゃないかって……でも、背中を押してくれたのは、子供たちだったんですよ」
「子供たち?」
「はい」
ぴんと来ていないリリウに、アミカちゃんが続ける。
「史実とされていることについて、私はすべてを伝えました。隠すことなく、全部。けれど子供たちは、その上で、今回の脚本の流れを選んだんです。たとえ本当のことだとしても、それじゃ何か嫌だから――って」
アミカちゃんの発言に、リリウは驚いているようだった。
「だから、私の迷いは消えました。今回の劇の内容は、子供たちがすべてを理解した上で選んだ、彼らなりの物語なんですよ、リリウさん」
「……そっか」
つぶやいてリリウは、子供たちの方を見る。
わかっていたことだ。
この村の子供たちが、正しく判断できる立派な人間なんだってことくらい。
それをただ、あらためて確認できただけのこと。
先回りした優しさとか、大人の対応とか、そういうんじゃない。
何か嫌だ――笑っちゃうくらいシンプルな感覚。
だから、こうしよう。
これがいい。
歴史を誤解するのとは違う。
事実を受け入れて、それを彼らが自分で消化しただけのことなんだ。
マルセラ姉さん、クレマンス夫妻は、穏やかな表情で、二人の会話を見守っていた。
子供たちが演じてくれた王国の歴史。
幼い彼らが表現する舞台であるという性格上、もちろんコンパクトにまとめられた内容にはなっているが、すべて史実をベースにしたものだ。
物語の終盤で、黒翼の魔将の部下が、ガーシュに呪いをかけるシーンがあった。
部下と言っても、実際は幹部職だったらしいが、問題はその種族。
グリゴリである黒翼の魔将は、彼に従う『とある魔族』を複数人重用し、自分の側近として並べていた。
最強最悪とされる武人に選ばれた魔族だから、当然、その魔族も並大抵の潜在力じゃない。
古い文献によると、彼らは『強大な魔力を宿し、褐色の肌と鋭い耳を持つ魔族』と説明されている。
そう、ダークエルフだ。
ガーシュは、黒翼の魔将と戦い勝利するが、結果的に命を落とす。
黒翼の魔将一派の幹部であるダークエルフのかけた呪いが、地上から若き王を奪い去った原因の一つだったことを、誰も否定できない。
黒翼の魔将に従い、英雄の死を間接的に導いたとされる種族――ダークエルフ。
魔法に長けた魔族である彼らは、その歴史的背景と共に、この国では特別な視線を向けられていた。
優秀な魔族として認められる一方、狡猾で卑しい魔族としてさげすまれることも。
この国の歴史を劇として扱うと考えたときの、俺の気がかりはこれだった。
リリウは気にしないと言ってくれた。
ナコタのみんなを信じるとも。
アミカちゃんは迷いながらも、子供たちの選択を尊重した。
村の大人たちは、この国におけるダークエルフの立場を理解しているだろう。
あの演劇のあのシーンで、我らが英雄に呪いをかけた種族が何者なのか、ちゃんと知っているはずだ。
その中でクレマンスさんとハミーヌさんは、いい演劇だったと感想を伝えてくれた。
リリウとフィンネを仲間として受け入れ、その二人といっしょに、村のみんなは子供たちの演劇を楽しんだ。
ガーシュ王国、はじまりの歴史を。
それが、ナコタ村の答え。
昔あったことで、ダークエルフ全体をを悪者にするなんて、何か嫌だ――これが、ナコタ村の答えだったんだ。
今回の演劇を提案してよかった。
もう言葉にしなくても、この場の誰もが、その想いを共有しているはず――なんだけど。
「……あの、さっきから何の話をしてるの?」
あ、フィンネ。
そうだよな。
こいつ、この国の歴史、ちっとも理解してないんだった。
だから、当然そうなっちゃうよな。
「ねぇ、何なのよ、カッタ。私にもわかるように教えなさいよ」
「あ、えーっと……こ、今夜、家に帰ってから教えてやるよ」
「何よ、今教えてくれないの?」
「「「ギィ?」」」
不満そうなフィンネと、首をかしげるマサン。
「ふふっ」
そんな彼女たちにリリウが吹き出すと、みんな次々につられてしまって――にぎやかな祭りの雰囲気に、俺たちの笑い声が重なった。
「な、何よ。何なのよ、もう」
一人ご立腹のフィンネをよそに、一通り笑い終えた俺たち。
ばかにしているんじゃないんだ、フィンネ。
お前は、ずっとそんな感じでいてくれ。
俺、お前のそういうところ、嫌いじゃないからさ。




