04/05. ガーシュ王国のはじまり(3)
「自分の強さを証明するために、たくさんの魔族が、あちらこちらで戦いました。みんなみんな、とても強い魔族たちです。でも、そんな強い魔族たちも敵わない、もっともっと強い魔族がいました」
新しい語り部は男の子だ。
その背後に現れたのは、黒いマントを羽織った、また別の男の子。
顔は土色に塗られている。
手にしている武器は、今までの魔族役より大きな剣。
もちろん木製のはりぼてだけど、明らかに雰囲気があった。
「その魔族は『グリゴリ』。黒い翼を持つという、とても恐ろしい種族でした」
語り部の説明を合図とするように、魔族役の男の子は、ばさっとマントを広げて見せた。
「……グリゴリ」
となりのリリウが、そう繰り返した。
もちろんフィンネとは違い、小さく細い声で。
戦乱覇者の最有力とされたのが、グリゴリという魔族だった。
強靱な肉体と膨大な魔力を持つその種族に、人間はおろか他の魔族さえも太刀打ちできなかったらしい。
「俺はグリゴリの戦士。俺は最強だ。最強だから、俺が王になってやる――ははっ、はははははっ」
グリゴリ役の男の子が、それらしく高笑い。
この『グリゴリ』とは種族名で、特定の個人名じゃない。
人間とか、ダークエルフとかと同じだ。
しかしながら彼が演じているのは、戦乱時代中期に頭角を現したとされる一人の男性武人。
今までの魔族役とは異なり、明確な一個人の役なんだ。
この国のはじまりを語る上で、男の子が演じているグリゴリの武人は非常に重要な存在なんだけど、実は名前が後世にまで伝わっていない。
もちろん、これには理由がある。
「俺が、グリゴリを倒す」
「いいや、俺が倒す」
「僕の魔法で、お前なんかイチコロだ」
素早く舞台に登場したのは、緑の顔の魔族たち。
グリゴリの男の子を囲んで、勇ましい台詞を口にした。
「はははっ、いいだろう。まとめて相手をしてやる――はぁーっ」
余裕のある演技で応じたグリゴリの男の子が、大きく剣を薙いだ。
「「「うわぁーっ」」」
すると、その衝撃にやられたといった感じで、緑の魔族たちが舞台から消えていった。
「はははっ、口ほどにもない」
勝利を味わうグリゴリ。
当時を伝える資料によると、襲われた集落は一晩で焼け野原になり、女性や子供であっても、逆らう者は容赦なく殺されたらしい。
驚くべきは、その凶行が、たった一人の手でなされたということ。
少なくとも、歴史の上で『グリゴリの武人』の存在が確認できるようになった最初の時点において、彼は小国を治める立場にはなかった。
また、これ以前に、グリゴリという魔族がいたことや、その集落があったという文献も残っていない。
つまり、現在知りうる範囲で、この『グリゴリの武人』は、どこかの『王』でも何かの『長』でもなかったんだ。
だから、部下や仲間などはいなかったと考えられる。
したがって、領土を広げる、食料を確保する、といった目的があったわけでもない。
理由なき非道な襲撃は、混沌とした戦乱時代においても、ずいぶんと異質なものだ。
あまりの残虐さ、恐ろしさに、その『グリゴリの武人』の名前は、口に出すのもはばかられたようだ。
呼ぶ者がいなくなれば、当然、その名前を記憶しておく者がいなくなる。
記憶している者がいなくなれば、歴史の記録に残ることはない――というわけだ。
「俺は、普通の魔族ではない。そうだ、特別だ。みんな、俺を『黒翼の魔将』と呼べ。そして、この地にあるすべての国は、俺が支配する。俺は、王の中の王だ。人間も魔族も、みんな俺にひれ伏すのだ」
黒翼の魔将。
名前が伝わっていない彼を誇称する名前は、当時の二つ名である、この『黒翼の魔将』という言葉のみになっていた。
黒い翼を持つ、強大な武人という意味だ。
舞台上では黒いマントと土色の化粧で表現されているけど、どうやらグリゴリという種族は、黒い翼と褐色の肌を持つ魔族だったらしい。
だったらしい――というのは、何も俺があいまいにしか知らない、ということじゃない。
当然これは歴史の話だから、どうしても『らしい』『ようだ』ということにはなる。
けど、グリゴリの容姿については、ちょっと事情があって。
最初の語り部だった女の子が伝えてくれたように、太古の昔から、この地にはさまざまな種族が暮らしていた。
当たり前だけど、その大昔に生きていた人間は、今の時代の俺たち人間にとって、遠い遠い先祖に当たる。
だから人間は、ずっーと昔から現在まで存在し続けている種族なんだ。
けれどグリゴリという種族は、今は存在していない――とされている。
歴史の中で、その血は葬られてしまったようだ。
今は存在していない魔族なら、今生きている種族の中で、その姿を見た者はいないはず。
だから、過去の文献だけが頼りになる。
したがって『だったらしい』というわけ。
ではなぜ、戦乱時代にはいたとされるグリゴリが、現在はいないのか。
これは、今後の劇の展開に関わることだから、話に注目することにしよう。
「黒翼の魔将の勢いはすさまじく、たくさんの国が彼のものになっていきました。人間の国の王さまも、他の魔族の国の王さまも、黒翼の魔将には逆らえません。言うことを聞かないと、すぐに殺されてしまうからです。何人もの王さまに命令できるくらいに偉くなった黒翼の魔将は、まさに、この地で一番の王さまでした」
語り部の台詞の直後、舞台の上に、何人もの子供たちが登場。
人間役の子も、魔族役の子もいた。
そして無言のまま、ひざを立てて体を縮めた。
「ふははっ、ふははははっ」
そんな彼らの真ん中で、大きく笑う黒翼の魔将。
戦乱の世を統べた王としての存在感を、まがまがしくかもしだしていた。
「と、とんでもない魔族ね……あんな偉そうなやつが、ずっと昔にいたなんて」
劇の内容に圧倒されたのか、フィンネが感想をもらす。
黒翼の魔将について、歴史を知らない彼女が驚くのは無理もないけど、この場合、そうさせた子供たちの演技をほめるべきだろうな。
すごいぞ、みんな。
「黒翼の魔将は、誰よりも強く、誰よりも恐ろしい。そんな魔族が、一番の王さまになってしまったのです」
語り部の男の子が、悲しそうな表情になる。
勢力を拡大した黒翼の魔将は、大陸の一角の大半を手にした。
小国の王は次々に服従していき、各国の王を超える大王たる地位にまで成り上がっていったんだ。
戦乱時代の覇者は、ほぼ確定した。
圧政が敷かれるだろうが、少なくとも戦いの日々は集結しそうだ――力ない一般の人間や魔族は、とりあえず刃に恐れることだけはなくなると、そう期待したに違いない。
けれど、彼らを待っていたのは、その期待とは大きくかけ離れたものだったんだ。




