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マジュウ・コラージュ  作者: 若庭葉
急──コラージュ編
43/46

鵺退治⑥

 猛スピードで迫り来るそれを目にした燎子は、踵を返して走り出した。

 かつて瞬く間に人一人を食い尽くしてしまったモノが、今回は六倍の量に増えているのだ。脅威としか言いようがない。

 大百足の群れは、土石流や雪崩の如き勢いで蠢く。

 壁側まで追い詰められた彼女は、すんでのところで横合に逃げた。

 その間際、右腕を漆黒の激流が掠めて行き、二の腕から血が噴き出す。

 しかし、立ち止まっている余裕などはない。燎子は傷口を庇いつつ、舞台の外周に沿って走る。早くも逃げ回るしかない彼女を、激流は大蛇(うわばみ)のように体をクネらせて、追いかける。


「どうしたんだい? 私を焼き斬るんじゃなかったのかな?」


 空鳥の嘲笑を尻目に、燎子は走り続けた。

 すると必然的に、他の場所で戦っている者も巻き込むこととなる。


「センパイ、葉月、避けて!」

「え? ──って、なんかカサカサ煩いと思ったら、何だそれ! つうかこっち来てんな!」


 葉月は、観月の「蜘蛛の巣」によって動きを封じたマジュウを、ちょうど仕込み刀で倒そうとしていたところのようだった。

 が、当然それどころではなくなり、姉妹は燎子と一緒になってその場から離脱する。直後、取り残されたマジュウが大蛇(うわばみ)の餌食となり、瞬く間に呑み込まれた。


「案外使えるなー、アレ」

「そうだけど、どのみちこのままじゃヤバいだろ! ──なんか策はねえのかよ、おい! いつものトンデモ推理(ロジック)はどうした!」


 走りながら隣りに尋ねる葉月。探偵の答えは「……あるにはあるけど、ま(、)だ(、)で(、)き(、)な(、)い(、)」とのことだった。

 そうこうしているうちに、彼女たちは奥側にいた北郷らの方に差し掛かる。


「逃げても無駄さ! 今日ここで、君たちは終わる! おとなしく、大百足の餌食になるがいい!」


 悪役然とした哄笑を上げる空鳥。

 彼は獲物の動きに合わせて振り返った。すると、その視線は、一度通り過ぎかけたある場所に、すぐさま戻される。

 舞台の最奥の暗がりで、何かが動いていた。

 ──戦闘に参加していなかった古神宰が、石段をよじ登っているのだ。


 ※


 ジメジメとした石段の上に登った宰は、続く碧花の手を差し出した。彼に手伝われつつ、ここに来た際に拾った空鳥の拳銃を咥えた彼女も、無事に這い上がる。

 木乃伊が座す場所まではあと二段。少年は真上にジャンプしつつ、とっくに擦り切れ血が滲んでいるであろう手で、そこに掴まった。

 目を見開き、歯を食い縛り、両の手足に力を込めているのがわかる。


(朱美さんや、あの人──お祖父ちゃんは、僕に伝えてくれたんだ! 空鳥さんを倒す方法を!)


 ──お前は必ず親(、)の(、)仇(、)を討てる。私がそ(、)の(、)為(、)の(、)力(、)を用意してやった


(あれは、自分自身のことを言っていたんじゃなかった。だって、僕の討(、)つ(、)べ(、)き(、)仇(、)──父さんを殺したのは、本(、)物(、)の(、)高(、)村(、)警(、)部(、)と(、)空(、)鳥(、)さ(、)ん(、)な(、)ん(、)だ(、)か(、)ら(、)!)


 ──あなたの血には、敬紫様から与えられた『設定』──すなわち、『曰(、)く(、)』が(、)宿(、)さ(、)れ(、)て(、)い(、)る(、)のです。


(『曰く』の力──それは、マ(、)ジ(、)ュ(、)ウ(、)と(、)戦(、)う(、)為(、)の(、)力(、)! と言うことは、僕の血はあの木乃伊やマジュウ・コラージュに対しても効くはず! ──あの二人は、初めからこのことを教えてくれていたんだ!)


 袖から剥き出しとなった腕はすでに傷だらけだが、宰は少しも止まらない。

 ガッツを発揮して体を持ち上げると、右膝をかけて一気に登ろうとした。

 ──しかし、そうスンナリとはことは運ばない。


「いいところに気が付いたね。だが、少し遅すぎた」


 燎子たちを追い回していた漆黒の濁流は突如二股にわかれ、片方の首が祭壇の方に飛んで行った。

 このことに気付いたらしい碧花はとっさに拳銃を構え、大蛇(うわばみ)の頭を射撃する。

 が、到底その程度で止まる気配はなく、弾切れになる方が早かった。


(せめて、私が犠牲になってでも!)


 武器を捨てた彼女は、少年を庇うように腕を広げた。

 ──直後、百足の群れはそ(、)の(、)体(、)に食らい付いた。


「なっ──」


 宰が振り返ると、一つ下の段に立ったその人物は、彼の代わりに激流を受け止めていた。


「ほ──北(、)郷(、)さ(、)ん(、)⁉︎」


 そう、身を挺して少年を護ったのは、碧花ではなく彼だった。

 犠牲になる直前で北郷に突き飛ばされた彼女は、手を着いて体を起こしつつ、唖然とした表情で彼の背中を見上げる。

 北郷の全身は半分になったお面を含め、かつて燎子との戦いの際に脚に生やした刃で鎧われており、しかも一つ一つが低い音で振動──「高周波」と言っていたか──していた。その為、すぐに百足に食い尽くされるような状態ではないらしく、むしろ触れた者を斬り刻み、返り討ちにする。


「宰様、今のうちです! 私の体が保つうちに、ご自分の役目を果たしてください!」

「北郷さん……」

「こう言うの、すごくヒーローっぽいでしょう?」

「──は、はい! ありがとうございます!」


 答えた彼は、急いで三段目によじ登った。

 すると、それ以上行かせまいとばかりに、マジュウ──先ほどまで北郷と戦っていた個体──が、少年に飛びかかろうとする。


「行かせません!」


 が、碧花がこれに体当たりをかまし、捨て身の攻撃で舞台に叩き落とした。宰が一瞬そちらに目を向けると、敵と共に地面に倒れた彼女は笑顔で振り仰ぎ、頷いてみせる。

 ──彼は再び前を向き、今度こそ立ち上がった。

 木乃伊は、宰のいる場所の少し上、四角く削られた岩の窪みの中で禅を組んでいた。手を伸ばせば簡単に触れられる距離だ。

 彼は左袖の奥に手を突っ込み、例の小瓶を取り出した。


(よし、これで!)


 そして、栓を抜こうとした、その時、


「……馬鹿が」


 ──木(、)乃(、)伊(、)の(、)双(、)眸(、)が(、)、妖(、)し(、)げ(、)な(、)光(、)を(、)灯(、)し(、)た(、)。

 瞬間、木乃伊の顔の表面に細(、)か(、)な(、)赤(、)い(、)文(、)字(、)が浮かびあがり──かと思うと、その足元から濃(、)密(、)な(、)霧(、)が噴き出した!


「ま、まさか!」


 彼が顔を腕で庇った直後、白乳色のヴェールを切り裂いて、蚕マジュウの腕が突き出される。


(ほ──本体もマジュウ化できるなんて!)


 左手首を掴まれた宰は背中から倒れ込み、その拍子に小瓶を落としてしまう。彼は横目でその軌道を追ったがどうすることもできず、下に段の岩肌にぶつかった逆転の鍵は、音を立てて砕け散る。


「そ、そん、な……」


 少年の白い顔イッパイに、絶望の色が広がった。

 反撃の可能性は、文字どおり手の中からすり抜けて行ってしまった。

 のみならず、彼は怪物に抑え込まれている。

 ──そして、ユックリと近寄せられたお面の口に、切(、)れ(、)目(、)が(、)入(、)っ(、)た(、)。

「「宰様!」」「「宰!」」と古神の者たちが、それぞれの呼び名で叫ぶ。

 万策は、すでに尽きた。

 圧倒的なまでの逆境。

 迫り来る「死」。

 絶体絶命。

 蠢く晦冥(かいめい)を見上げた彼の瞳は、もはや完全に戦意を失って──


 は(、)、い(、)な(、)か(、)っ(、)た(、)。


「……そんなに、僕を食べたいの? だったら、ほら──シ(、)ッ(、)カ(、)リ(、)味(、)わ(、)っ(、)て(、)ね(、)!」


 言いながら、宰はなんと自ら腕を突き上げ、口(、)を(、)開(、)け(、)た(、)闇(、)の(、)中(、)に(、)、右(、)手(、)を(、)突(、)っ(、)込(、)ん(、)で(、)し(、)ま(、)っ(、)た(、)のだ!

 ──そう。擦(、)り(、)切(、)れ(、)血(、)だ(、)ら(、)け(、)に(、)な(、)っ(、)た(、)右(、)手(、)を。

 直後、マジュウの動きがピタリと停止する。

 かと思うと、怪物は少年から顔と手を離し、ギィギィと体を軋ませて苦しみ始めた。半開きになったお面の口や目穴の奥から、光の粒子が煌々と吐き出される。

 ──やがて、宰が見上げる先で、怪物は首を掻き毟るような状態で、再び動きを止めた。

 すると、途端にその姿は、内側から破裂してしまったのである!

 粉微塵に砕けたマジュウ──いや、木乃伊は、灰のようにヒラヒラと舞い散り、そのまま宙に溶けるように消滅した。


「……………………なっ」


 その瞬間を目の当たりにした空鳥も、さすがに言葉を失っていた。彼が自らにコラージュしていた鱗翅や、体の前に浮かんでお面──そして、無数の大百足も、何もかもが同時に霧散してしまったのだ。

 たった一人の少年の、捨て身の反撃によって。


「…………ば──馬鹿な……! ──こ、こんなこと、あっていいわけかない!」


 さすがに狼狽えた様子で、彼は喚いた。

 宰は傷だらけの体を起こし、ヨロヨロとその場に立ち上がる。


「……さっき、僕は朱美さんに、『犠牲になった人たちの命を無駄にしないでください』と言われて、どう答えたらいいのか、わからなくなりました」

「何、の……話を……」

「でも、今は違う。……僕は、やっぱりお祖父ちゃんの跡を継ぐことはできない。黒巫女には、なれません。……でも、それでも──死んで行った人たちの命や苦しみは、一つも無駄にはしない! 僕は、この血で、この力で、戦います! 父さんや、篝さんのように!」


 少年は自らの胸に手を当てがいながら、確固たる口調で宣言した。まるで、熱く滾る意志を心の臓に刻み、血流に乗せて全身に漲らせるかのように。

 その言葉を聞いた古神の者たちは、反対どころか後押しするように微笑み、あるいは頷いていた。

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