鵺退治⑦
「…………フ──フフ……フハハハ! ──だから、何だと言うんだい? 高村の木乃伊を破られたのは誤算だが、大した問題ではない! 君がどんな決意を固めようが、こっちはどうだっていいんだよ! どのみち君たちは、ここで終わ」
何の前触れもなく斜め後ろから飛んで来た拳が、言葉の途中で彼を黙らせた。
横っ面をぶん殴られた空鳥は、完全に虚を突かれたらしく、その巨体は軽々と吹き飛ばされる。
片手を着いた彼はドリフトするようにして体の向きを変えた。その視線の先には、拳骨を握ったまま佇む燎子の姿が。
「……なんだ、ヤケにおとなしいと思っていたら、不意打ちを狙っていたのか。小賢しい」
「……あなたは、何故古神の一族まで潰そうとするのです? ……あなたの仲間だったのでしょう?」
「……別に、たいした理由などないさ。ただ、もう飽きてしまったんだよ。だから、この機会に全て処分しようと思ってね」立ち上がった彼は、呆れたように肩を竦めた。「──で? 今更そんなことを訊いてどうする気だい? まさか、マジュウ狩りと同じつもりでいるんじゃないだろうね。……だとしたら、とんだ見当違いだ」
「…………」
「言っておくが、ここにいる全員を殺すくらい、素手でもできる。君たちがどれだけ足掻こうと、結果はかわらない。……さあ、かかって来なさい。どこからでも、何人でも!」
「……いいえ、私一人で十分です。……あなたは、私が倒さなければならない」
「ふん、これまで何も護れなかった君に、そんなことできると思うのかい?」
「……モチロン。私は、そう推理しましたから」
──燎子のワンパターンなセリフをキッカケに、決戦の火蓋が切って落とされた。
弾き出された彼女、跳び上がりつつ拳を構えた。対する空鳥も腰を捻り、右腕を振りかぶる。
激闘の幕開けは、強烈なクロスカウンターだった。
武器を失った両者は、徒手空拳で互いに猛攻を繰り出す。
「……やはり、どちらもバケモノですね……」
石段にグッタリと座り込んだ北郷が、苦笑するしかないと言った風に呟く。彼は今や完全にマジュウ化が解けており、まさしく満身創痍だった。
その上の段に立つ宰や、舞台にいる黒巫女たちも、固唾を呑んで闘いの様子を見守る。もし燎子が敗れるようなことになれば、他の者だけで空鳥と闘わなければならない。しかし、今の彼らだけでは到底太刀打ちできないであろうことは、目に見えていた。
つまり、どちらが勝ったとしても、その時点で全てが終わる。これは、文字どおり「最終決戦」なのだ。
──肉弾戦は、空鳥に部があるように思われた。
次第に彼の攻撃がまともにヒットし出したのだ。
「大口を叩いた割に、たいしたことはないね」
言いながら、スルドく相手のボディを蹴り上げる。「がっ⁉︎」と血反吐を吹いた燎子の横っツラを、彼は容赦なく殴り付けた。
どうにか踏ん張った彼女は即座に反撃を試みるも、その拳は容易く受け止められてしまった。
直後、空鳥が握り締めた場所からバキバキと骨が砕ける音が響き、指の間から血飛沫が上がる。
苦しげに片目を瞑る燎子を、彼は嘲笑う。
「所詮は失敗作だな。君は、やはり何も護れぬまま死んで行く……育ての親も、恩師も、影ながら支えてくれていた者も──全て、私に殺されて来たように!」
「……わた、しは……まだ……!」
「無駄だよ。だいたい、師匠から受け継いだ武器を簡単に奪われた挙句、壊されてしまったのは誰だい? 事件に隠された目的を見抜けず、宰くんの実の家族を助けられなかったのは? ──全て、君だ。君が不甲斐ないばかりに、みんな死んでしまうのさ! ……それでよく『探偵』を名乗れたものだね。恥ずかしくないのかい? ──この、ボンクラがぁ!」
彼は罵声と同時に相手を蹴飛ばした。
「篝さん!」
地面を転がりうつ伏せになった燎子を見て、少年が叫ぶ。彼女は再びカタマリのような血を吐きつつ、それでもすぐさま立ち上がろうとした。
が、その後頭部を革靴が踏み付け、あえなく沈められてしまう。のみならず、男は執拗なまでにグリグリと、磨り潰すように足を動かした。
「……燎子さん……!」葉月は悔しげに歯を噛み締め、「……これ以上は、見てられねえ……悪いけど、私らも一緒に」
「……待って」
くぐもった声が、彼女を制した。
燎子は地面に顔を押し付けられながらも、懸命に抗い続ける。
「……私は、まだ……負けて、いない……」
「はぁ? そんな無様な状態で何を言っているのかな?」
「……確か、に……あなたの、言うとおり。……私は、何も、護れなかった。……今まで、いつもいつも……カンジンな時に、大切な存在を取り溢して、来た……! ……でも──だからこそ、もう負けるわけにはいかない!」
彼女は手を着き、続いて肘を立てる。
「……探偵の推理は、ゼッタイに外れない。そのことを、彼に見せてあげなきゃ……。……私には、センセイから教わったことを体現し続ける義務がある!」
少しずつ、少しずつ──言葉が紡がれる度に、燎子の頭や体は、持ち上がって行った。
「……それが、私とセンセイとの、繋がりだから!」
そして、とうとう空鳥は足を乗せている意味がなくなってしまった。未だ跪くような姿勢には変わらなかったが、倒れ伏していた状態から気合を発揮した彼女は、体を起こしたのだ。
右足を退けた彼は、一瞬だけ、理解を超えたモノを見るように目を細め、
「……あっそ。どうせならもっと気の利いたセリフを言ってほしかったがね。──今度こそ、お終いにしよう」
冷酷に言い放った彼は、徐にズボンのポケットに手を入れた。
そして、取り出した物を燎子の頭に突き付ける。
──それは、もう一丁の拳銃だった。
「卑怯だなんて言わないだろうね? 私は『素手でも殺せる』と言っただけで、『もう武器がない』とは一言も言っていない」
顔中血塗れの燎子が横目で見上げる中、彼は撃鉄を上げた。
「そんな……⁉︎」と、碧花が息を呑む。
引き金にはすでに指が置かれており、わずかな信号伝達だけで人の命を奪うことが可能な状態だった。
「か──篝さん!」
少年が名を呼んだのと、
「サヨナラ、実験動物」
男が呟いたのとは、ほぼ同時だった。
──刹那、洞窟内に発砲音が響き渡る。
銃口が火を吐き、黄金色の弾丸が射出された。彼女の澄んだ瞳は、螺旋回転する亜音速よそれを、最後まで映し出していた。
逃れようのない「死」。
頭蓋を砕き、脳ミソを掻き混ぜ、血飛沫と共に去って行く、圧倒的暴力。
葉月も、観月も、碧花も、北郷も、宰も、そしてむろん空鳥も──誰もが、探偵の死を疑わなかったに違いない。
馬鹿馬鹿しいようなトンデモ推理も、この無慈悲な破壊力の前では無意味だと……。
──だが、もしも。
もしも、この状況が覆るとすれば。
数十センチの距離から弾丸を放たれて、無事でいられるとしたら。
果たして彼女は、どのような「推理」を披露するのだろうか……?
──ヂ、ヂヂ……ヂヂヂ……!
まるで、消えかけていた埋み火が息を吹き返すかのようなその音は、おそらく誰の耳にも届かなかっただろう。
しかしながら、確かに、火は点された。
──亜音速で宙を駆ける弾丸の先から。
火焔は瞬く──間もないほどの──間に、全体を包み込み、それをチッポケな燃えカスへと変えてしまったのだ。
──のみならず、火球は拳銃へと飛び移る。
「…………⁉︎」
ようやく体が反応できるようになったらしい彼は、とっさに手を引っ込め、炎に呑まれた凶器が落下した。しかし、拳銃は地面に着く前に焼き尽くされ、これも灰のカケラがパラパラと舞うのみとなった。
「………………………………は?」
わずかに火傷しているだろう指先も気にせず、空鳥は立ち尽くす。
他の者たちも言葉を失い、しばしその異常な現象を見つめていた。
時が止まったかのような静寂の中、やはり探偵だけは動くことができ、彼女は無言のまま立ち上がった。
すると、フラフラと浮遊する火の玉は、蛍のように燎子の右手に止まり、その中に消えた。
「………………………………な──にを、した……。──いったい、お前は何をしたんだ!」
やがて、呪縛から解放されたらしい彼は、唾を飛ばして喚く。この問いに対して、燎子はもはや予想どおりのそっけなさで、
「……私の炎で燃やしただけですが」
「そ、そんな、見たらわかるようなことを訊いてるんじゃない! 何なんだその力は!」
「……センセイから、受け継いだモノです」
彼女が答えた瞬間、その右腕から爆炎が《、》噴き上がった。紅蓮の業火はグチャグチャになった手の先で、剣の形状を取る。螺旋状に渦巻き対流するそれは、探偵のライターが発する炎の刃と、全く同じ物ではないか。
「ま、まさか──『曰く』を取り込んだとでも言うのか⁉︎」
「……イカニモ」
「ば──馬鹿な! そんなことできるわけがない! できていいわけないだろう!」
「……ところがドッコイ、私には可能なのです」
確かに、そうなのだろう。現にこうして「曰く」の炎が、手や腕の周囲で燃え上がっているのだから。
「……私が受け継いだのは、単にライターと言う武器だけではありません。私はセンセイから、『探偵とはどうあるべきか』と言うことを教わった。謂わば、『精神』や『心構え』と言うべきモノを受け継いだのです。……そして、それはシッカリと私の中に息づいている。──であるならば、私自身にセンセイの力が宿ったとしても、何ら不思議ではない。……謂わば、私はその探偵としての心その物に、『曰く』を設定したのです!」
──「曰く」とは、要するにモノに与えられた「設定」のことである。ライターや木乃伊や血にそれが可能であるのなら、確かに「心」と言う曖昧で不確かな存在も、同様に扱えるのかも知れない。
ましてや、彼女は常々言い続けていた。
人と人とを結ぶのは、血の繋がりや遺伝子だけではない。そして、その曖昧で不確かな存在を体現し続けることが、重要なのだと。
「な、なん──⁉︎」
そのワードを口走りかけた彼は、慌ててそれを呑み込んだ。
対して、燎子は脚を開き、わずかに腰を落とし、半身になって剣を構える。
「……さあ、先ほど推理したとおり、私が焼き斬ってあげましょう。……あなたを蝕む、あなた自身を」
「……ふん、つまり私を殺すと言うことかい? それでも別に私は構わないがね。……しかし、その結果どうなると思う? せっかく君の中に根付いた力は、二度と使えなくなるだろう。──たとえ状況的に許されたとしても、人殺しには変わりない。それも、実の親を殺したんだ。君は自分自身を責め続け、もう『探偵』とは名乗れなくなるのさ。君の中の『設定』はブレまくる──つまり、私を殺せば、お前は『探偵』として死ぬんだよ!」
「……………………」しばし感情の読めない顔で相手を見上げた彼女は、やがて一言。「……あっそ」
直後、紅炎の如き斬撃が、居合の要領で振り抜かれた。
火焔は一瞬にして空鳥の体を包み込む。まるで火刑に処された罪人のような状態だが、彼は叫喚するどころか笑っていた。燎子の探偵としての「死」を確信したのだろう。
「フハハハ、残念だったなぁ! お前は最後の最後で師匠の教えを護ることができなかった! 私の死によって、一生自らを責め苛むがいい! ハハハハハ! フハハハハハハ──あ?」
その時、彼は気付いたらしい。
全身が炎に包まれているにもかかわらず、衣服や肌が一切焼かれていないことに。
(なんだこれは⁉︎ 少しも熱くないだと? しかし、確かに私は焼かれて……。──ま、まさか!)
空鳥が瞠若した時、彼女の手の先に二本目の炎の剣が現れた。それはまるで不動明王の持つ倶利伽羅剣のように、轟然と唸りを上げる。
「……まさか、お前は──私の記憶だけを焼き尽くすつもりか⁉︎」
口角泡飛ばす彼の淀んだ眼の中で、探偵は高々と得物を振り上げる。
「あ──あり得ん! お前みたいなゴミクズに、そんなことできるわけ」
「……できますよ」
燎子の澄んだ瞳が、彼を見返していた。
「……燃やして燃えない物はない!」
そして、再び燃え狂う炎撃が放たれた。
空鳥の体から、苛烈な火柱が上がる。赫灼たる猛火は洞窟内を隅々まで照らし付け、誰もが目陰せずにはいられないほどだった。
「名は、体を表すと言うことか……。まさしく、篝火──いや、星火燎原」
スサマジイ熱風に顔を背けつつ、観月は呟いた。
一方、記憶を焼却され行く男は、とうとうお馴染みのアレを口にしてしまう。
「な、な──なんっじゃそりゃあぁぁぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
その号叫は火炎と共に、天井の穴から地上へと噴き出した。
火柱の勢いはそれでも止まらず、渦巻きながら上空へと駆け昇り、鉛雲を蹴散らし、山々を足下に見下ろし、涯しなく、止めどなく、燃え続けた……!




