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マジュウ・コラージュ  作者: 若庭葉
急──コラージュ編
44/46

鵺退治⑦

「…………フ──フフ……フハハハ! ──だから、何だと言うんだい? 高村の木乃伊を破られたのは誤算だが、大した問題ではない! 君がどんな決意を固めようが、こっちはどうだっていいんだよ! どのみち君たちは、ここで終わ」


 何の前触れもなく斜め後ろから飛んで来た拳が、言葉の途中で彼を黙らせた。

 横っ面をぶん殴られた空鳥は、完全に虚を突かれたらしく、その巨体は軽々と吹き飛ばされる。

 片手を着いた彼はドリフトするようにして体の向きを変えた。その視線の先には、拳骨を握ったまま佇む燎子の姿が。


「……なんだ、ヤケにおとなしいと思っていたら、不意打ちを狙っていたのか。小賢しい」

「……あなたは、何故古神の一族まで潰そうとするのです? ……あなたの仲間だったのでしょう?」

「……別に、たいした理由などないさ。ただ、もう飽きてしまったんだよ。だから、この機会に全て処分しようと思ってね」立ち上がった彼は、呆れたように肩を竦めた。「──で? 今更そんなことを訊いてどうする気だい? まさか、マジュウ狩りと同じつもりでいるんじゃないだろうね。……だとしたら、とんだ見当違いだ」

「…………」

「言っておくが、ここにいる全員を殺すくらい、素手でもできる。君たちがどれだけ足掻こうと、結果はかわらない。……さあ、かかって来なさい。どこからでも、何人でも!」

「……いいえ、私一人で十分です。……あなたは、()()()()()()()()()()()()

「ふん、これまで何も護れなかった君に、そんなことできると思うのかい?」

「……モチロン。私は、そう推理しましたから」


 ──燎子のワンパターンなセリフをキッカケに、決戦の火蓋が切って落とされた。

 弾き出された彼女、跳び上がりつつ拳を構えた。対する空鳥も腰を捻り、右腕を振りかぶる。

 激闘の幕開けは、強烈なクロスカウンターだった。

 武器を失った両者は、徒手空拳で互いに猛攻を繰り出す。


「……やはり、どちらもバケモノですね……」


 石段にグッタリと座り込んだ北郷が、苦笑するしかないと言った風に呟く。彼は今や完全にマジュウ化が解けており、まさしく満身創痍だった。

 その上の段に立つ宰や、舞台にいる黒巫女たちも、固唾を呑んで闘いの様子を見守る。もし燎子が敗れるようなことになれば、他の者だけで空鳥と闘わなければならない。しかし、今の彼らだけでは到底太刀打ちできないであろうことは、目に見えていた。

 つまり、どちらが勝ったとしても、その時点で全てが終わる。これは、文字どおり「最終決戦」なのだ。

 ──肉弾戦は、空鳥に部があるように思われた。

 次第に彼の攻撃がまともにヒットし出したのだ。


「大口を叩いた割に、たいしたことはないね」


 言いながら、スルドく相手のボディを蹴り上げる。「がっ⁉︎」と血反吐を吹いた燎子の横っツラを、彼は容赦なく殴り付けた。

 どうにか踏ん張った彼女は即座に反撃を試みるも、その拳は容易く受け止められてしまった。

 直後、空鳥が握り締めた場所からバキバキと骨が砕ける音が響き、指の間から血飛沫が上がる。

 苦しげに片目を瞑る燎子を、彼は嘲笑う。


「所詮は失敗作(ポンコツ)だな。君は、やはり何も護れぬまま死んで行く……育ての親も、恩師も、影ながら支えてくれていた者も──全て、私に殺されて来たように!」

「……わた、しは……まだ……!」

「無駄だよ。だいたい、師匠から受け継いだ武器を簡単に奪われた挙句、壊されてしまったのは誰だい? 事件に隠された目的を見抜けず、宰くんの実の家族を助けられなかったのは? ──全て、君だ。君が不甲斐ないばかりに、みんな死んでしまうのさ! ……それでよく『探偵』を名乗れたものだね。恥ずかしくないのかい? ──この、ボンクラがぁ!」


 彼は罵声と同時に相手を蹴飛ばした。


「篝さん!」


 地面を転がりうつ伏せになった燎子を見て、少年が叫ぶ。彼女は再びカタマリのような血を吐きつつ、それでもすぐさま立ち上がろうとした。

 が、その後頭部(あたま)を革靴が踏み付け、あえなく沈められてしまう。のみならず、男は執拗なまでにグリグリと、磨り潰すように足を動かした。


「……燎子さん……!」葉月は悔しげに歯を噛み締め、「……これ以上は、見てられねえ……(わり)いけど、私らも一緒に」

「……待って」


 くぐもった声が、彼女を制した。

 燎子は地面に顔を押し付けられながらも、懸命に抗い続ける。


「……私は、まだ……負けて、いない……」

「はぁ? そんな無様な状態で何を言っているのかな?」

「……確か、に……あなたの、言うとおり。……私は、何も、護れなかった。……今まで、いつもいつも……カンジンな時に、大切な存在(もの)を取り溢して、来た……! ……でも──()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 彼女は手を着き、続いて肘を立てる。


「……探偵の推理は、ゼッタイに外れない。そのことを、()に見せてあげなきゃ……。……私には、センセイから教わったことを()()し続ける義務がある!」


 少しずつ、少しずつ──言葉が紡がれる度に、燎子の頭や体は、持ち上がって行った。


「……それが、私とセンセイとの、()()()だから!」


 そして、とうとう空鳥は足を乗せている意味がなくなってしまった。未だ跪くような姿勢には変わらなかったが、倒れ伏していた状態から気合を発揮した彼女は、体を起こしたのだ。

 右足を退けた彼は、一瞬だけ、理解を超えたモノを見るように目を細め、


「……あっそ。どうせならもっと気の利いたセリフを言ってほしかったがね。──今度こそ、お終いにしよう」


 冷酷に言い放った彼は、徐にズボンのポケットに手を入れた。

 そして、取り出した物を燎子の頭に突き付ける。

 ──それは、もう()()()()()()()()


「卑怯だなんて言わないだろうね? 私は『素手でも殺せる』と言っただけで、『もう武器がない』とは一言も言っていない」


 顔中血塗れの燎子が横目で見上げる中、彼は撃鉄を上げた。

「そんな……⁉︎」と、碧花が息を呑む。

 引き金にはすでに指が置かれており、わずかな信号伝達だけで人の命を奪うことが可能な状態だった。


「か──篝さん!」


 少年が名を呼んだのと、


「サヨナラ、実験動物(モルモット)


 男が呟いたのとは、ほぼ同時だった。

 ──刹那、洞窟内に発砲音が響き渡る。

 銃口が火を吐き、黄金色の弾丸が射出された。彼女の澄んだ瞳は、螺旋回転する亜音速よそれを、最後まで映し出していた。

 逃れようのない「死」。

 頭蓋を砕き、脳ミソを掻き混ぜ、血飛沫と共に去って行く、圧倒的暴力。

 葉月も、観月も、碧花も、北郷も、宰も、そしてむろん空鳥も──誰もが、探偵の死を疑わなかったに違いない。

 馬鹿馬鹿しいようなトンデモ推理(ロジック)も、この無慈悲な破壊力の前では無意味だと……。

 ──だが、もしも。

 もしも、この状況が覆るとすれば。

 数十センチの距離から弾丸を放たれて、無事でいられるとしたら。

 果たして彼女は、()()()()()()()」を披露するのだろうか……?


 ──ヂ、ヂヂ……ヂヂヂ……!


 まるで、消えかけていた(うず)み火が息を吹き返すかのようなその音は、おそらく誰の耳にも届かなかっただろう。

 しかしながら、確かに、()()()()()()

 ──()()()()()()()()()()()()()()()

 火焔は瞬く──間もないほどの──間に、全体を包み込み、それを()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ──のみならず、火球は拳銃へと飛び移る。


「…………⁉︎」


 ようやく体が反応できるようになったらしい彼は、とっさに手を引っ込め、炎に呑まれた凶器が落下した。しかし、拳銃は地面に着く前に焼き尽くされ、これも灰のカケラがパラパラと舞うのみとなった。


「………………………………は?」


 わずかに火傷しているだろう指先も気にせず、空鳥は立ち尽くす。

 他の者たちも言葉を失い、しばしその異常な現象を見つめていた。

 時が止まったかのような静寂の中、やはり探偵だけは動くことができ、彼女は無言のまま立ち上がった。

 すると、フラフラと浮遊する火の玉は、蛍のように燎子の右手に止まり、()()()()()()()


「………………………………な──にを、した……。──いったい、お前は何をしたんだ!」


 やがて、呪縛から解放されたらしい彼は、唾を飛ばして喚く。この問いに対して、燎子はもはや予想どおりのそっけなさで、


「……()()()で燃やしただけですが」

「そ、そんな、見たらわかるようなことを訊いてるんじゃない! 何なんだその力は!」

「……センセイから、()()()()()()()です」


 彼女が答えた瞬間、その右腕から()()が《、》()()()()()()。紅蓮の業火はグチャグチャになった手の先で、()()()()を取る。螺旋状に渦巻き対流するそれは、探偵のライターが発する炎の刃と、全く同じ物ではないか。


「ま、まさか──『曰く』を()()()()()とでも言うのか⁉︎」

「……イカニモ」

「ば──馬鹿な! そんなことできるわけがない! できていいわけないだろう!」

「……ところがドッコイ、私には可能なのです」


 確かに、そうなのだろう。現にこうして「曰く」の炎が、手や腕の周囲で燃え上がっているのだから。


「……私が受け継いだのは、単にライターと言う武器(もの)だけではありません。私はセンセイから、『探偵とはどうあるべきか』と言うことを教わった。謂わば、『精神』や『心構え』と言うべきモノを受け継いだのです。……そして、それはシッカリと私の中に息づいている。──であるならば、()()()()()()()()()()()宿()()()()()()()()()()()()()()()()。……謂わば、私はその()()()()()()()()()()()、『()()()()()()()のです!」


 ──「曰く」とは、要するにモノに与えられた「設定」のことである。ライターや木乃伊や血にそれが可能であるのなら、確かに「心」と言う曖昧で不確かな存在も、同様に扱えるのかも知れない。

 ましてや、彼女は常々言い続けていた。

 人と人とを結ぶのは、血の繋がりや遺伝子だけではない。そして、その曖昧で不確かな存在(もの)を体現し続けることが、重要なのだと。


「な、なん──⁉︎」


 ()()()()()を口走りかけた彼は、慌ててそれを呑み込んだ。

 対して、燎子は脚を開き、わずかに腰を落とし、半身になって剣を構える。


「……さあ、先ほど推理したとおり、私が焼き斬ってあげましょう。……あなたを蝕む、()()()()()を」

「……ふん、つまり私を()()と言うことかい? それでも別に私は構わないがね。……しかし、その結果どうなると思う? せっかく君の中に根付いた力は、二度と使えなくなるだろう。──たとえ状況的に許されたとしても、人殺しには変わりない。それも、実の親を殺したんだ。君は自分自身を責め続け、もう『探偵』とは名乗れなくなるのさ。君の中の『設定(キャラ)』はブレまくる──つまり、私を殺せば、お前は『探偵』として死ぬんだよ!」

「……………………」しばし感情の読めない顔で相手を見上げた彼女は、やがて一言。「……あっそ」


 直後、紅炎(プロミネンス)の如き斬撃が、居合の要領で振り抜かれた。

 火焔は一瞬にして空鳥の体を包み込む。まるで火刑に処された罪人のような状態だが、彼は叫喚するどころか笑っていた。燎子の探偵としての「死」を確信したのだろう。


「フハハハ、残念だったなぁ! お前は最後の最後で師匠の教えを護ることができなかった! 私の死によって、一生自らを責め苛むがいい! ハハハハハ! フハハハハハハ──あ?」


 その時、彼は気付いたらしい。

 全身が炎に包まれているにもかかわらず、()()()()()()()()()()()()()()()()()


(なんだこれは⁉︎ 少しも熱くないだと? しかし、確かに私は焼かれて……。──ま、まさか!)


 空鳥が瞠若した時、彼女の手の先に二本目の炎の剣が現れた。それはまるで不動明王の持つ倶利伽羅剣(くりからけん)のように、轟然と唸りを上げる。


「……まさか、お前は──()()()()()()()()()()()()()()()()⁉︎」


 口角泡飛ばす彼の淀んだ(まなこ)の中で、探偵は高々と得物を振り上げる。


「あ──あり得ん! お前みたいなゴミクズに、そんなことできるわけ」

「……できますよ」


 燎子の澄んだ瞳が、彼を見返していた。


「……燃やして燃えない物はない!」


 そして、再び燃え狂う炎撃が放たれた。

 空鳥の体から、苛烈な火柱が上がる。赫灼(かくしゃく)たる猛火は洞窟内を隅々まで照らし付け、誰もが目陰せずにはいられないほどだった。


「名は、体を表すと言うことか……。まさしく、篝火──いや、星火燎原(せいかりょうげん)


 スサマジイ熱風に顔を背けつつ、観月は呟いた。

 一方、記憶を焼却され行く男は、とうとうお馴染みのアレを口にしてしまう。


「な、な──なんっじゃそりゃあぁぁぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 その号叫は火炎と共に、天井の穴から地上へと噴き出した。

 火柱の勢いはそれでも止まらず、渦巻きながら上空へと駆け昇り、鉛雲を蹴散らし、山々を足下に見下ろし、涯しなく、止めどなく、燃え続けた……!

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