インタールード⑦:黒の記憶⑵
──二十三年前。
真夜中の黒に蝕まれた狭い部屋の中、その醜い女は怯えた目で私を見上げていた。寒い冬の日のことだった。
この家中に散乱するゴミと同様、いや、それ以下の屑が、嗄れた声で喚く。
「わ、私を殺しに来たんだろ? ──この化け物め!」
──それはお前の方だろう。
そう思ったが、敢えて口にはしなかった。
代わりに私は片膝を着き、女の目の前の汚い床の上に、抱えていた物を置いた。
女は、黒い布に包まれたそれを、恐る恐る覗き込む。
──おとなしく眠り続ける、その赤ん坊を。
「あ、あんた、これ……!」
喫驚した風に、彼女は酷い火傷で爛れた顔を上げる。身を乗り出した私は、その耳元に口を寄せ、
──オレノコドモダヨ
そう答えた瞬間、女が淀んだ瞳を見開くのがわかった。
しかし、私は気にせずに、言葉を続ける。彼女にこの「実験」のルールを伝えたのだ。
やがて私は立ち上がり、「護らなければ二人とも殺す」と念を押してから、踵を返した。
「……ま、待って! ……私は、私はあんたを……あんた、に……私は、私はずっと……」
そこから先にどのような言葉が続いたのか、わからなかったし知りたくもなかった。
さっさと傾いたボロ屋から外に出た私は、コートの襟を掻き合わせ、振り返らずに歩き出す。
凛冽とした十二月の夜風に、首を窄めながら。




