表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マジュウ・コラージュ  作者: 若庭葉
急──コラージュ編
35/46

鵺退治①

 少年は籐椅子から転げ落ち、床にヘバリ付いた。体を起こそうと腕を立てた途端、彼は()()してしまう。

 げえげえと胃の中身をぶちまけた宰は、口許を拭いながら、荒く息をしていた。


「……………………()()()()()()()…………()()()()()()()……」


 そんな呟きを喘ぎ喘ぎ漏らすその顔は、()()()()()

 いや、単にそう見えると言うだけで、実際の感情とは無関係なのだろうが。──つまり、精神のバランスが崩れかかっているが為に、表情が歪んでしまっているのだ。

 彼は自らの手を口に突っ込み、なおも嘔吐を続けようとする。少女と見紛うような顔貌の彼が、獣じみた呻きを上げながらヨダレを吐くさまは、狂気的な光景であると同時に、とても痛々しいくもあった。

 ──そして。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「緋沼朱美」は、悲しげな表情で少年を見下ろす。

 しばし唇を固く結んで黙っていた彼女だが、やがて宰の(そば)に膝を着き、


「……大丈夫、あなたは何も悪くはございません。ですから、どうかそのようなことはおやめください」


 諭すような声で言いながら、彼の腕を掴んで、口から指を抜き出させた。

 宰は彼女の存在に気付いているのかいないのか、汚れた床を一心に見つめたままだ。


「……食べちゃった……朔(ねえ)を……朔(ねえ)を……」

「……()()()()、宰様。本当は、()()()()()()()()()()

「──え?」


 そこでようやく、彼は朱美の顔を振り仰いだ。


「朔様や敬紫様を喰らったのは、あなたではございません。どうか、気をシッカリ持ってください」


 彼女はまっすぐに目を合わせてそう言うと、胃液と吐瀉物で汚れた少年の口許を、着物の袖で拭った。

 宰は正気を取り戻しつつあるのか、戸惑って表情で、


「あ──あな、たは……?」

(わたくし)は現在の古神家の()()()()──朱美と申します。あなたのお祖父様の部下の一人で、黒巫女たちの()()()をしておりました。──鶫様も、私が黒巫女として育てたのですよ?」

「か、母さん、も……?」

「ええ。鶫様は私の見て来た弟子の中でも、特に優秀でした。……例の病がありながら、厳しい修行に耐え抜いたのですから」


 一瞬だけ遠い日々を懐かしむように微笑んだ朱美は、宰に寄り添いながら、共に立ち上がった。


「……お話しなければならないことがございます。さあ、こちらへお座りください」


 少年を籐椅子に落ち着かせると、彼女は部屋の奥の棚に向かい、中から()()()()を取り出して来た。

 ほどなく、宰の目の前のテーブルに置かれたのは、燎子のライターと黒い小瓶。


「この二つをあなたに渡すようにと、敬紫様から言い付けられておりました。宰様のお力になるはずだ、と」

「僕に? ──で、でも、このライターは篝さんの物で」

「今はそうですが、元々はあなたのお父様の武器です。……あなたはこのライターの『曰く』に、()()()()()

「そ、それはつまり──僕にも使えるってことですか⁉︎」

「はい。あなたは先代探偵の実の息子。つまり、『繋がり』があるのでございます。──事実、一昨日は()()()に、力を引き出していたでしょう?」

「……た、確かに……そうだった、みたいですけど……」

「……それから、こちらの瓶でございますが、この中にあなたの血が入っているのは、覚えてらっしゃいますね?」

「は、はい……」

「あなたは、人間蠱毒を生き延びた。つまり、あなたの体に流れる血は、それ自体がある種の()()と化しているのです。──そして、これこそが、他の家筋に対抗する際の()()()()()となる」

「最大の、武器……」

「ええ。……あなたの血には、敬紫様から与えられた『設定』──すなわち、『()()()宿()()()()()()のですから」


 そこで宰は改めて、朱美が取り出した品々に目を向けた。そこにあるのは、謂わば二つの「曰く」付きの武器(アイテム)

 ──すると、彼女の手がそれらを取り上げ、


「とにかく、受け取ってください」


 有無を言わせず少年の装束の左袖の中に、手にしていた物をしまい込んだ。


「あ、あの……朔(ねえ)は、生きていたんですね……? 本当は、七年前に死んだんじゃなかった……」

「左様でございます。──そして、そのことを知った私は、密かに朔様を逃して差し上げました。敬紫様がお気付きにならぬうちに。……それ以来、彼女の居場所を知っていたのは、私と()()だけでした」

「観月、(ねえ)が……? ──じゃあ、やっぱりあの二人も!」

「ええ、我々の仲間でございます。もっとも、葉月は七年前の蠱毒や、今回の件には関わってはいませんが……。

 ──とにかく、朔様は生き延びておられました。……が、しかし、やはり敬紫様の目を欺き続けることはできなかったのです。それどころか、本当は()()()()()()()()のでございましょう。──敬紫様も、わかっていながら()()()()()()のです」

「え……?」

「……この部屋にあるアルバムは、すでにご覧になりましたね? あの方は、鶫様を溺愛しておられた。にもかかわらず、最愛の娘を供物に捧げた──それが、あの方にとっての()()でした」

「歪み……」

「ご理解いただけないでしょうし、私も確かなことは存じません。しかし、あの方なりに苦悩──後悔や激しい自己嫌悪──があったことは想像できます。……娘や孫たちの命と、一族の存亡。その狭間で苦しみ続けた敬紫様は、歪みを超克する為に、()()()()()()を費やされました。あの方がブレてしまっては、あなたの血に与えた『設定』を()()させられないのです……。

 ──そうして、どうにか想いを貫き通した敬紫様は、最後に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「そ、そんな! か──勝手すぎる!」

「仰るとおり、とても身勝手なことでございましょう……決して許されはしませんし、元より許しを乞うつもりもございません。──ですが、()()にもできないのです。あの方がして来たこと……そして、()()()()()()()()()()を!」


 朱美はまっすぐに宰の顔を見据えてそう言いきった。その瞳には、決然とした意志の火が灯されていた。それは少年にも伝わったのだろう、彼は一瞬たじろいだ表情を見せる。


「我々の行った儀式の為に、()()もの人間が亡くなりました。もしこれであなたが敬紫様の跡を継がず、我が一族が滅びるようなことがあれば、彼女らの犠牲や敬紫様の苦悩は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それだけは、それだけは絶対に、あってはなりません」

「で──でも、僕は、僕は……」

「どうか、よくお考えください。正式な血を引く後継者は、もうあなたしかいないのです! 鶫様や朔様の死を無駄にはなさらないでください。どうか、どうか……!」


 彼女は椅子の前に跪き、額を床に着けながら懇願した。


(ぼ、僕は……いったい、どうしたらいいんだ……⁉︎)


 酷く狼狽した様子の少年を、朱美は昏い瞳でさりげなく見上げる。

 後もう一押しで、彼は流されてしまいそうに思えた。そして、闇の巫覡の一族に迎え入れられ、やがてはその長として君臨するだろう、と──


「ぼ、僕は……」


 再び宰が意味のない声を発した、その時。

 ──彼の()()()()()()()()()()()()


「──迷うことはないさ。君がどのような選択をしたとしても、君の家族の命は無駄にはならない。みんな、君の中で生き続けるのだからね」


 戸口に立った()は、低いがよく通るバリトンボイスでそう言った。

 首を捻り、その姿を目にした宰は、直後喫驚の声を上げる。


「た──()()()()⁉︎」


 全身ボロボロに傷付いた高村は、イカツい顔で微笑みかけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ