儀式⑧
「姉妹喧嘩」と呼ぶにはあまりにも熾烈な決闘いは、早くも佳境に差しかかっていた。
──押されているのは、圧倒的に妹の方だ。
部屋のほぼ中央に立ち尽くす葉月の体は、無数の糸によって絡め取られていた。両腕両脚の動きは大きく制限され、少しでももがけば、そのまま全身を締め上げられてしまうだろう。
彼女を捕える糸の先は、壁や床や天井に打ち込まれた極小の楔の頭にある輪っかを通っており、鉛の獄の中に、巨大な蜘蛛の巣を造り出している。
「……お前の負けだ、葉月。これ以上続けたら、お前を死なせてしまう」
──糸の主である観月は、身動きの取れぬ獲物にそう告げた。そんなことは望んでなどいないと言いたげな、静かな声で。
しかし、挑むような妹の瞳は変わらない。
「……あ? 何言ってんだ? 私はまだやれんだよ! こんくらいで、止まってたまるか!」
仕込み刀の下の拳を握り締めた葉月は、無理矢理前に進もうとする。顔を真っ赤にしながら、力任せに一歩踏み出した。ミシミシと言う音が鳴り、糸がより強く体に食い込む。
「頼む、諦めてくれ。こんなこと、いつまでも続けても意味はない。どの道お前では私に勝てないし、我々の過去が清算されるわけでもない。……私は──私たち一族は、もう引き返せないんだ」
「そんなモン、まだわかんねえだろ!」
「……わかるさ。事実、蠱毒その物はすでに完成している。……どのみちもう、宰は敬紫様の跡を継ぐしかない」
「そんなやり方、あいつが可哀想だろ! あいつの意思はどうなるんだよ!」
「仕方がないんだ。一族の為には……」
「……観月姉だって、宰のこと可愛がってたじゃねえか! あれは、全部嘘だったっつうのか? ──なあ!」
「……違う……私は」
「違わねえだろ! 私にはわかるんだ! 一緒に暮らしてた私には」
「私が殺したんだ!」
そこで初めて、観月は声を荒げた。その残響がやまぬうちに、彼女は堰を切ったように言葉を継ぐ。
「全部、私なんだ……。朔に直接手を下したのも、彼女が生きていることを密告したのも、全部私がしたことなんだ!」
「なっ──」
予想だにしなかったであろう告白に、葉月は絶句する。
黒巫女は俯いたまま、悲痛な告白を続けた。
「私は彼女を匿うフリをして、いつでも始末できるよう監視していた。……怖かったんだ……敬紫様の怒りに触れることが。……朔は、そんな私を信じきっていた。宰に危機が迫っていると嘘を吐いた時には、『教えてくれてありがとうね』と、礼すら言っていた……。
宰に変装した朔が雑木林の中に入った時、私は館の周囲に仕掛けておいた罠の一つを作動させた。そして、彼女が宰を庇うのを見越して、木を倒れさせた……。──私は、宰からたった一人の家族を奪ったんだ!」
「観月、姉……」
「……私には、もう──いや、本当は初めから──、あいつの姉を名乗る資格なんて、なかった……」
ただでさえ小柄な観月の姿は、普段にも増してチッポケに見えた。肩でも軽く押せば、簡単に倒れ、床にぶつかった瞬間砕けてしまいそうなほど、あえかな存在。
巨大な蜘蛛の化身でも闇の巫覡でもない、ただの打ちひしがれた女──あるいは少女が、そこにいた。
「……………………かよ」
やがて、葉月はボソリと呟く。その声に気付いたらしい観月は、恐々と顔を上げた。
「──知るかよそんなこと!」
「は、葉月……?」
「姉を名乗る資格だ? もう引き返せねえだ? ──んなの、全部お前が勝手に決め付けてるだけだろ!
確かに、観月姉がしたことは──いや、私らが宰にして来たことは、許されるようなモンじゃねえ! もうあいつと暮らせなくなっても文句は言えねえよ! ──けどな、だからって、マジでこのままでいいのか? 観月姉は──あいつにちゃんと謝れないままでいいのかよ!」
思いの丈を、煮え滾るような言葉を叫びながら、彼女はなおも前へ進もうとする。
「や──やめろ葉月! それ以上は本当に」
「煩せえ! あの天然巨乳は、さっき似たようなことやってのけたんだ! 私にだって、できるに決まってる!」
「無茶だ……! だいたい、お前がそこまてまする必要なんて」
「大アリなんだよ馬鹿野郎! 観月姉も宰も──私の大切な家族なんだ! 血の繋がりだとか一族がどうだとか、そんなこともうどうだっていい!□こんな中途半端なまま、終わらせたくねえんだよ!」
──大切な家族だからこそ、中途半端にはしたくない。葉月が口にしたその想いは、かつて「緋沼紫郎」と対峙した際に燎子が伝えた物──「緋沼碧花」が依頼した理由と、同じように思われた。結局あの事件は丸ごとフェイクだったのだが、不思議な符号である。
観月は、暫時何も言い返せない様子だった。
すると、その視線の先で、ある種の奇跡が起こる。
──ブチブチと音を立てて、糸が切れ始めたのだ。
葉月は、彼女の言うところの「天然巨乳」と同様の荒業を成し得たのである。
一歩、また一歩と進むごとに、両腕と両脚に絡まっていた糸が、引き千切られる。
透明な枷は次々と解け、黒い蝶は再び羽ばたく──
「……頼むから、面と向かってあいつに謝ってくれよ。その結果、嫌われちまうかも知れねえけど、そん時はそん時だろ?」
やがて、蜘蛛の巣は彼女を阻む力を完全に失い、葉月は家族の目の前へと到達した。
「私も、一緒だから……。一緒に謝って、一緒に嫌われてやるからよ。──同じ弟を持った、ブラコン姉妹としてな」
そう言って、葉月はニカリと笑った。
その顔を見上げた観月の目の端から、透き通った雫が零れ落ちる──と、思う間もなく、彼女も一緒に微笑んだ。
「姉妹喧嘩」と呼ぶにはあまりにも熾烈な決闘いは、こうして無事終わりを迎えた。




