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マジュウ・コラージュ  作者: 若庭葉
破──儀式編
34/46

儀式⑧

「姉妹喧嘩」と呼ぶにはあまりにも熾烈な決闘(たたか)いは、早くも佳境に差しかかっていた。

 ──()()()()()()のは、圧倒的に妹の方だ。

 部屋のほぼ中央に立ち尽くす葉月の体は、無数の糸によって絡め取られていた。両腕両脚の動きは大きく制限され、少しでももがけば、そのまま全身を締め上げられてしまうだろう。

 彼女を捕える糸の先は、壁や床や天井に打ち込まれた極小の()の頭にある輪っかを通っており、鉛の獄の中に、巨大な蜘蛛の巣を造り出している。


「……お前の負けだ、葉月。これ以上続けたら、お前を死なせてしまう」


 ──糸の(あるじ)である観月は、身動きの取れぬ獲物にそう告げた。そんなことは望んでなどいないと言いたげな、静かな声で。

 しかし、挑むような妹の()は変わらない。


「……あ? 何言ってんだ? 私はまだやれんだよ! こんくらいで、止まってたまるか!」


 仕込み刀の下の拳を握り締めた葉月は、無理矢理前に進もうとする。顔を真っ赤にしながら、力任せに一歩踏み出した。ミシミシと言う音が鳴り、糸がより強く体に食い込む。


「頼む、諦めてくれ。こんなこと、いつまでも続けても意味はない。どの道お前では私に勝てないし、我々の過去が清算されるわけでもない。……私は──私たち一族は、もう引き返せないんだ」

「そんなモン、まだわかんねえだろ!」

「……わかるさ。事実、蠱毒その物はすでに完成している。……どのみちもう、宰は敬紫様の跡を継ぐしかない」

「そんなやり方、あいつが可哀想だろ! あいつの意思はどうなるんだよ!」

「仕方がないんだ。一族の為には……」

「……観月(ねえ)だって、宰のこと可愛がってたじゃねえか! あれは、全部嘘だったっつうのか? ──なあ!」

「……違う……私は」

「違わねえだろ! 私にはわかるんだ! 一緒に暮らしてた私には」

()()()()()()()!」


 そこで初めて、観月は声を荒げた。その残響がやまぬうちに、彼女は堰を切ったように言葉を継ぐ。


()()、私なんだ……。()()()()()()()()()()()、彼女が生きていることを()()したのも、()()()()()()()()()()()!」

「なっ──」


 予想だにしなかったであろう告白に、葉月は絶句する。

 黒巫女は俯いたまま、悲痛な告白を続けた。


「私は彼女を匿うフリをして、いつでも始末できるよう監視していた。……怖かったんだ……敬紫様の怒りに触れることが。……朔は、そんな私を信じきっていた。宰に危機が迫っていると嘘を吐いた時には、『教えてくれてありがとうね』と、礼すら言っていた……。

 宰に変装した朔が雑木林の中に入った時、私は館の周囲に仕掛けておいた()()()()を作動させた。そして、彼女が宰を庇うのを見越して、木を倒れさせた……。──私は、宰から()()()()()()()()を奪ったんだ!」

「観月、(ねえ)……」

「……私には、もう──いや、本当は初めから──、あいつの姉を名乗る資格なんて、なかった……」


 ただでさえ小柄な観月の姿は、普段にも増してチッポケに見えた。肩でも軽く押せば、簡単に倒れ、床にぶつかった瞬間砕けてしまいそうなほど、あえかな存在。

 巨大な蜘蛛の化身でも闇の巫覡でもない、ただの打ちひしがれた女──あるいは少女が、そこにいた。


「……………………かよ」


 やがて、葉月はボソリと呟く。その声に気付いたらしい観月は、恐々と顔を上げた。


「──知るかよそんなこと!」

「は、葉月……?」

「姉を名乗る資格だ? もう引き返せねえだ? ──んなの、全部お前が勝手に決め付けてるだけだろ!

 確かに、観月(ねえ)がしたことは──いや、私らが宰にして来たことは、許されるようなモンじゃねえ! もうあいつと暮らせなくなっても文句は言えねえよ! ──けどな、だからって、マジでこのままでいいのか? 観月(ねえ)は──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 思いの丈を、煮え滾るような言葉を叫びながら、彼女はなおも前へ進もうとする。


「や──やめろ葉月! それ以上は本当に」

「煩せえ! あの天然巨乳(アホ)は、さっき()()()()()()()やってのけたんだ! 私にだって、できるに決まってる!」

「無茶だ……! だいたい、お前がそこまてまする必要なんて」

「大アリなんだよ馬鹿野郎! 観月(ねえ)も宰も──私の大切な家族なんだ! 血の繋がりだとか一族がどうだとか、そんなこともうどうだっていい!□こんな中途半端なまま、終わらせたくねえんだよ!」


 ──大切な家族だからこそ、中途半端にはしたくない。葉月が口にしたその想いは、かつて「緋沼紫郎」と対峙した際に燎子が伝えた物──「緋沼碧花」が依頼した理由と、同じように思われた。結局あの事件は丸ごとフェイクだったのだが、不思議な符号である。

 観月は、暫時何も言い返せない様子だった。

 すると、その視線の先で、ある種の奇跡が起こる。

 ──ブチブチと音を立てて、糸が()()()()()()()

 葉月は、彼女の言うところの「天然巨乳(アホ)」と同様の荒業(あらわざ)を成し得たのである。

 一歩、また一歩と進むごとに、両腕と両脚に絡まっていた糸が、引き千切られる。

 透明な枷は次々と解け、黒い蝶は再び羽ばたく──


「……頼むから、面と向かってあいつに謝ってくれよ。その結果、嫌われちまうかも知れねえけど、そん時はそん時だろ?」


 やがて、蜘蛛の巣は彼女を阻む力を完全に失い、葉月は家族(あね)の目の前へと到達した。


「私も、()()だから……。一緒に謝って、一緒に嫌われてやるからよ。──同じ弟を持った、ブラコン姉妹としてな」


 そう言って、葉月はニカリと笑った。

 その顔を見上げた観月の目の端から、透き通った雫が零れ落ちる──と、思う間もなく、彼女も一緒に微笑んだ。

「姉妹喧嘩」と呼ぶにはあまりにも熾烈な決闘(たたか)いは、こうして無事終わりを迎えた。

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