儀式⑦
「……ちっ、勝手に一人でバトル漫画みたいなことを!」
忌々しげに吐き捨てた彼は、ようやく体を起こした。
「だいたい、身軽になったから何だと言うんです? どのみち、そんな状態でいつまでも戦えるわけがない! あなたは私には勝てないし、宰様も取り戻せはしないんだ!」
「………ソウデスカ。──そんなことより、そろそろここを通らせてもらいマスネ」
挑発的なことを淡々と宣うと、燎子はその場でトーン、トーンと、脚を揃えたまま上に跳び始めた。
「させるわけないでしょう!」
直後、その声に呼応するかのようにスーツを突き破り、何本もの刃が両脚を隙間なく鎧った。
蝗の節足で体を支えて立つと、揃えた足の裏もブレードに覆われ、さながら二本のチェーンソーが腰から生えているのような状態だ。
床を蹴って跳び上がったマジュウは、頭上から獲物に襲いかかる。
すると、今度はその両脚の刃一つ一つが、ブンブンと音を立てて振動し始めたではないか。
「覚悟しろ! これが、グラスホッパーマンの超必殺技! ──“高周波キィィィィィック”!」
もはや、キックの要素やヒーローらしさは絶無に等しい。完全に斬殺しにかかっている……。
「…………」
迫り来るを凶器を眺めていた燎子は、そこで膝を曲げ、ひときわ深く沈んだ。「高周波キック」に磨り潰されるすんでのところで、彼女は体の向きを変えつつ廊下の先へ飛んだ。
しかし、わずかに振動する刃が掠めたらしく、拘束着の一部が瞬時に細切れとなる。
「逃がすか!」
節足で着地マジュウは、どう言う構造か不明だが、その付け根を支点にグルンと一回転し、天井に切れ込みを入れつつ追撃した。
またしても布が裂ける音が響き、その破片が花弁のように舞った。
「どれだけあなたの体が頑丈だろうと、私の高周波キックの前には無意味! 何故なら、『私は孤高のヒーロー! どんな強敵も、飛び蹴り一つで斬り捨てる!』」
セリフを叫ぶ間も彼は攻撃の手──もとい脚を弱めることなく、節足で立ったまま凶器を振り回し続けた。
執拗なまでに吹き荒れる斬撃の暴風を、燎子は器用に体を捻り、屈み、飛び退き、ギリギリのところでいなしていた。
が、次第に、斬り飛ばされる布キレの量が増えているようだ。
「よくその状態でここまで持ち堪えましたねぇ……。だが──それももう終わりだぁ!」
廊下の角まで彼女を追い詰めたマジュウは斜めに脚を伸ばし、角へ陣取ることで退路を閉ざした。
そして、殺意満点の両脚を思いきり振り下ろす。
──突然だが、ここで予め断っておくと、彼は初めに「一回転」して以降、顔を床に向けた体勢で「高周波キック」をぶん回していた。
よって、燎子の位置を察知していたのは視覚からの物以外の情報と言うことになる。
つまり、彼が最後までそのことに気付けなかったのも、ある意味必定と言うわけだ。
──刃が触れる直前、闘牛士のようにそれを躱した燎子は、恐ろしいほどの神速さで飛び出した。
そして、彼女は──相手の頭を鷲掴みにし、そのまま床に叩き込んでしまった。
廊下に沈んだマジュウは、まさしく潰れた昆虫のような格好で、ピクピクと長い節足を痙攣させる。
彼の頭の先に降り立った燎子は、悠々と脚を伸ばした。
「……………………な──何を、し、た……⁉︎」
絶え絶えに言いながら、マジュウはどうにか顔を上げた。
そして、予想外のモノを目にしたらしく、瞬時に息を呑む。
──背を向けてそこに佇む燎子は、いつの間にやら封じられていたはずの両腕が剥き出しになっているのだ。
のみならず、拘束着はその役割を為さないほど斬り刻まれ、お腹や美脚など白い肌が露わになっていた。まるで、元からそう言うデザインのドレスのように。
「……なん、で……? ──その服、どうやって……」
「……あなたの攻撃利用させてもらいました。どのように斬撃を受ければ、拘束着を動きやすい形状に『加工』できるのか推理し、そのとおりに動いただけです」
「…………」変身ヒーローのお面に、細かなヒビが走り、「な──んじゃそ、りゃ……!」
スッカリお馴染みとなったそのワードを呟いた瞬間、瞬く間に左側半分が砕け散った。
そのまま力なく突っ伏してしまった彼を残し、燎子は階段の方へと歩き出す。
ポマードでベタベタするらしい右手を、即席のスリッドスカートで拭いながら。
※
階段から一階に下りた燎子の前に、早くも第二の刺客が現れた。
「あら、北郷さんってばやられちゃったのね。情けない」
廊下の左側に並んだドアの一つによりかかっていたのは、紅江だった。腕組みをした彼女は、「つうか何その格好? 何をどうしたらそうなるの?」と、先ほどの北郷と似たようなコメントをした。
「まあ、いいわ」探偵が答えなかった為、この流れも北郷と同じになる。「せっかく来たんだし、お客さんはもてなさないとね」
彼女はドアの前から離れると、背を着けていたその扉を開いた。そして、ノブを握ったまま、うやうやしく室内を手で示す。
「さあ、どうぞ。あんたの相手はここでしてアゲル」
「…………」
燎子は意外にもスンナリとそれに従い、無言のままその部屋の中に入った。
──そこは、謂わゆる「遊戯室」らしかった。ふた部屋分ほどありそうな広さの空間に、ビリヤード台が二つ並んで置かれている。戸口に立ち、右側の奥から順に見て行くと、壁にかかったダーツの的と鹿の首、カードゲーム用らしきテーブルと四脚の椅子、整然と縦に並べられたキュー、そして最後、すぐ左手には雑多な品々の詰め込まれた棚が佇んでいた。──ついで言うと、その棚の下の段にある籠から、バドミントンのラケットらしき物が突き出ている。
「なかなか立派なもんでしょ? 我が家の遊戯室は。遊ぶ道具ならいろいろあるから、ゆっくりしていってちょうだい。……もっとも、私の手にかかればどれも立派な凶器。私はね、よくいる『特定の武器を持たずその場にある物を利用して戦うタイプ』なの」
出口を塞ぐように立った紅江は、残忍な笑みを浮かべてそう言った。
対して、振り返った燎子は、例の澄んだ瞳をとある場所に向ける。
──彼女が見つめていたのは、黒い装束を着た胸だった。
紅江もそのことに気付いたのか、「な、何よ」と訝しげに眉をひそめた。
「……まあ、着物だからあまり関係ないか」
ボソリと独白のように呟いた彼女は、そのまま悠々と黒巫女に近付いて行く。
「えっ──ち、ちょっと待って……⁉︎」
これから身に迫る危険を感じ取ったらしく、紅江は自らの体を抱くようにしつつ、廊下へと後退った。




