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マジュウ・コラージュ  作者: 若庭葉
破──儀式編
30/46

儀式④

「お前は知らなかっただろうが、我が古神家は由緒ある()()()()()()だ! 私たちは先祖代々蟲魅様を祀って来たのさ。何百年も前からな。──が、しかし! しかしだ! 今や古神の血は()()()()()()()()()!」

「ぼ、僕は……僕は……」

「正当な血を継ぐのは()()()()だけだ! 他の者はみな身寄りのない子供を買い取り、黒巫女として仕立て上げたにすぎない。──我々は今、一族が存続するか否かの瀬戸際に立たされているのだよ!

 ……弱りきった家筋は、()()()()の格好の餌食となる! 我々黒巫女も一枚岩ではなくてね。元々一つだった物が、長い歴史の中で()()()()()()()()()()()のさ!」


 怯えた表情で俯く宰のすぐ真横から、彼は怒鳴り付けた。まるで、捕らえた容疑者を尋問する刑事のように。

 葉巻を口から離した敬紫は、少年に顔を寄せ、


「お前が私の後を継げば、古神の血筋は護られる。──そして、その為の『儀式』は、もうすでに半ば完了している! ()()()()()()()にな!」

「しち、ねん──まえ……!」

「お前は、()()()()()()()を覚えていないのだろう? しかし、それを思い出してしまえば、もう拒むことはできまい!」


 言いながら、彼は籐椅子の背後に回り込む。


「……あの日、お前は()()()のだ。──()()()()()()()をな!」

「ぼ──くが……朔(ねえ)を……?」

「そうだ。そして、お前だけが生き延びた。……もっとも、その朔の方が、背負った罪は()()()()がな」今度は、少年の耳元に口を近付け、「……朔は、お前が彼女を(あや)める直前(まえ)に、()()()()()()()のだ! ──()()()()()()()()!」


 何と血腥(ちなまぐさ)い話だろうか。

 普通ならば、そんな常軌を逸した言葉信じられるはずがない。

 宰もすぐに、「う、嘘だ」と反論した。どうしようもなく震えた、弱々しい声で。

 が、それは言下に否定される。


「嘘などではない。これが真実だ!」

「で、でも、僕は事故で──そ、その時のことだって、ちゃんと覚えてるのに」

「その記憶の方が間違っているとしたら? つまり、誰かの手によって()()()()()()()()だとしたらドウスル?」

「そ、そんな、馬鹿なこと……」

「馬鹿なことではない。記憶の操作など、もはやありふれた手法だ。『辛い記憶ならば書き換えることが可能』と言う、()()()()()()さ。──我々は、虚構(フィクション)の中の悪役よろしく、お前に対してそれを行った!」


 立て続けに突き付けられた、衝撃的な言葉。

 自らの姉殺しに、実の姉による母殺し。

 植え付けられた、偽りの記憶。

 七年前の真実。

 ──宰は額にジットリと脂汗(あせ)を滲ませ、ガチガチと奥歯を打ち鳴らした。揺れる瞳が向かった先は、膝の上に置かれた二つの(たなごころ)

 まるで、赤黒い浴び血を幻視するかのように、彼はそこに釘付けとなる。

 敬紫が沈黙した為、蝉の()が壁を透過して、薄暗い室内に染み込んで来た。

 椅子の背後から離れ、テーブルに近寄った老人は、孫に背を向けたまま、


「……“蠱毒(こどく)”、と言う物がある」


 その声に、宰はギクリとした風に(おもて)を上げた。


「動物を用いる呪術の一つで、元々は古代中国から伝わったとされる。蛇、百足、蛙などの百虫を同じ器の中で食い合わせ、生き残った物を祀るのだ。そして、その生き物から得た毒により、敵を除き富を得る……」

()()()()()()……?」

「……結論から言おう。七年前、我々は()()()()()使()()()()()()()()()のだ。──言うなれば、“人間蠱毒”をな」

「にん、げん──⁉︎」


 少年は、瞬時に理解したのだろう。

 それが、どれほどオゾマシイ所業なのかを。

 実の娘──それも溺愛していたはずだ──と、実の孫たちを、殺し合わせる。

 虫ケラと同じように共食いをさせ、生き残った者を祀る。

「残酷」などと言う言葉では到底表せない、その邪悪さ……凶暴さ……。

 そこに立つ老人──自らの祖父の後ろ姿は、彼の目にどのように映っただろう。


「どうしてそのような仕打ちをしたのか──と、訊きたいのだろう? 答えは簡単さ。──()()()()だ、宰。お前の()()()()()()()()に、人間蠱毒は執り行われた」

「そ──そんな、理由で……⁉︎」宰は勢いよく椅子から立ち上がり、ここに来て初めて声を荒げた。「そんなことで母さんたちは!」

「『そんなこと』ではない!」


 一喝し振り返ったその顔は、激情の為か赤黒く変色していた。見開かれた瞳はギラギラに潤み、額の青筋が小刻みに痙攣している。

 悪鬼の如き形相を目の当たりにし、少年は瞬時に凍り付いた。


「……先ほど言った染色体の話は覚えているな? ──実は、あれは半分は()だ。確かに、Y染色体には古神の病の発症を抑える力があるらしい──が、かと言って何も()()()()()。原理は不明だが、『そうなっている』と言うだけだ」

「じ、じゃあ……」

「……人間蠱毒を生き残ることで、お前の血の力は強固な物となる。『Y染色体により発症が抑えられている』と言う()()()()()()()()()()()()()()。──我々や、我々の敵の常套手段さ」

「で、でも……でも、母さんたちは!」

「……どのみち、鶫の体は()()()()()()()()()。永年の病に冒され、すでにズタボロになっていたのだ。むしろお前を産み、その後七年も生きられたこと自体が奇跡だった……」

「そ──ん、な……」


 打ちのめされた様子の宰は、そのまま崩れるように腰下ろし、力なく椅子にもたれた。


「……私のことが憎いか?」

「──え?」

「私はお前の家族の仇だ。憎くて当然だろう。鶫や皇木の()()をしたいとは思はないか?」

「復讐……。──で、でも、そんなこと」

「『僕にはできない』と言うのか? 情けない」


 頭を振った敬紫は、灰皿に葉巻を押し付けると、再び孫の方に歩み寄る。不気味に口角の端を吊り上げ、黄ばんだ歯を剥き出しにして。


「だが、安心しろ。お前は必ず()()()を討てる。私が()()()()()を用意してやった」

「そ、そんなの……僕は望んでなんか!」

「拒んでも無駄だ。それはすでに、お前の体の中にあるのだから」


 彼が、そう言い放った瞬間──

 少年の背後から()()()()()()()が伸び、その左肩と頭を鷲掴みにした。

 宰は背もたれに体を抑え付けられ、無理矢理前を向かされた状態となる。


(──も、()()()()()()()()⁉︎)


 必死に首を曲げ、背後を確かめようとしているらしいが、その手の主はそれを許さない。

 そして、敬紫はすでに、少年のすぐ目の前に立っていた。


「少し痛いとは思うが、我慢するんだぞ?」


 彼の手袋を嵌めた右手には、いつの間にか剃刀が握られていた。キラリと光を滑らした刃先が、少女のようなその顔に迫る。


「な──何を」


 その言葉を遮るように、剃刀は一閃──

 とっさに目を瞑った宰の左頬に、小さな傷が刻まれ、鮮血がネットリと染み出した。

 敬紫は満足げに刃の角度を変え、真っ赤な滴りを()めつ(すが)めつした。それから一転して雑な動作で剃刀をテーブルに放ると、彼は部屋の奥の棚へと向かった。

 救急箱のような物を手に戻って来た敬紫は、中からスポイトと黒い小瓶を取り出す。


「できることなら鶫と同じ顔を傷付けたくはなかったのだがな。まあ、()()()()()も兼ねているのだから、仕方あるまい」


 少年の頬を伝う血を()()し、小瓶に落としながら、彼は言った。「ふむ、こんな物だろう」と頷き、道具を元どおりにしまうと、宰の顔を拭いて、最後に絆創膏を一枚傷に貼り付けた。


「……こ、こんなことに、何か意味があるんですか⁉︎ そもそも、どうして今になって僕に真実を?」

「……続きをする為だ。あの日完成しなかった、『儀式』の続きをな」


 答えた敬紫は箱を棚の中に戻し、代わりにある物を取り出すと、テーブルの上、剃刀の真横に置いた。

 ──それは、二葉の写真だった。

 被写体は、金に近い色合い(ハイトーン)のホワイトアッシュの髪をした若い女と、イカツイ顔貌の年配の男。


「女の方は篝燎子、男の方は高村と言う名前だ。お前が今日バイトに行くはずだった探偵事務所の関係者だよ。──お前はこの女の元に向かう途中、霧海に遭い、その中でマジュウに襲われるのだ……」


 彼はさらに、手に持っていた紙切れを少年に差し出した。宰が受け取った物には、次のような文章が記されていた。


 漫画やアニメ等のヒーロー、ヒロイン像と融合した異形の犯罪者──“マジュウ”。超高濃度の霧の中で蠢く彼らを、自称「至って普通の探偵」である篝燎子は、あくまでも「副業」として狩っていた。そんな彼女の元で「本業」のアルバイトとして雇われることになった主人公──古神宰は、初出勤の道すがら、さっそく事件に巻き込まれてしまう。“霧海”に沈む街の中、助けに駆け付けた燎子は意外な格好をしており……。


「こ、これは……?」

()()()()さ。()()()()()()、な。──さて、私はこれから()を出迎えに行く。また後で会おう」


 そう言って宰の横を通り過ぎて行った敬紫は、一度だけドアの前で立ち止まり、


「……人の人生は、部屋の中に迷い込んだ小虫に似ている。どれだけ飛び回り狂態を演じてみたところで、そこからは出られない。……まるで、()()()()()()()()()()()()()()ように」

「え……?」

「……この館の名付け親は、私だ」


 ドアを開けて出て行く間際、彼は()()()()()()()を頭に被った。

 ようやく謎の手から解放された少年は、首を曲げてその姿を見送る。宰は言葉の意味を測りかねている様子だった。

 すると、椅子の傍らに立っていた()()()()は、少年の前に()()を差し出した。


「えっ──」


 瞬間、彼は目を見開いた。


「な、なんで、こんなところに……⁉︎」


 少年の(まなこ)が映し出したのは、可愛らしい()()()()()()()()()()()()()だった。

 しばし宰が呆然とそれを見つめていると、その人物の手がフサフサの体を押したらしく、


『……お願い、殺して……()()()()()()。──()()()()()()()()()……』


 擦り切れ不明瞭な()()の声音で、マスコットは喋った。

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