儀式④
「お前は知らなかっただろうが、我が古神家は由緒ある黒巫女の家系だ! 私たちは先祖代々蟲魅様を祀って来たのさ。何百年も前からな。──が、しかし! しかしだ! 今や古神の血は絶えようとしている!」
「ぼ、僕は……僕は……」
「正当な血を継ぐのはお前たちだけだ! 他の者はみな身寄りのない子供を買い取り、黒巫女として仕立て上げたにすぎない。──我々は今、一族が存続するか否かの瀬戸際に立たされているのだよ!
……弱りきった家筋は、他の一族の格好の餌食となる! 我々黒巫女も一枚岩ではなくてね。元々一つだった物が、長い歴史の中で幾つかの家系にわかれたのさ!」
怯えた表情で俯く宰のすぐ真横から、彼は怒鳴り付けた。まるで、捕らえた容疑者を尋問する刑事のように。
葉巻を口から離した敬紫は、少年に顔を寄せ、
「お前が私の後を継げば、古神の血筋は護られる。──そして、その為の『儀式』は、もうすでに半ば完了している! 七年前のあの日にな!」
「しち、ねん──まえ……!」
「お前は、自分のしたことを覚えていないのだろう? しかし、それを思い出してしまえば、もう拒むことはできまい!」
言いながら、彼は籐椅子の背後に回り込む。
「……あの日、お前は殺したのだ。──実の姉である朔をな!」
「ぼ──くが……朔姉を……?」
「そうだ。そして、お前だけが生き延びた。……もっとも、その朔の方が、背負った罪はより重いがな」今度は、少年の耳元に口を近付け、「……朔は、お前が彼女を殺める直前に、鶫を殺していたのだ! ──お前を生かす為に!」
何と血腥い話だろうか。
普通ならば、そんな常軌を逸した言葉信じられるはずがない。
宰もすぐに、「う、嘘だ」と反論した。どうしようもなく震えた、弱々しい声で。
が、それは言下に否定される。
「嘘などではない。これが真実だ!」
「で、でも、僕は事故で──そ、その時のことだって、ちゃんと覚えてるのに」
「その記憶の方が間違っているとしたら? つまり、誰かの手によって植え付けられた物だとしたらドウスル?」
「そ、そんな、馬鹿なこと……」
「馬鹿なことではない。記憶の操作など、もはやありふれた手法だ。『辛い記憶ならば書き換えることが可能』と言う、よくあるアレさ。──我々は、虚構の中の悪役よろしく、お前に対してそれを行った!」
立て続けに突き付けられた、衝撃的な言葉。
自らの姉殺しに、実の姉による母殺し。
植え付けられた、偽りの記憶。
七年前の真実。
──宰は額にジットリと脂汗を滲ませ、ガチガチと奥歯を打ち鳴らした。揺れる瞳が向かった先は、膝の上に置かれた二つの掌。
まるで、赤黒い浴び血を幻視するかのように、彼はそこに釘付けとなる。
敬紫が沈黙した為、蝉の音が壁を透過して、薄暗い室内に染み込んで来た。
椅子の背後から離れ、テーブルに近寄った老人は、孫に背を向けたまま、
「……“蠱毒”、と言う物がある」
その声に、宰はギクリとした風に面を上げた。
「動物を用いる呪術の一つで、元々は古代中国から伝わったとされる。蛇、百足、蛙などの百虫を同じ器の中で食い合わせ、生き残った物を祀るのだ。そして、その生き物から得た毒により、敵を除き富を得る……」
「食い、合わせる……?」
「……結論から言おう。七年前、我々はお前たちを使って、蠱毒を行ったのだ。──言うなれば、“人間蠱毒”をな」
「にん、げん──⁉︎」
少年は、瞬時に理解したのだろう。
それが、どれほどオゾマシイ所業なのかを。
実の娘──それも溺愛していたはずだ──と、実の孫たちを、殺し合わせる。
虫ケラと同じように共食いをさせ、生き残った者を祀る。
「残酷」などと言う言葉では到底表せない、その邪悪さ……凶暴さ……。
そこに立つ老人──自らの祖父の後ろ姿は、彼の目にどのように映っただろう。
「どうしてそのような仕打ちをしたのか──と、訊きたいのだろう? 答えは簡単さ。──お前の為だ、宰。お前の血の力を高める為に、人間蠱毒は執り行われた」
「そ──そんな、理由で……⁉︎」宰は勢いよく椅子から立ち上がり、ここに来て初めて声を荒げた。「そんなことで母さんたちは!」
「『そんなこと』ではない!」
一喝し振り返ったその顔は、激情の為か赤黒く変色していた。見開かれた瞳はギラギラに潤み、額の青筋が小刻みに痙攣している。
悪鬼の如き形相を目の当たりにし、少年は瞬時に凍り付いた。
「……先ほど言った染色体の話は覚えているな? ──実は、あれは半分は嘘だ。確かに、Y染色体には古神の病の発症を抑える力があるらしい──が、かと言って何も根拠はない。原理は不明だが、『そうなっている』と言うだけだ」
「じ、じゃあ……」
「……人間蠱毒を生き残ることで、お前の血の力は強固な物となる。『Y染色体により発症が抑えられている』と言う設定が、やっとお前の中に根付く。──我々や、我々の敵の常套手段さ」
「で、でも……でも、母さんたちは!」
「……どのみち、鶫の体は長くは保たなかった。永年の病に冒され、すでにズタボロになっていたのだ。むしろお前を産み、その後七年も生きられたこと自体が奇跡だった……」
「そ──ん、な……」
打ちのめされた様子の宰は、そのまま崩れるように腰下ろし、力なく椅子にもたれた。
「……私のことが憎いか?」
「──え?」
「私はお前の家族の仇だ。憎くて当然だろう。鶫や皇木の復讐をしたいとは思はないか?」
「復讐……。──で、でも、そんなこと」
「『僕にはできない』と言うのか? 情けない」
頭を振った敬紫は、灰皿に葉巻を押し付けると、再び孫の方に歩み寄る。不気味に口角の端を吊り上げ、黄ばんだ歯を剥き出しにして。
「だが、安心しろ。お前は必ず親の仇を討てる。私がその為の力を用意してやった」
「そ、そんなの……僕は望んでなんか!」
「拒んでも無駄だ。それはすでに、お前の体の中にあるのだから」
彼が、そう言い放った瞬間──
少年の背後から大きな二つの手が伸び、その左肩と頭を鷲掴みにした。
宰は背もたれに体を抑え付けられ、無理矢理前を向かされた状態となる。
(──も、もう一人、誰かいる⁉︎)
必死に首を曲げ、背後を確かめようとしているらしいが、その手の主はそれを許さない。
そして、敬紫はすでに、少年のすぐ目の前に立っていた。
「少し痛いとは思うが、我慢するんだぞ?」
彼の手袋を嵌めた右手には、いつの間にか剃刀が握られていた。キラリと光を滑らした刃先が、少女のようなその顔に迫る。
「な──何を」
その言葉を遮るように、剃刀は一閃──
とっさに目を瞑った宰の左頬に、小さな傷が刻まれ、鮮血がネットリと染み出した。
敬紫は満足げに刃の角度を変え、真っ赤な滴りを矯めつ眇めつした。それから一転して雑な動作で剃刀をテーブルに放ると、彼は部屋の奥の棚へと向かった。
救急箱のような物を手に戻って来た敬紫は、中からスポイトと黒い小瓶を取り出す。
「できることなら鶫と同じ顔を傷付けたくはなかったのだがな。まあ、辻褄合わせも兼ねているのだから、仕方あるまい」
少年の頬を伝う血を採取し、小瓶に落としながら、彼は言った。「ふむ、こんな物だろう」と頷き、道具を元どおりにしまうと、宰の顔を拭いて、最後に絆創膏を一枚傷に貼り付けた。
「……こ、こんなことに、何か意味があるんですか⁉︎ そもそも、どうして今になって僕に真実を?」
「……続きをする為だ。あの日完成しなかった、『儀式』の続きをな」
答えた敬紫は箱を棚の中に戻し、代わりにある物を取り出すと、テーブルの上、剃刀の真横に置いた。
──それは、二葉の写真だった。
被写体は、金に近い色合いのホワイトアッシュの髪をした若い女と、イカツイ顔貌の年配の男。
「女の方は篝燎子、男の方は高村と言う名前だ。お前が今日バイトに行くはずだった探偵事務所の関係者だよ。──お前はこの女の元に向かう途中、霧海に遭い、その中でマジュウに襲われるのだ……」
彼はさらに、手に持っていた紙切れを少年に差し出した。宰が受け取った物には、次のような文章が記されていた。
漫画やアニメ等のヒーロー、ヒロイン像と融合した異形の犯罪者──“マジュウ”。超高濃度の霧の中で蠢く彼らを、自称「至って普通の探偵」である篝燎子は、あくまでも「副業」として狩っていた。そんな彼女の元で「本業」のアルバイトとして雇われることになった主人公──古神宰は、初出勤の道すがら、さっそく事件に巻き込まれてしまう。“霧海”に沈む街の中、助けに駆け付けた燎子は意外な格好をしており……。
「こ、これは……?」
「あらすじさ。今日のお前の、な。──さて、私はこれから客を出迎えに行く。また後で会おう」
そう言って宰の横を通り過ぎて行った敬紫は、一度だけドアの前で立ち止まり、
「……人の人生は、部屋の中に迷い込んだ小虫に似ている。どれだけ飛び回り狂態を演じてみたところで、そこからは出られない。……まるで、頭蓋の中に封じ込められているように」
「え……?」
「……この館の名付け親は、私だ」
ドアを開けて出て行く間際、彼は白いゴムマスクを頭に被った。
ようやく謎の手から解放された少年は、首を曲げてその姿を見送る。宰は言葉の意味を測りかねている様子だった。
すると、椅子の傍らに立っていたその人物は、少年の前に何かを差し出した。
「えっ──」
瞬間、彼は目を見開いた。
「な、なんで、こんなところに……⁉︎」
少年の眼が映し出したのは、可愛らしいレッサーパンダのぬいぐるみだった。
しばし宰が呆然とそれを見つめていると、その人物の手がフサフサの体を押したらしく、
『……お願い、殺して……私を殺して、宰。──この刀を、引き抜いて……』
擦り切れ不明瞭な少女の声音で、マスコットは喋った。




