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マジュウ・コラージュ  作者: 若庭葉
破──儀式編
29/46

儀式③

 ……………………ボォ──ン。

 …………ボォ──ン。

 ……ボォ──ン。

 振り子時計の鳴るくぐもった音が、ドアを隔てた廊下から聞こえた。耳から入り込んだその響きが頭蓋の中身を揺らしたのか、部屋の中にいた少年は、食虫植物(ハエトリグサ)の瞼を開く──


(……………………あれ? ……ここは……?)


 宰が座らされていたのは、書斎兼応接間のような部屋だった。ドアに背を向けて置かれた籐椅子にもたれ、眠っていたのだ。

 彼の目の前には四角いテーブルが無愛想に鎮座しており、さらにその向こうにレースのカーテンの敷かれた窓が見えた。左右の壁は書架で埋まっており、膨大な量の書籍や標本、人骨の模型、様々な骨董品(アンティーク)などが、ところ狭しと並んでいた。

 宰は目を瞬(しばたた)かせながら、室内の様子を順々に眺め回す。

 そして、その視線が反時計回りに一周し、またテーブルの先に帰って来た──その時。


「──ヤア、気が付いたか?」


 声の主は、い(、)つ(、)の(、)間(、)に(、)か(、)そ(、)こ(、)に(、)立(、)っ(、)て(、)い(、)た(、)。

 一人の男が窓の方を向いて、テーブルの先に佇んでいるのだ。

 その背中を目にした宰は、驚いたようにアッと声を上げた。


「……こうして直(、)接(、)会(、)う(、)の(、)は(、)初めてだったな。まずは自己紹介をしよう」


 そう言うと、彼は振り返る。

 窓から差し込むシラジラとした光を背に立っていたのは、フ(、)ィ(、)リ(、)ッ(、)プ(、)・(、)K(、)・(、)デ(、)ィ(、)ッ(、)ク(、)を(、)連(、)想(、)さ(、)せ(、)る(、)顔(、)貌(、)の(、)、老(、)人(、)──


「初めまして、古神宰。私は古神敬紫(けいし)。──お前のお(、)祖(、)父(、)ち(、)ゃ(、)ん(、)だよ」


 敬紫は上等そうな葉巻を咥えたまま、ガイコツじみた笑顔を浮かべた。


「お──祖父、ちゃん……?」

「そうだとも。私はお前の母親──古神鶫(つぐみ)の実の父だ。当然、お前や朔の祖父と言うことになる。……それとも、黒(、)幕(、)が親族では、少々ベ(、)タ(、)すぎたかな?」

「じ、じゃあ、あなたが今回のことを……⁉︎」

「ああ。全て私の指示だ。……それも、今日だけではない。──七(、)年(、)前(、)、お(、)前(、)の(、)家(、)族(、)が(、)死(、)ん(、)だ(、)の(、)も(、)、私が元(、)凶(、)だったのだ」

「なっ──⁉︎」

「……ふっ、驚いた表情もソックリだな。本当に、お前たち三人はよく似ている。──どれ、いい物を見せてやろう」


 彼は入り口から見て右手の書架に近付くと、分厚いアルバムらしき物を引っ張り出して戻って来た。重そうなそれを一度テーブルに置いてからページを捲り、宰にも見えるように向きを変えた。

 身を乗り出した少年は、恐る恐るその中身を覗き込む。

 そして、そこに貼られていた写真たちを見て、ハッと息を呑んだ。


「こ、これって」被写体は全て、セーラー服を着た白髪の少女。「──朔姉(ねえ)⁉︎」

「いや、違う。それは鶫(、)の(、)中(、)学(、)時(、)代(、)の(、)写(、)真(、)だ。……まあ、間違えるのも無理はないがな」

「か、母さんの……?」

「ドウダ、自分たち姉弟(きょうだい)が、どれだけ母親似かわかっただろう? つまり、どちらも古神の巫(、)女(、)の(、)血(、)を、色濃く受け継いでいるわけだ」

「…………」

「…………可(、)愛(、)い(、)だろ?」

「──へ?」


 完全に意識の外から放たれた言葉だったのか、宰は驚いたように視線を上げた。

 すると、敬紫はウットリとした表情でアルバムを見下ろしており、


「可愛いだろう、私の鶫(、)ち(、)ゃ(、)ん(、)はぁ。我が娘ながら、マジ天使だわぁ〜」


 なんか言い始めた。


(き、キャラ変わってる⁉︎)


 唖然とするしかない様子の孫をほったらかしにして、「お祖父ちゃん」の親バカ発言は続く。


「特に、この頃から祖母さんの若い頃に似て来てなぁ。学校の成績も優秀で品行方正、家族想いの本ッ当にいい娘(こ)だった!」

「そ、そうですか……」

「……だが、問題はこ(、)の(、)後(、)だ」


 腑抜けた笑顔を引っ込めた彼は、テーブルの灰皿に灰を落とした後(のち)、アルバムのページを五枚ほど飛ばして捲った。

 新たな写真の鶫は、制服がブレザーに変わっていた。ここからは高校入学以降の物なのだろう。

 ──そして、それらの中には、時折同(、)じ(、)男(、)子(、)生(、)徒(、)が写り込んでいた。


「あ、もしかしてこの人……昔の父さん?」

「そうだ! お前の父親の皇木栄治さ! ──私から鶫ちゃんを奪った、あのニクタラシイ探偵野郎だ!」


 突如感情を爆発させ、口角泡飛ばす敬紫。その拍子に葉巻がテーブルに落ちたが、全く気にしていない。


「実に忌々しい! 奴のせいで、私たち親娘(おやこ)の絆は引き裂かれたのだからな! ……まったく、よりにもよって一(、)族(、)の(、)敵(、)に娘を奪われるなんて!」

「一族の敵……?」

「だが、たった一つだけ! あの小僧にも感謝すべきことがある」宰の問いを遮り、敬紫は笑った。「お(、)前(、)だ、宰。お前を残したことだけは、賞賛してやってもいい!」


 まっすぐに宰の顔を覗き込みながらそう言うと、彼は葉巻を拾い上げ、アルバムを閉じた。それを元の場所にしまった敬紫は、すでに怒りなど忘れた様子で、


「お前と言う存在は実に興味深い。それだけ姉や母に似ていながら──つまり古(、)神(、)の(、)女(、)の(、)形(、)質(、)が強く現れていながら──、実際の性は男(、)。お前はどうやら気にしているようだが、これはある種奇跡のような物だ」

「はあ……」

「……理解できないか。まあ、そうだろう。──心配せずとも、今から説明してやる。

 そもそも、我々古神家は女系の一族でね。これまずっと女(、)し(、)か(、)生(、)ま(、)れ(、)て(、)来(、)な(、)か(、)っ(、)た(、)のだ。だから、まあ、実を言うと私も単なる婿(、)養(、)子(、)に過ぎないのだが……。

 とにかく、古神の女たちは、母から娘へと、代々闇の巫覡(ふげき)となる呪力(ちから)を、受け継いで来た。そして、それと同時に、特有の病(、)気(、)も伝わっていたのだ。──要するに、遺(、)伝(、)病(、)と言う奴だな」

「遺伝、病……。──それじゃあ、母さんや朔姉(ねえ)がずっと病気がちだったのも!」

「そう、まさにこれが原因だ」


 我が意を得たりと言った風に、敬紫は満足げに頷く。

 知られざる事実に触れた少年の顔は、徐々に青褪めて行った。


「……時に宰よ……お前は、“血友病”と言う言葉を聞いたことがあるか?」

「え──えっと、あります。小説か何かで読みました……確か、先天性の病気で、傷から流れ出た血が、固まり難くなるんですよね……?」

「そのとおり。血液を固める因子が欠乏することで起きる疾患だ。

 そして、最大の特徴として、この病は遺伝する。それも男の子供──つまり、保因者(キャリア)の息(、)子(、)の(、)み(、)が発症するのだ。十九世紀イギリスのヴィクトリア女王とその王子たちなぞ、有名な例だな。

 では、何故男だけかと言うと、その理由は遺伝子の組(、)み(、)合(、)わ(、)せ(、)の(、)違(、)い(、)にある。──遺伝の仕組みは、もう学校で習ったな?」

「は、はい」

「ならわかるだろうが……女はXの染色体を二つ持っているのに対し、男はXとY一つずつの組み合わせだ。そして、血液の凝固に関わる因子はX染色体の中にある。──よって、女の場合片方のX染色体に異常を来したとしても、残りの物でカバーできるのさ。つまり、病気自体は遺伝したとしても、発(、)症(、)は(、)免(、)れ(、)る(、)。──そして、保因者(キャリア)となった母親が男の子供を産むと、二分の一の確率で発症する。これを“X連鎖性劣性遺伝”と呼ぶ」

「は、はあ……。──あのぅ、それで……?」

「……我が一族の病は、謂わば血友病とは真(、)逆(、)。要するに、女のみが発症するのだ。

 では、これは何故なのか……。答えは明白だ。──彼女たちが、Y(、)染(、)色(、)体(、)を(、)持(、)っ(、)て(、)い(、)な(、)い(、)か(、)ら(、)さ」


 宰は青白い喉を蠢かせ、生唾(つば)を呑み込む。

 言葉を切った敬紫は、その様子を──特に喉(、)仏(、)にピントを合わせているらしい──、観察するような眼差しで見つめた。


「……古神の巫女は、力と共に病をも受け継ぐ。そして、その病はY染色体があれば発(、)症(、)を(、)抑(、)え(、)込(、)む(、)こ(、)と(、)が(、)で(、)き(、)る(、)」

「な、何を──いったい、何を言って」

「本当は、もうわかっているんだろう? お前は特(、)別(、)だ。巫(、)女(、)の(、)力(、)を(、)宿(、)し(、)た(、)男(、)! 古神の巫女でありながら、病(、)を(、)発(、)症(、)す(、)る(、)心(、)配(、)の(、)な(、)い(、)存(、)在(、)! ──まさしく、私の後(、)継(、)者(、)に相応しい!」

「ぼ、僕が……後継者……⁉︎」

「そうとも。お前はうまくすれば最強の黒巫女になることができる! その素質を持っているのだ!」


 敬紫は異常とも思えるほど興奮した口調で叫んだ。そして、ガイコツのように落ち窪んだ瞳の奥に妖しい光を宿し、少年に歩み寄る。

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