表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マジュウ・コラージュ  作者: 若庭葉
破──儀式編
27/46

儀式①

 幽かに呻いた(のち)、燎子は目を覚ました。

 彼女がいる場所は、床も壁も天井も、何もかも薄汚れた鉛色の、独房のような部屋だった。燎子はその中で、白い()()()に身を包み、鉄製の椅子に縛り付けられているのだ。

 拘束着には袖口がなく、体は強固そうなベルトによって固定されている為、たいして身動きが取れないのだろう。さながら、巨大な蚕蛾の幼虫のような状態である。


「…………」


 彼女は澄んだ瞳を素早く走らせ、周囲の様子を観察した。

 するとそこで、前方にある鉄扉──趣味の悪い髑髏の装飾が施されている──が開き、ある人物が入って来る。


「あら、お目覚めになりましたか、探偵さん」


 そう言って微笑んだのは、「緋沼碧花」だった。彼女はあの日依頼に来た時とは違い、漆黒の巫女装束に身を包んでいた。

 また、そのすぐ後ろには「緋沼紅江」の姿も。

 碧花の言葉に、探偵は答えない──と言うか、拘束着の襟元が鼻の辺りまでを覆っている為、まともに喋れないのだろう。

 にもかかわらず、かつての依頼者は話しかけるのをやめない。


「申し訳ございません、騙してしまって。──でも、みな迫真の()()でしたでしょう? 我々“古神の一族”にも、それだけ()()()()()()()()()があるのです」


 言いながら、碧花は悪びれもせずに微笑んだ。


「ですから、探偵さんは『儀式』が完了するまで、こちらでおとなしくしていてくださいね。──その間退屈でしょうが、()()が話し相手になりますから」


 彼女が振り返った先、紅江のさらに後ろに佇んでいたのは、葉月だった。普段のラフな格好とは打って変わり、こちらも黒い装束を纏った彼女は、神妙な面持ちで中に入った。その手には簡素なパイプ椅子を携えており、燎子と向き合うようにそれを置くと、そこに腰下ろす。


「では、私たちはこれで。──葉月、後は任せるわよ」


「おうよ」と、葉月は捕虜と視線を合わせたまま、短く答えた。

 二人が退出し、再び扉で髑髏が笑う。

 葉月は、その紋章のように片頬を吊り上げ、


「どうっすか気分は──って、サイアクでしょうけど。……まあ、碧(ねえ)が言ってたとおりこっちにも事情があるんで、悪く思わないくださいね」

「……フガフガフガ」

「いやいや、無理矢理喋ってもわかんねえって。──仕方ねえなぁ」


 立ち上がった彼女は、乱暴に燎子の口を塞いでいた部分を下ろす。口許が擦れて痛かったのか、燎子は顔をしかめた。


「特別サビースっすからね」座り直した葉月が言う。「騙してたぶんこれでチャラってことで」

「……そんなことドウでもいいから、拘束(これ)解いて。あと、服を返シナサイ」

「いやそんな要求通るわけねーだろ」

「…………?」

「『なんで?』みたいな顔されても……つうか、あんた状況わかってます?」

「……ちゃんと理解しているよ。──おそらく、()()()()()、ね」

「あ?」


 黒巫女は一瞬笑顔のまま固まった──が、単なるハッタリにすぎないと判断したのだろう。余裕が揺らぐことはなかった。


「はあ、なんすかそれ。もしかして、いつものトンデモ推理(ロジック)って奴? どーせまた、テッキトーなこと吐かして、無理くり解決に持ってくつもりなんだろ? これでも、一応あんたのやり方は知ってるんすよ」

「……なら、過程はどうあれいつも真実に辿り着いていることも、わかるでしょ」

「確かにそうみたいっすね。──でも、()()でのことはわからなかった。一昨日の『事件』その物が罠だってことは、見抜けなかったクセに」

「……ナルホド」探偵は一度目を伏せてから、「……つまり、この部屋は()()()()()()()で、すでに()()()()()()()、と……」


 どこまでも平常運転な彼女に対し、葉月はウンザリしたように眼を細めた。


「……で? それがわかったところでなんだっつうんすか? 何か解決しました?」

「……葉月。……観月センパイは、()()()()()()()()()()()

「話逸らしてんじゃねえよ」一転、恫喝するような低い声音に変わった。「あんたに何がわかんだ? いいかげんなことホザいてんじゃねえ。……観月(ねえ)は、『もう隠しごとはしない』って誓ってくれたんだよ」

「……『もう』ってことは、()()()()()()()()()んでしょ? 違う?」


 葉月の顔からは完全に笑みが消え、何の感情も顕れなくなった。身を乗り出した彼女は、しばし答えずに、無機的な眼差しで相手の姿を見据えた後、


「……そうっすよ。観月(ねえ)は確かに私に隠しごとをしてました。けど、その話はもう終わって」

「──ないとしたら? まだ、『続き』があるとしたら、どうする……?」

「どうもこうもないっすよ」突っ撥ねるように言って、背もたれにもたれた。「つうか、もうあんたの戯言なんか聞きたくねーっす。口戻しちゃおっかなぁ」

「……聞いて、葉月。センパイは確実に、君に伝えてないことがある。……それも、意図的に隠している事実が」

「うーし、わかった。やっぱりフガフガ言っててもらうわ」


 立ち上がった葉月は燎子に歩み寄ると、襟元を掴む為に手を伸ばした。

 すると──


「……君は何も()()()()()()()()()()んでしょ? 頭蓋館での事件のことを。それどころか、『儀式』とやらを行うことすら知らなかった。──それが、センパイの()()()()()()()

「あー、はいはいそうっすよー。じゃ、煩いお口塞ぎましょうねー」

「……ねえ、知ってる? 宰くん──私の探偵事務所に来る前に、()()()()()()()()()()()()()んだよ?」

「──は?」


 手が、止まった。

 今度こそ表情を凍り付かせた彼女は、得体の知れない物でも見るような目を、探偵に向ける。


「……やっぱり、知らなかった? 彼、初日から遅刻して来て、その時霧海に巻き込まれてしまったの。……ほら、頬に絆創膏を貼っていたでしよ? あれ、マジュウに襲われてできた傷」

「なに、言って──あ、あり得ねえだろ! だって宰は大事な弟で、一族(うち)のたった一人の」

()()()? ──でも、実際に私は彼を助けた。……どうしてだと思う? 何故、彼は襲われたのか──そもそも、どうしてあんなに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 燎子の言葉は、確実に葉月を動揺させているようだった。中途半端に襟元を掴みかけたまま、彼女は立ち尽す。逸らした視線の焦点が、少しずつ揺れて行いった。

「い、いや、まさか……そんなわけ」否定しようと足掻く声は、口に出した途端に萎んでしまう。


「……もう一つ、最大級の()()がある。……知ってのとおり、私のところを彼に紹介したのは観月センパイ。一週間ほど前に突然電話をもらって、『弟を働かせてやってくれ』と頼まれた。──で、一昨日宰くんがやって来た」

「そ──それくらい、私だって聞いてるよ! ……『儀式』のことも含め、事後報告だったけど……」

「……ところが、この話が()()()()()()。……だって、あの時私が助け、探偵事務所に運んだ宰くんは──」


 曇りのない鳶色の瞳が、まっすぐに黒巫女の姿を映し出す。

 彼女は(まばた)き一つせず、こう続けた。


()()()()()()()()


 ──女の子。

 たった三文字のそれは、全く予想だにしない単語だったのだろう。

 見事に虚を突かれた様子の葉月は、暫時鼓動が停止(とま)ったかのように固まっていた。呆然と目と口を開け、眼前の存在に釘付けとなる。

 ──やがて永い数秒が経過し、呪縛から解放された彼女は──笑った。


「何かと思えば、そんなことっすか。アレでしょう? 宰が女の子みたいに見えるって言う奴っすよね? 一応あんな感じでも気にしてるみてえだから、本人の前ではあまり言わな」

「違う。……そう言うのじゃなくて、本当に、確実に、絶対に、()()()()()()女の子──いや、正確に言えば()()だった」

「女、性……?」

「……さすがに驚いた? ──でも、私だってビックリしたよ。『弟が来る』って聞いていたのに、蓋を開けてみれば女の人なんだから。……しかも、彼女は意図的に、宰くんに()()していたみたいだし」

「な──なんだってそんなこと! ──つうか、誰なんだよそいつは! どうして知らねえ女が宰のフリして、観月(ねえ)の斡旋したバイト先に行くんだよ!」

「……私の推理によれば──君が馬鹿にしたトンデモ推理(ロジック)によれば──考えられる答えはただ一つ。……彼女の正体は、七年前に死んだとされる、宰くんの()()()()()()──皇木(すめらぎ)()()()()()()()()()


 探偵は、例により曇りない(まなこ)でそう断言した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ