インタールード③:紅の記憶
──七年前。
深紅のシャツを着たその男は、年季の入ったオイルライターを取り出し、咥え煙草に火を点けた。白いズボンや先の尖ったエナメル靴と言った取り合わせは多分にキザッたらしく、まっとうな職種の者には見えない。
黒々とした堅そうな髪をした彼はやや気取ったポーズのまま、スウーッと紫煙を吐き出した。
──紅を纏った彼とその人物が対峙しているのは、夜の地下駐車場だった。辺りに停まっている車輌は見当たらず、黄緑がかった照明に照らされた殺風景な空間が、寒々と広がっていた。
「……突然だがここで一つ」男が言った。「豆知識を披露してえんだけどよ……あんた、ヌエって呼ばれる妖怪のことは知ってるだろ? 頭が猿で体が狸、脚が虎で尻尾が蛇──そして怪鳥『鵺』と同じ声で鳴くって言う、アレさ」
「…………」
「実は最近聞いた話なんだが……どうもそのヌエの正体は、レッサーパンダだった可能性があるそうだ。……なんでも、その時代にはまだ日本にも、野生のレッサーパンダが生き残ってたかも知れねーんだと。しかも、そいつら古代のレッサーパンダたちは、今のよりずっとデカかった。だいたい百五十センチくらいっつうから、立ち上がったら当時の成人男性の身長と大差ない。──そんなモンがいきなり現れたら、バケモノ扱いされて当然だよなぁ」
「…………」
「……もちろん、これは一つの説っつうか、妖怪を現実に存在した生き物に当て嵌めようっつうアプローチにすぎねえ。まあ、うちのガキ共には大ウケだったけどな」
「とは言え……」と、男は紫煙と共に紡ぎ続ける。
「俺はヌエの正体ってのは、全く別のモンなんじゃねえかって考えてんだ。
……なあ、あの合成獣じみた見た目──幾つかパターンはあるが、「合成」は共通だろ? ──と言い、黒雲を伴って現れることと言い……マジュウによく似ていると思わねえか?」
「…………」
「しかも、黒巫女たちが活動し始めた時期と、ヌエが現れたとされる時代は重なる。つまり、あの妖怪は初代マジュウのことを伝える物だった。──あるいは、マジュウとは、そもそもヌエを目指して産み出されたか……」
「…………」
「そう言や、退治されバラバラに斬られたヌエの死体から、犬神や憑き物が生まれたっつう話もあったよなぁ。……これは、まさしく黒巫女の起源なんじゃねえのか? つまり、ヌエを倒された奴らは、都落ちして全国に散らばり、そこから各家筋へとわかれていった……。──なあ、あんたはどう思う?」
彼が尋ねた時、ようやくその人物は動いた。取り出した小さなお札を額に当てがい、くぐもった声でボソボソと「呪文」を唱える──
直後、どこからともなく濃密な霧が立ち込め、その人物の姿を覆い隠してしまった。
「おいおい、それが答えかよコノヤロー」
苦笑いして言った男は、ライターの蓋を片手で開けた。
彼の指がホイールを回し、火花が爆ぜ──燃え狂う炎の刃が、そこに現れる。
「まあ、こうなるこたァわかりきってたがな。──つうわけで、焼き斬ってやるよ。あんたを蝕む、その『蟲』を!」
先代探偵がそう告げた時、霧のベールの向こうからそれは現れた。
そして、その人物──いやマジュウの顔には、チャチなお面が貼り付いており──
白髪の少女が、ウインクしながらペロリと舌を出していた。
「……奇遇だな。そのアニメ、うちのガキ共もよく観てるわ」
言いながら、炎の剣を構えた彼は弾き出された。




