↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マジュウ・コラージュ  作者: 若庭葉
破──儀式編
22/46

アンノウンⅡ①

 深夜零時を過ぎた頃。

 リビングのソファーからずり落ちた宰は、「痛っ」と言う声と共に目を覚ました。薄暗い部屋の中で体を起こした彼は、眠たそうな瞳を擦る。

 冷たい水の底から見上げるような月明かりが、カーテンの隙間から暗い室内に差し込んでいた。


(……そうか、いつの間にか寝ちゃってたんだっけ……)


 彼が目を向けると、カーペットの上では、未だに燎子が寝息を立てていた。体を丸めている姿や横顔は、案外無垢(あどけな)い。

 彼女の様子を見下ろしていた宰は、眠りに就く前のちょっとしたアクシデントを思い出したのか、一人赤面する。


(と、取り敢えず、自分の部屋に行って寝直そうかな! うん!)


 誰にともなく宣言し、彼は立ち上がった。ダイニングの方にも灯りは点いておらず、姉妹の酒宴はすでにお開きとなっているらしい。

 宰はそのままドアへと向かいかけた──が、すぐに足を止めた。

「ん?」と、不思議そうな声を漏らした彼の視線は、テーブルの上──二機のコントローラーやテレビのリモコンなどと一緒に置かれている、ある物体に吸い寄せられる。

 ──それは、小さなレ(、)ッ(、)サ(、)ー(、)パ(、)ン(、)ダ(、)の(、)ぬ(、)い(、)ぐ(、)る(、)み(、)だった。

 あの可愛らしい雑食動物を象ったおもちゃが、チョコナンと円らな瞳で宰を見上げているのだ。


「これって確か──小さい頃に買ってもらったぬいぐるみ!」


 少年は驚きながらもはしゃいだ様子で、それを手に取った。長い尻尾も含めて大きさは二十センチほど。それなりに古いらしく、一見するとかわり辛いが、ところどころ焦(、)げ(、)茶(、)色(、)の(、)汚(、)れ(、)が着いていた。


(スゴイ、懐かしいっ! ……でも、なんでこんなところにあるんだろう? 今の家(うち)に引き取られる時に、気が付いたらどっか行っちゃってたはずなのに……)


 暫時不思議そうにレッサーパンダを見下ろしていた宰は、そこでふと思い出したように、


「あ、そうだ。確か、この辺りを」


 ぬいぐるみのお腹を軽く右手で押さえた。

 すると、学名「炎色の猫」はやや不明瞭な声音で、


『……コンニチハ、元気? 今日もちゃんと、二本脚で立ててる?』

「まだちゃんと声出るんだー。て言うか、こんな深い感じのセリフだっけ?」


 少年は嬉しそうに、再び綿の中のボタンを押す。


『……コンニチハ、元気? 今日もちゃんと、二本脚で立ててる? ……』


 先ほどと全く同じ声に、おなじ言葉。

 しかし、今度は最後の方に、微(、)か(、)な(、)ノ(、)イ(、)ズ(、)が走った。


『……コンニチハ、元気? 今日もちゃんと、二本脚で立ててる? ……こ』


「──こ?」と首を傾げた宰は、すぐさま四度目のセリフを聞く。


『……コンニチハ、元気? 今日もちゃんと、二本脚で立ててる? ……こ──ろ』


 その瞬間、彼の表情が凍り付き、髪の毛がゾワゾワと動いた。何かしら、ゾッとさせられる雰囲気を感じ取ったのだろう。


(今、なんか変な声が──)


 小さなぬいぐるみに釘付けとなる宰。

 室内はそれきりシンカンと静まり返った。まるでこの家──いや、住宅地全体が、深い眠りに落ちてしまったかのように……。

 すると、その時。


「………………ハッ⁉︎ バ(、)イ(、)ト(、)に(、)遅(、)れ(、)る(、)!」


 と言う、頓狂なのに抑揚の乏しい声を上げ、燎子が体を起こした。

 当然ながら少年は喫驚したようで、「ひっ⁉︎」と小さく悲鳴を上げかけた拍子に、手にしていた物を落としてしまう。

 彼が恐る恐る振り返ると、燎子は未だに寝惚けていうようで、


「…………ナンダ、今日は休みか……」


 そんなことをホザいたかと思うと、再びそこに丸くなった。──そして、早くもスウスウと寝息を立てる。

 あっけに取られた様子の宰は、やがて力が抜けるように溜め息を吐いた。


「……僕も早く寝直そ」


 呟きながら、彼は先ほどのぬいぐるみを拾い上げた──

 直後、そ(、)れ(、)は起こった。


『……………………こ──ろし──て……お願い……』


 少(、)女(、)の物と思しき声が、ひ(、)と(、)り(、)で(、)に(、)再(、)生(、)さ(、)れ(、)た(、)のだ。

 それを聞いた少年は、今度こそ凍り付いた。

 彼の右手の中で、レッサーパンダは再び人語を発する。


「…………こ──ろし──て……お願い──殺(、)し(、)て(、)』


 最後にはハッキリと、その物騒なワードが聞こえて来た。

 瞬間、宰の手から、再びぬいぐるみが零れ落ちる。

 その足元でレッサーパンダが軽くバウンドした時、彼は頭の毛を掻き毟るように掴んだ。


(な──何、今の声……⁉︎ ──と言うか、前にもどこかで聞(、)い(、)た(、)こ(、)と(、)が(、)あ(、)る(、)ような……!)


 宰は青褪めたまま、カーテンの引かれた窓とテレビラックの間の辺りに目を向けたまま、立ち尽くす。しかし、彼の瞳はすでにこの現実の景色を映し出してはいないのだろう……。

 輻輳(ふくそう)する思考回路。

 絶対だと信じていた頭蓋(あたま)の中身が、得体の全く知れないシロモノだと気付かされる感覚。

 そうした渾沌的状況に少年が置かれているであろうことは、その表情や焦点のブレた眼(まなこ)から、容易に想像できた。

 彼はいっそう強く髪の毛を握り締め、ガチガチと奥歯を打ち鳴らす。


「そ、そう、だ……ぼ、僕はあ(、)の(、)時(、)も(、)……」


 流れる雲が月を呑んだのか、細く差し込んでいた青白い光が遮られた。俄かに闇の深まった室内で、影法師は呆然と呟く。


「……………………ち、違ウ──オ(、)、オ(、)レ(、)……ハ(、)……!」


 少年は、そこでようやく頭から手を離し、張り詰めていた糸が切れたかのように項垂れた。ダラリと力なく垂れ下がった両手は、邪悪な憑き物が落ちた──あるいはその反対に、「入った」ことを表しているのだろうか?

 いずれにせよ、この時彼の中で何かが切(、)り(、)替(、)わ(、)っ(、)た(、)ことは、明らかだった……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。