訪問②
「ああ。どうだ? 驚いたかー?」
「そ、そりゃあ、まあ……」
「そうかそうか。──じゃあ、そう言うことだからなっ! よし燎子、もう一戦しようじゃないか。もちろん、他のゲームでもいいぞー?」
観月はすでにコントローラーを握り直しており、さっさとキャラクターセレクトの画面に戻る。
少年は一瞬虚を突かれたように言葉を失った後、
「……えっ? ……終わり⁉︎」
「まあ、私らも詳しく知ってるわけじゃねーからな。あとは燎子さんにでも聞いてくれ」
と、次女の方がアッサリ答えた。彼女たちは本当に、もうそれ以上この話を広げる気はないらしい。
(ま、丸投げ⁉︎)
呆れると言うよりもはや焦っている様子の宰を他所に、姉たちはスッカリ平常運行に戻っていた。
「……その前に、煙草休憩を……」と言いつつ、燎子は脱いでソファーの背にかけてあったジャケットに手を伸ばす。
瞬間、「いいけど外でな?」と、葉月から待ったをかけられた。
「…………じゃあもう帰る。他にも気になることはあるけど、一応用も済んだし」
「お前は相変わらず自由だなー。本当に帰るのかー?」
観月が尋ねた時には、すでに燎子は立ち上がり、ジャケットを羽織っていた。そして、「何か文句でも?」と言うように、小首を傾げる。
「さすがに唐突すきるでしょ。まだたいして遅い時間でもねーし。──なんなら、一杯やって来ましょうよ」
ニヤリと口角を吊り上げた葉月は胡座を掻いたまま、あまりにもオヤジ臭いジェスチャーをしてみせた。
「……いや、でも……」と、探偵は無表情ならも返事に窮しているらしい。
すると、その隣りの長女が、妹と同じ笑みを湛え、
「遠慮することはないぞ。こんなこともあろうかと、ちゃんといい日本酒を用意しておいたからな」
観月はいつの間にか、「姉冥利」と言う妙な銘柄のラベルが貼られた一升瓶を、両手に抱えていた。見た目的に言えば法律に引っかかりそうな絵面である。
「……ソンナ物どこから」
「んー? 普通にソファーの裏にずっと置いてあったぞー? ──とにかくそこに座り直しなさい。呑みニケーションといこうではないかー」
一見して無邪気な笑顔を見つめた燎子は、やがて渋々と言った風に腰を下ろした。
と、同時にさりげなくキッチンに向かっていたらしい葉月が、彼女の前にコップを差し出す。大儀そうにそれを受け取ると、今度は長女の方が、嬉々として清酒を注いだ。
コップの中の透明な液体を、燎子は見慣れぬ食べ物を前にした犬のように、ジッと見下ろす。観月たちは相変わらず楽しそうに、「さあさあグイッと」などと囃し立てていた。
「あ、あの、篝さん、あんまり無理しない方が……」
控えめに止めようとした宰だったが、その声は届かず──むしろ、彼の言葉にムキになった可能性すらある──、意を決したらしい彼女は、とうとうコップを呷るのだった。
「あっ」と声を出した少年の目の前で、燎子の白い喉はゴクゴクと動き、唇の端から零れた一筋が伝い落ちた。
無謀にも中身を一気に飲み干してしまった彼女は、口許を手の甲抑えつつ、「ヒック」と息を吐き出す。早くも顔を桜色に蒸気させており、色っぽくもあるが、目が据わっている為むしろ怖い。
「おおっ、いい呑みっぷりだなー。ほらっ、おかわりだぞー。ワハハハハ」
何気に先ほどよりも多く酒を注ぎながら、観月は自分でも瓶をラッパ飲みする。見た目に反して、相当な酒呑みのようだ。
また、葉月は葉月でいつの間にやら缶ビールを開けており、片膝を立てて座りつつゲラゲラと笑っていた。
「宰ぁ、お前も呑めよぉ。ほらほら」
「いや僕まだ未成年だし」
「いいじゃねえか、そんなカタイことは。それとも何? もしかして姉ちゃんの言うこと聞けねえの? イッチョ前に反抗期気取りなの? なぁ」
完全に絡み酒状態の葉月は反対側の宰の方までやって来て、隣りに座りつつ缶ビールを彼の頬に押し付けた。
「ちょっ、やめて葉月姉。本当、いろんな方面から怒られちゃうから」
「へーきだって、チョットくらい。なんたって、今は夏休みなんだからよぉ」
彼は慌てて両の掌を見せたが、その程度のことで抵抗できるはずもなく……。
宰の口は──実際に呑んだか否か想像に任せるが──、アルミ缶によって強引に塞がれた。
「くっ」と苦しげに呻いた宰は、ソファーに倒れ込み手を着いて体を支えた。打ち上げられた人魚のような姿勢で口許を庇う様子は、「敗者の図」以外の何物でもない。
「……さ、さすがに酷いよ二人とも! 篝さんだってお酒弱いのに」
そう言いながら顔を上げた彼は、途端に続く言葉を呑み込んだ。
少年のすぐ目の前──流れた髪から香りが伝わって来そうなほど近くに、燎子の蒸気した能面ヅラがあったのだ。
いつの間にか宰に覆い被さるような体勢になっていた彼女は、何故かジッと彼のことを見つめている。この突然の奇行に対し、少年はやはり乙女のように、頬を赤く染めた。
アルハラ姉妹の二人も、少々面食らった様子で視線を交わす。
「か、篝さん……⁉︎」
「……………………おかしい」視線を合わせたまま、ダシヌケに彼女は言った「……なんで……」
「あっ、あのっ、いったい何を……」
「……確かめないと」
「へ?」
直後、あろうことか燎子は彼のズボンに手をかけ、それを脱がしにかかったではないか!
「ちょっ、えっ──な、なんで⁉︎ や、やめてください!」
悲鳴を上げた宰は、慌てスウェットを手で押さえたが、膂力と神速さで彼女に叶うはずもなく。
「いやぁぁぁ⁉︎」
姉妹が止めに入る隙も与えず、燎子は問答無用で彼のズボンをずり下ろしてしまった。
トランクスと共に。
「……………………」
彼女は無駄に澄んだ瞳で、暫時そこにある物を凝視した。
「……………………」
が、ほどなくして、一段と顔を赤くさせたかと思うと、すぐさま両手で覆い隠し、そのままカーペットの上に倒れ込んでしまう。三人が唖然とした様子で見つめる中、子供のように体を小さく丸めた彼女は、唐突に、
「…………じめて、見た……」
そう呟いたきり、マンジリたりとも動かなくなった。
「お、おーい、燎子さん……?」
床な膝を着けた葉月が声をかけつつ肩を揺すったが、反応はない。
「……ダメだ、寝てやがる」
「本当に何がしたかったんだこいつは」
姉妹が呆れた様子で会話する中、宰はシャツの裾で大事な部分を隠しつつ、いそいそと下着を履き直す。
(……さ、さすがに、これは大目には見れそうにないです!)
※
それから、さらに何時間か後のこと。
古神家のリビングの灯りは消え、今は二つの寝息が聞こえて来るのみだった。
そして、引き戸の扉で区切られた隣りのダイニングでは、場所を移して飲み続ける姉妹の姿が。
「……観月姉はさぁ」手酌で日本酒を注ぎ足しつつ、「朔さん──宰の本当の姉ちゃんに会ったことあんだろ?」
「まあなー。それがどうかしたのか?」
酒の入ったコップを小さな両手で持ちつつ、長女は聞き返す。
「どんな娘だったんだよ」
「……そんなこと聞いてどうするんだ?」
「いいだろ、別に。ちょっと気になったんだよ」
「そうだなぁ……取り敢えず、宰にソックリだな。髪の毛の色以外は」
「……それで?」
「後は……まあ、普通にいい娘だったぞ。明るくて、優しい女の子って感じで」
「……ふうん」
「……不安なのか? ちゃんと宰の姉をできているのかって」
「うるっせぇな、そんなんじゃねえよ。……ただ、あいつの家族はもう私らだけだから」
彼女はそう言うと、手の中の物に視線を落とす。わずかに揺らいだ小さな水面が、暖色の照明を反射した。
──ほどなくして顔を上げた葉月は、真剣な表情で向かいの席を睨む。
「つうか、私はまだ昨日のこと許したわけじゃねえからな」
「……すまなかったよ。もう何度も謝っただろ?」
「そー言う問題じゃねえんだよ。……私に無断で宰を」言いかけた彼女は、内容を変えたようだった。「とにかく! もう変な隠しごとはすんなよな! 特に、あいつが傷付くようなことは!」
「……ああ。わかった。約束するよ」
小さく笑った観月は、乾杯し直すようにコップを差し出した。妹の方はまだ機嫌が収まっていない様子であったが、それでもすぐに腕を伸ばす。
コツンと小気味よい音が、夜中のダイニングに響いた。




