副業③
肩を抑えたタガメのマジュウは、忌々しげに探偵を見返した。
「くっ、糞! ……かくなる上は──出でよ! 私の仲間たち!」
直後、その声に応えるように、ある二人の人物が、並木の陰と歩道橋の階段の後ろから現れた。
彼女たちは、基本的にはやはり人の形を──と言うか、ほぼほぼ制服姿の女子高生だった。
二人とも服の上からマジュウと同じ甲殻を背負わされており、左右一対の鎌状の節足が、ジェットコースターのシートベルトのようにそれを固定している。向かって右が茶髪、左にいるのが眼鏡をかけた方で、どちらもラケットを持たされていた。
彼女たちは体を操られているようだが、意識は健在らしく、
「いやマジで何なの。これじゃあサボった意味全然ないし。……て言うか、アレって絶対部長じゃん。何やってんだよ」
「無理無理無理。私体育ですら着いて行けてないのに、こんなことできるわけないじゃない。筋肉痛で死ぬ自信あるわ」
と、すさまじくウザったそうに、あるいはゲンナリと蒼ざめた顔で、それぞれブツブツと呟いていた。何故か、どちらも妙に余裕がありすぎるようだが……。
ともかく、一応シリアスな場面と言うことには変わりない。
女生徒たちの姿を目の当たりにした高村は蒼惶とした声で「人質を取る気か!」と叫んだ。
「……人質? そんな卑怯なこと、部長の私はしないもん! ……彼女たちは、私の大切な仲間たち。共に青春の体液を垂れ流しまくる、熱血ヒロインなんだよ!」
マジュウは相当自身の役に酔っているようだが、当の「ヒロイン」たちにとっては迷惑でしかないらしく、
「何言ってんのあいつ……『熱血』とか本当ムリなんだけど」
「ちょっと、怒らせるようなこと言わないでよ。下手に逆らったら怖いでしょ。取り敢えず、従順なフリしとけばいいのよ……どうせ脳筋なんだから」
「……あー、あんたの方が悪意あるわ」
などと、この状況にもかかわらず、完全に相手を舐めていると言うか、恐怖心のカケラも感じられない言い草である。
結果──当然ではあるが──、彼女らの態度は見事にマジュウの神経を逆撫でしたようだった。
彼女は体をプルプルと震わせながら、黙り込んでしまった。
「……どうやら、お二人は垂れ流しまくりたくないようですね」
「く──糞っ! 糞っ! 糞っ! どいつもこいつも馬鹿にし腐って! こうなったら、ゼッタイ地獄を見せてやる!」
マジュウが叫ぶと、三人の背中に装備されていた甲羅が、パカリと蓋のように開く。鎌状の節足を蝶番のようにして、それぞれの頭上に展開されたのである。
そして、燎子たちの方に向けられたその表面には、無数のシャトルが、コルクの部分を上にして隙間なく貼り付いていた。それこそ葉っぱや木の枝なんかに何かに産み落とされた、昆虫の卵のように。
シャトルと言えど、ここまで大量に、しかも整然と集合している様子は、かなりグロテスクである。謂わゆる「蓮コラ」と言うシロモノが一時期流行ったが、あれと似た類いの不快さだ。
少年や、互いの姿を見た女生徒たちが「うっ」とたじろぐ姿が、怯えているように映ったのだろう。まるで巨大なコオイムシのようなマジュウは、満足そうに笑い声を上げた。
「ふははっ、今さら恐怖しても遅い! 私を馬鹿にした、あなたたちが悪いんだもんね!」
彼女はすでに勝利を確信した様子で、ラケットを構えた。
──が、しかし。
燎子は一言も発さぬまま、炎の刀を振り上げ、そして振り下ろした。
思いっきり頭頂部を打ち据えられたマジュウは、「なんぶっ⁉︎」と珍妙な声を発し、その場に崩折れた。
探偵は情け容赦のカケラもなく、片手に持った得物で、倒れた相手をガシガシと斬り付け続ける。それは到底正義が執行されている絵面とは言い難く、オーディエンスはみな「ドン引き」しているようだった。
「……あ、あの……高村警部」宰は、何とも言えない表情を浮かべつつ、「このタイミングでナンですけど、そもそも、あのライターってどうなってるんですか?」
「あ、ああ──あれは、実は『曰く』付きの品でね。篝くんはその力を引き出すことで、マジュウと戦うのだよ」
「はあ、『曰く』ですか……」
「要するに、記憶のことさ。『曰く』とは、すなわち道具に宿った記憶──その中でも特に、凄惨な事件、事故などに関する物を指すのだそうだ」
「も、無機物にも記憶があるんですか?」
「…………」高村は妙な間を空けた後、「……さあ? 実際のところ、どうなんだろうなぁ?」
「へ?」と、少年は盛大に肩透かしを食らわされた様子だった。
「あー、何と説明するべきか……。──つまり、そう言う『設定』なんだよ。そして、その『設定』が現実に反映されるまで押し通す──謂わば『ゴリ押し』する能力によって、マジュウを狩る存在は戦うんだ」
「えっと、なんだかよくわからないでけど……要するに、篝さんたちが『そう言うこと』にしているから、実際に『そう言うこと』になっている、と……?」
「うむ、概ねその理解で間違っていないだろう。──ちなみに、彼女の披露するトンデモ推理も、この能力の応用だね」
「あ……それはなんとなく、納得できます」
「……そもそも、人間は古来より『設定』を与えることで、未知の存在や現象に対処して来た。『設定』さえあれば、それに基づいた対応が可能だからね。祈祷によって、憑き物が落ちたり病気が快復するようなものさ。──科学的根拠などなくとも、実際に治るのであれば、それは『本物』と言うことになる」
何やら壮大な話になって来たが、ある意味その見解は正しいのだろう。
かつて、人類は身の回りに溢れる様々な事象──夜の闇から星の輝き、地震、台風、疫病、飢饉などの大災害に、怪異や神など──と対峙する際、それぞれに「設定」を与えることで、抗し得る手段、あるいは寄り添う術を編み出して来た。そう言った意味では、これは当たり前に世界に溢れていた機能とも言えよう。
「そして、このことはマジュウに関しても同様だ。彼らにとって、『強く影響を受けたヒーロー、ヒロイン像』とは、自分自身に理想を『設定』した物に他ならないのだよ」
「な、なるほど……」
嘆息した少年は、再びリンチ──もといマジュウ狩りの光景に目を向けた。
「くっ、このっ、いいかげん叩くのやめ──」
這い蹲ったままどうにか顔を上げかけた彼女は、瞬時に固まった。
その視線の先にいる燎子は、マジュウのことなど一顧だにせず、右手でおざなりにライターを振りながら、いつの間にか取り出していた携帯電話の画面に目を落としていた。
「か──片手間かい!」
「…………」
「ちょっ、無視かコラ! ゼッタイわかっててやってるよね⁉︎ つうか、戦ってる時に携帯見んな!」
「……スミマセン。これが私のやり方なので。
……ところで、先ほどあなたが仰った、『王の道を行く者は、誰にも止められない』と言う言葉ですが……あれは、かつて少女向けの雑誌で連載していた、『クロスファイア!』と言うスポ根バドミントン漫画の、主人公のセリフなのですね」
「なっ──まさか、それを検索ってたの⁉︎」
「……イカニモ」
無駄に偉そうに答えた燎子はようやく手を止め、抑揚のない口調で続ける。
「……『クロスファイア!』の主人公“大路歩”は、女子バドミントン部の部長であり、明るい人柄と弛まぬ努力によって他の部員たちを牽引して行く。
……また、物語開始と共に、元トッププレイヤーでオリンピック出場の経験もある男性がコーチに就任。方針の違いやその厳しさなどから初めは対立するものの、次第にお互いを認め合い、よき師弟関係を築き上げるのだとか……。──もしかして、これがあなたの理想なのですか?」
「……そ、そうだよ! ……私は歩ちゃんに憧れて、ずっと真剣にバドに打ち込んで来たの……。なのに、コーチは私を置いて部を去ってしまった! ──『親が煩いからそろそろまじめに就職する』って!」
「……………………へえ」
「私は、とてもショックだった……。コーチが今更になって現実を見始めたこと……一緒に全国を目指すって言う約束を、破られたことが!」
フラフラと立ち上がりつつ、心情を吐露するマジュウ。……残念ながら、あまり共感を得られそうな物ではないが。
「……だから、私は決めたの! コーチの就職先に乗り込み、あの人から教わった必殺スマッシュで復讐してやるって! そして、私を裏切ったことをゼッタイに後悔させてやるんだから! ──その為に、まずはあの二人を冷酷なバドミントンロボットに改造するの!」
自分の復讐計画に酔っているのか、嬉々として微妙に恐ろしいことを言い出した。改造される側からしたら当然堪ったものではないだろう。二人ともとても嫌そうや顔をしていた。
「……ナルホド、わかりました」と、言いつつ、燎子は携帯電話をしまった。「……では、本当にあなたのスマッシュが『必殺』かどうか、試してみましょうか」
「は? ──いったいどう言う」
「……こうするのです」
答えた彼女は、素早く右手をしならせた。
すると炎の刃は大きく燃え上がり、そこからさらに三つの紅炎が噴き出すように、マジュウと女生徒たちの頭の上にある物へと降り注ぐ。
彼女らが同時に悲鳴を上げた時には、その甲羅は火焔の衣を着せられていた。
「ちょっ、あの二人ごと燃つもり⁉︎」
「……イイエ、そんなことはしません。……私の炎は、私が燃やしたい物だけを燃やす」
平然と答えた彼女は、得物を握った方の腕を横に振った。すると、炎はまるで逆再生された映像のように、元どおり刃の形へと収束される。
甲羅を襲った朱い触腕が引っ込むと、そこには黒い焦げ跡だけが残されていた。燎子の炎は、綺麗にシャトルのみを焼き尽くしたのだ。




