副業②
蛍光灯の光にジラジラと照らされたそこは、一見すると喫煙所か、駅のホームにある待合所のようだった。大きさは何十人かがいっぺんに入れそうなほどで、道に沿う形で細長く建てられたガラス張りの箱の中に、背中合わせのベンチが二列並んでいる。天井ではクーラーが涼風を吐き出しており、夏場でも問題なく過ごせるようだ。
──現在、この殺風景な空間──霧海避けのシェルターの中には、高校生と思しき制服姿の少女が二人、ベンチに並んで腰掛けていた。近隣の学校の生徒らしく、夏服のブレザーが眩しげである。
シェルターのガラス張りの壁は濃密な霧のヴェールによって閉ざされ、目の前の道路の様子すら、満足に見通せない。「雨宿り」ならぬ、「霧宿り」をしているのだ。
すると、そのうちの一人──茶髪で傍らに大きなスポーツバッグを置いている方──が、スマートフォンの画面を見下ろしながらボヤく。
「あーあ、せっかく早く部活終わったのに霧海とか。これじゃあ、家帰れないじゃん。うっとおしいわー」
「……早く終わったって言うか、勝手にサボっただけでしょ。自業自得よ」
「いーじゃん別に。うちの部で真面目にやってるのなんて、部長くらいなんだしぃ。──つうか、最近のあいつマジでウザすぎ。コーチが来られなくなってから、やたら張り切っちゃってさぁ。熱苦しいっての」
「ふうん、大変ねー」
明らさまな生返事をしつつ、彼女は静かに文庫本のページを捲る。こちらは連れとは対照的に、黒い髪を長く伸ばしており、フレームがピンクの眼鏡をかけていた。
「……ねえ。あんた、それ何読んでんの?」
「ん? ──横溝正史の『悪霊島』、の下巻。……ちなみに読むのは三回目」
「ふうん。そんなに面白いの?」
と、彼女が尋ねた矢先──
霧の向こうから、何かが飛来した。
その物体は二人の目の前のガラス張りの壁に激突し、バンッと大きな音を立てる。
「えっ、何⁉︎」
女生徒たちは、同時に喫驚した顔を上げた。
それは壁に小さな丸い跡だけを残し、そのまま重力に従った。
茶髪の方がスマートフォンを胸に当てて立ち上がり、恐る恐る外の様子を伺う。
読書をしていた片割れは座ったまま、不思議そうに首を傾げた。
「何かしら? 外に誰かいるとか……?」
「霧海が起きてんのに?」
「だって、人がやったとしか思えないわ」
と、こちらはまだ割と冷静な様子の少女が反駁した時。
第二弾がシェルターを直撃した。
途端に一人が振り向き、もう一人が目を見張る。
再び飛来した白い物体は、しばし壁に食い込んだまま、煙を上げて回転し続けた。その勢いはスサマジク、それが収まった時には、散弾でも浴びたかのような亀裂が、直撃した箇所に走っていた。
「……え? ……嘘でしょ?」
透明な壁を挟んだすぐ目の前にある物を見つめ、彼女は呟く。
そこにあったのは大口径のライフル弾などではなく──
「なんで、シャトルが……⁉︎」
バドミントンに用いられる、お馴染みの「羽」だった。重量約五グラム、長さ約七センチぽっちのそれが、分厚い強化ガラスにヒビを入れたのだ。
唖然とした二人の視線の先で、シャトルはもったい付けるように落下して行った。
するとそこで、青白いヴェールの向こうに、何か巨大なシルエットが浮かび上がる。
それは縦に引き伸ばした六角形の体から、短い手脚が生えているかのような、イビツな形をしていた。
「な、何よ……アレ……」
さすがに恐怖を覚えずにはいられなかったらしく、震える手で眼鏡をかけ直しながら、彼女は呟いた。しかし、連れがその問いに答えられるはずもなく。
どちらかが生唾を呑む音が聞こえたかと思うと、シェルター内は不気味なほど静まり返った。
霧の中に現れた黒い影は、暫時佇立していたが、ほどなくして、ある特徴的なモーションを行う。
わずかに膝を曲げたかと思うとすぐにまた伸ばし、何かを頭上に放りながら、イビツな形状の左腕を振りかぶったのだ。
──それは、バドミントン選手がスマッシュを打つ際の動作に近かった。
刹那、ビュンと言う風切り音が聞こえたかと思うと、白い弾丸が霧の中から発射された。
強烈な回転のかけられたシャトルはどう言うわけか稲光りを纏っており、急激に変化した後、先ほどと寸分違わぬ場所を撃ち抜く。
青い電光が迸り、ガラスの壁には新たな亀裂が、恐るべき勢いで広がって行った。
その様子を目の当たりにした女生徒は、スッカリ青ざめた顔で後退り、
「……ち、ちょっと……これ、ヤバイんじゃない? いくらなんでも、こんなのって──」
──ほどなくして、とうとう決壊の瞬間が訪れる。
スサマジイ音を立てて瓦解した砕片が、煌めく雪崩となって、一気に流れ込んで来た。
女生徒たちは同時に悲鳴を上げ、手に持っていた物を投げ出して顔や頭を庇う。壁の傍に立っていた方は爆風に煽られたかのように倒れ、その真上をシャトルが矢の如きスピードで駆け抜けた。
それは威力を保ったままさらに曲がり、壁にぶつかってメチャクチャに跳ねた後、天井の片隅の監視カメラに激突──
映像は、そこで途切れていた。
※
「てなわけでー、これが今から十分ほど前の映像ですー。ご覧のとおり、さっそく二人襲われちゃったみたいですねー」
その若い女──小栗と名乗った高村の部下──は、間延びした声でそう言うと、パックのトマトジュースから生えたストローに口を付けた。
ノンフレーム眼鏡をかけ、肩に着かない長さの髪を真ん中でわけた姿だけ見れば、至って真面目そうである。──が、しかし、その表情はとても気怠げであり、どこか緊張感を欠いていた。
また、服装は黒のレディーススーツなのだが、正直あまり着こなせているとは言えず、かえって就職活動に励む学生にしか見えない。
タブレットを覗き込んでいた高村と宰は、そこで顔を上げた。
「うむ、急いで彼女たちを助け出さなくては。──そう言うことだから、篝くん。宣言どおり『秒殺』で頼むよ」
振り返りながら彼が声をかけた先──広い通りの先にある交差点では、すでに燎子がマジュウと対峙していた。今回も彼女の異常な「嗅覚」もとい「推理」を頼りに、マジュウ──に攫われた女子高生の匂い──を追跡した結果、早々に遭遇できたのである。
と言っても、相手は襲撃したシェルターからさほど離れてはおらず、その前の二車線道路を数百メートルほど進んだところにいたのだが。
「……言われずともそのつもりです。……吐き気もマシになりしたし」
答えた彼女はライターを構え、無駄に澄んだ瞳の中に、マジュウの姿を映し出した。
すると、クリーム色の歩道橋を背に立った彼女は、チャチなお面越しに甲高い声を上げた。
「何なの、あなたたち! ……まさか、私の部活動を邪魔する気⁉︎」
──そのマジュウは、基本的にはオレンジ色の爽やかなユニーフォームを着た、少女の姿をしていた。
が、ノースリーブの肩や背中など、例によりところどころに茶色い昆虫の甲殻がコラージュされている。特に、背中に装着した、下側を縦に引き伸ばした六角形の甲羅は、さながら巨大なタガメのようだ。それを後ろ側から生えた一対の鎌状の節足が固定しており、さら横腹にも左右二本ずつ、昆虫の節足が突き出ていた。
「……そうだと言ったら、どうします?」
冷徹な声で燎子が応じると、相手は痛く機嫌を損ねたらしい。大きなジェスチャーを交え、感情を顕にする。
「そ、そんなの許せるわけない! やっと、復讐の為の力を手に入れたのに、邪魔なんてさせないもん! 『王の道を行く者は、誰にも止められない』んだから!」
やたら星が散りばめられた大きな瞳と、白い歯を零す口許──少女漫画の主人公らしきお面の向こうから、彼女は叫んだ。そして、最後に燎子に突き付けられた左手には、案の定バドミントン用のラケットが。
「……ソウデスカ。……どうでもいいですが、あんまりキンキン叫ばないでもらえます? ……頭に響くので」
そっけなく言い放った直後、探偵はブーツを履いた足でアスファルトを蹴り付けた。
一気に間合いを詰めた彼女は──胸を揺らして──上体を捻ると、右手を突き出して素早く蓋を開け、同時にホイールを回した。
直後、火花が迸ったかと思うと、ライターの炎は弾丸に変わり、マジュウ目がけて飛んで行く。
怪物は「ひいっ⁉︎」っと情けない悲鳴を上げつつ、どうにかラケットでこれを受け流した。
が、しかし、燎子の攻撃は容赦なく、一度閉じた蓋をすぐにまた開けてホイールを回転させ、火焔の矢を放つ──その一連の動きを、執拗なまでに繰り返した。
マジュウは早くも防ぐのが精一杯と言った状態であり、先ほどの威勢が嘘のようだ。
「うわー、やっぱり鬼ですねー篝探偵ー。もはやマジュウさんが可哀想ー」
「まあ、彼女も生活がかかってるからね。……それに、ある意味昨日の挽回をするチャンスでもある。あれでも一応、張り切っているのだろう」
部下に応じつつ、彼はさりげなく少年の方に視線を向けた。
(す、スゴイ……あの人、めちゃくちゃ強い……!)
宰の視線の先で、燎子の放った火焔がとうとう左肩にヒットし、怪物は錯乱したように「熱っ⁉︎」と叫んだ。
しかし、彼女は手を緩めず、さらにホイールを回す。点されたライターの火焔は螺旋状に燃え上がり、刃の形状を取った。
「……『秒殺で』とのことなので、さっさと焼き斬らせてもらいましょうか……あなたを蝕む、その『蟲』を」
炎の剣を構えた燎子は、悠然とマジュウに歩み寄る。




