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マジュウ・コラージュ  作者: 若庭葉
破──儀式編
16/46

副業②

 蛍光灯の光にジラジラと照らされたそこは、一見すると喫煙所か、駅のホームにある待合所のようだった。大きさは何十人かがいっぺんに入れそうなほどで、道に沿う形で細長く建てられたガラス張りの箱の中に、背中合わせのベンチが二列並んでいる。天井ではクーラーが涼風を吐き出しており、夏場でも問題なく過ごせるようだ。

 ──現在、この殺風景な空間──霧海避けのシェルターの中には、高校生と思しき制服姿の少女が二人、ベンチに並んで腰掛けていた。近隣の学校の生徒らしく、夏服のブレザーが眩しげである。

 シェルターのガラス張りの壁は濃密な霧のヴェールによって閉ざされ、目の前の道路の様子すら、満足に見通せない。「雨宿り」ならぬ、「霧宿り」をしているのだ。

 すると、そのうちの一人──茶髪で傍らに大きなスポーツバッグを置いている方──が、スマートフォンの画面を見下ろしながらボヤく。


「あーあ、せっかく早く部活終わったのに霧海とか。これじゃあ、家帰れないじゃん。うっとおしいわー」

「……早く終わったって言うか、勝手にサボっただけでしょ。自業自得よ」

「いーじゃん別に。うちの部で真面目にやってるのなんて、部長くらいなんだしぃ。──つうか、最近のあいつマジでウザすぎ。コーチが来られなくなってから、やたら張り切っちゃってさぁ。熱苦しいっての」

「ふうん、大変ねー」


 明らさまな生返事をしつつ、彼女は静かに文庫本のページを捲る。こちらは連れとは対照的に、黒い髪を長く伸ばしており、フレームがピンクの眼鏡をかけていた。


「……ねえ。あんた、それ何読んでんの?」

「ん? ──横溝正史の『悪霊島』、の下巻。……ちなみに読むのは三回目」

「ふうん。そんなに面白いの?」


 と、彼女が尋ねた矢先──

 霧の向こうから、()()が飛来した。

 その物体は二人の目の前のガラス張りの壁に激突し、バンッと大きな音を立てる。


「えっ、何⁉︎」


 女生徒たちは、同時に喫驚した顔を上げた。

 それは壁に小さな丸い跡だけを残し、そのまま重力に従った。

 茶髪の方がスマートフォンを胸に当てて立ち上がり、恐る恐る外の様子を伺う。

 読書をしていた片割れは座ったまま、不思議そうに首を傾げた。


「何かしら? 外に誰かいるとか……?」

「霧海が起きてんのに?」

「だって、人がやったとしか思えないわ」


 と、こちらはまだ割と冷静な様子の少女が反駁した時。

 ()()()がシェルターを直撃した。

 途端に一人が振り向き、もう一人が目を見張る。

 再び飛来した白い物体は、しばし壁に食い込んだまま、煙を上げて回転し続けた。その勢いはスサマジク、それが収まった時には、散弾でも浴びたかのような亀裂が、直撃した箇所に走っていた。


「……え? ……嘘でしょ?」


 透明な壁を挟んだすぐ目の前にある物を見つめ、彼女は呟く。

 そこにあったのは大口径のライフル弾などではなく──


「なんで、()()()()が……⁉︎」


 バドミントンに用いられる、お馴染みの「羽」だった。重量約五グラム、長さ約七センチぽっちのそれが、()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 唖然とした二人の視線の先で、シャトルはもったい付けるように落下して行った。

 するとそこで、青白いヴェールの向こうに、何か()()()()()()()()が浮かび上がる。

 それは縦に引き伸ばした六角形の体から、短い手脚が生えているかのような、イビツな形をしていた。


「な、何よ……アレ……」


 さすがに恐怖を覚えずにはいられなかったらしく、震える手で眼鏡をかけ直しながら、彼女は呟いた。しかし、連れがその問いに答えられるはずもなく。

 どちらかが生唾(つば)を呑む音が聞こえたかと思うと、シェルター内は不気味なほど静まり返った。

 霧の中に現れた黒い影は、暫時佇立していたが、ほどなくして、ある特徴的なモーションを行う。

 わずかに膝を曲げたかと思うとすぐにまた伸ばし、何かを頭上に放りながら、イビツな形状の左腕を振りかぶったのだ。

 ──それは、バドミントン選手が()()()()()()()()()()()()に近かった。

 刹那、ビュンと言う風切り音が聞こえたかと思うと、白い弾丸が霧の中から発射された。

 強烈な回転(スピン)のかけられたシャトルはどう言うわけか()()()を纏っており、急激に変化(カーヴ)した(のち)、先ほどと寸分違わぬ場所を撃ち抜く。

 青い電光が迸り、ガラスの壁には新たな亀裂が、恐るべき勢いで広がって行った。

 その様子を目の当たりにした女生徒は、スッカリ青ざめた顔で後退り、


「……ち、ちょっと……これ、ヤバイんじゃない? いくらなんでも、こんなのって──」


 ──ほどなくして、とうとう決壊の瞬間(とき)が訪れる。

 スサマジイ音を立てて瓦解した砕片が、煌めく雪崩となって、一気に流れ込んで来た。

 女生徒たちは同時に悲鳴を上げ、手に持っていた物を投げ出して顔や頭を庇う。壁の(そば)に立っていた方は爆風に煽られたかのように倒れ、その真上をシャトルが矢の如きスピードで駆け抜けた。

 それは威力を保ったままさらに曲がり、壁にぶつかってメチャクチャに跳ねた後、天井の片隅の監視カメラに激突──

 ()()()()()()()()()()()()


 ※


「てなわけでー、これが今から十分ほど前の映像ですー。ご覧のとおり、さっそく二人襲われちゃったみたいですねー」


 その若い女──小栗(おぐり)と名乗った高村の部下──は、間延びした声でそう言うと、パックのトマトジュースから生えたストローに口を付けた。

 ノンフレーム眼鏡をかけ、肩に着かない長さの髪を真ん中でわけた姿だけ見れば、至って真面目そうである。──が、しかし、その表情はとても気怠げであり、どこか緊張感を欠いていた。

 また、服装は黒のレディーススーツなのだが、正直あまり着こなせているとは言えず、かえって就職活動に励む学生にしか見えない。

 タブレットを覗き込んでいた高村と宰は、そこで顔を上げた。


「うむ、急いで彼女たちを助け出さなくては。──そう言うことだから、篝くん。宣言どおり『秒殺』で頼むよ」


 振り返りながら彼が声をかけた先──広い通りの先にある交差点では、すでに燎子がマジュウと対峙していた。今回も彼女の異常な「嗅覚」もとい「推理」を頼りに、マジュウ──に攫われた女子高生の匂い──を追跡した結果、早々に遭遇できたのである。

 と言っても、相手は襲撃したシェルターからさほど離れてはおらず、その前の二車線道路を数百メートルほど進んだところにいたのだが。


「……言われずともそのつもりです。……吐き気もマシになりしたし」


 答えた彼女はライターを構え、無駄に澄んだ瞳の中に、マジュウの姿を映し出した。

 すると、クリーム色の歩道橋を背に立った()()は、チャチなお面越しに甲高い声を上げた。


「何なの、あなたたち! ……まさか、私の()()()を邪魔する気⁉︎」


 ──そのマジュウは、基本的にはオレンジ色の爽やかなユニーフォームを着た、少女の姿をしていた。

 が、ノースリーブの肩や背中など、例によりところどころに茶色い昆虫(むし)の甲殻がコラージュされている。特に、背中に装着した、下側を縦に引き伸ばした六角形の甲羅は、さながら巨大な()()()のようだ。それを後ろ側から生えた一対の鎌状の節足(あし)が固定しており、さら横腹にも左右二本ずつ、昆虫の節足(あし)が突き出ていた。


「……そうだと言ったら、どうします?」


 冷徹な声で燎子が応じると、相手は痛く機嫌を損ねたらしい。大きなジェスチャーを交え、感情を顕にする。


「そ、そんなの許せるわけない! やっと、()()()()()()を手に入れたのに、邪魔なんてさせないもん! 『王の道を行く者は、誰にも止められない』んだから!」


 やたら星が散りばめられた大きな瞳と、白い歯を零す口許──少女漫画の主人公らしきお面の向こうから、彼女は叫んだ。そして、最後に燎子に突き付けられた左手には、案の定()()()()()()()()()()()()が。


「……ソウデスカ。……どうでもいいですが、あんまりキンキン叫ばないでもらえます? ……頭に響くので」


 そっけなく言い放った直後、探偵はブーツを履いた足でアスファルトを蹴り付けた。

 一気に間合いを詰めた彼女は──胸を揺らして──上体を捻ると、右手を突き出して素早く蓋を開け、同時にホイールを回した。

 直後、火花が迸ったかと思うと、ライターの炎は弾丸に変わり、マジュウ目がけて飛んで行く。

 怪物は「ひいっ⁉︎」っと情けない悲鳴を上げつつ、どうにかラケットでこれを受け流した。

 が、しかし、燎子の攻撃は容赦なく、一度閉じた蓋をすぐにまた開けてホイールを回転させ、火焔の矢を放つ──その一連の動きを、執拗なまでに繰り返した。

 マジュウは早くも防ぐのが精一杯(やっと)と言った状態であり、先ほどの威勢が嘘のようだ。


「うわー、やっぱり鬼ですねー篝探偵ー。もはやマジュウさんが可哀想(カワイソ)ー」

「まあ、彼女も生活がかかってるからね。……それに、ある意味()()()()()をするチャンスでもある。あれでも一応、張り切っているのだろう」


 部下に応じつつ、彼はさりげなく少年の方に視線を向けた。


(す、スゴイ……あの人、めちゃくちゃ強い……!)


 宰の視線の先で、燎子の放った火焔がとうとう左肩にヒットし、怪物は錯乱したように「熱っ⁉︎」と叫んだ。

 しかし、彼女は手を緩めず、さらにホイールを回す。点されたライターの火焔は螺旋状に燃え上がり、刃の形状を取った。


「……『秒殺で』とのことなので、さっさと焼き斬らせてもらいましょうか……あなたを蝕む、その『蟲』を」


 炎の剣を構えた燎子は、悠然とマジュウに歩み寄る。

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