学びの始め
「フルコー? 学校でも良い子にするのよ?」
「はい、お母さん」
この世界での言語は、ご都合主義の力でも働いているのか、それとも知られざる脳の作用なのか、日本語がそのまま通じている。
転生直後から理解できてるから不思議には思わなかったが、よく考えれば異常なことだ。この際、便利だから気にはしないことにする。
「あなたは生まれたときから凄く静かな子だったから、お母さん、ちょっと心配よ……」
「大丈夫だよ、シンディ。フルコーは賢い子だ。争いを避けるさ」
「でも、あなた……」
お母さんはそれでも心配そうに僕を見る。
「大丈夫だよお母さん。僕、学校でも良い子にするから」
行ってきます!! と言って家をあとに走り出す。
「気を付けてね〜!!」
「気を付けていっておいで」
学校には集団で登校するようになっている。
上級生に連れられて、下級生がそれに従うわけだが、生まれ変わる前の自分より遥かに若い人に連れられるのは、なんだか不思議な感覚だ。
待ち合わせ場所には、すでに見知った顔があった。
「おーい!! フーコー!!」
僕のことをフーコーと呼ぶのは、母さんの友達の息子で、僕の3つ上の少年、エディーだった。
「エディーくん!!」
「よう、フーコー!! 今日から学校だが楽しみか?」
「もちろん!! 隣町の知らない子達とも会えるなんて楽しみ!!」
「おぉ、そうかそうか!! あと、一人来たら出発なんだが……」
と、エディーくんが言ったところで、走ってくる人影が見えた。
「遅れてごめんなさい!!」
「おせぇぞ、ミーすけ。フーコーの方が今日初めてなのに早く来てるじゃねぇか」
「だって、昨日まで私たちお休みだったじゃん……」
「おはようミーちゃん」
「おはようフルコー。今日から初めての学校だねぇ」
彼女はミーナちゃん。うちの父さんのお姉さんの娘さん。つまり、僕の従姉妹にあたる女の子だ。
「んじゃ、揃ったことだし、学校に行くか」
そう言って、エディーくんが歩き出すのに合わせて、僕とミーちゃんも学校に向かったのだった。
学校は、歩いて20分くらいのところにあった。
僕たちが住んでる村を出て、隣町まで街道を歩いていく。
何度か両親に連れられて歩いたこともある見慣れた道だ。
それを、3人で歩いていく。始業ベルがなるまではまだまだ時間はあるから、走る必要もなかった。
「フーコーの学年は確か、ケヴィンの妹も同じだったな。仲良くしてやってくれ」
「ケヴィンって?」
「俺の友達で俺と同学年の男。なんの因縁か知らんが、四年間ずっと隣の席で、一番仲が良いやつだよ」
「先生から厄介者扱いされて、まとめられてるんじゃないの?」
「バカ言うな。席替えは毎回くじなんだぞ?」
「でも、エッくんだからなぁ……」
「なんだよミーすけ、俺はそんなに問題児じゃないぞ?」
「嘘ばっかり。お祖母ちゃんがエッくんはもう少し落ち着いて欲しいって、フルコーを見習って欲しいって言ってたもん」
お祖母ちゃん、というのは僕の父さんと、ミーちゃんのお母さんのお母さん、つまり、僕たちのお祖母ちゃんで、今から行く学校の先生の一人である。
「メアリー先生、そんな事言ってんのか……。うるさいのは俺のせいじゃないのに……。だいたいケヴィンのせいなのに」
エディーくんがぶつくさ言い始めた辺りで学校に着いたのだった。
「さぁ、皆さん。一体リンゴはいくつあるでしょう? わかった人は手をあげてねぇ?」
ハイハイハーイ!! とみんなが一斉に手をあげる。
……わかってはいたことだし、予想もしていたことだが、今更足し算を教えられるのは、流石に退屈であった。
(昔、小学生に戻ってみたいなんてこと思っていたけど、ここまで退屈だとは……)
とはいえ、前世の記憶で、こちらの世界に役に立ちそうな知識はこの算数ぐらいなもので、文字は日本語ではないし、魔法や歴史の授業なんて、本気で取り組まないと置いていかれるかもしれない。
(小学生の勉強って、こんなに難しかったっけ……?)
四時間目の授業は自己紹介の時間だった。
朝にすでに言われてはいたため、みんな比較的スラスラと自己紹介をする。
僕も例に漏れず、名前と好きな食べ物、本を読むのが好き(この世界がどんな世界なのか知るために読み漁っている)、ぐらいを言って、よろしくお願いします、と締めた。
そして、次の子が立ち上がる。
「あの……。ハンナです……。好きなことはお話を読むことで……、」
か細い声で少女は精一杯自己紹介しているのだが、教室の端の男子には聞こえてないらしく、
「せぇ〜んせ〜!! 聞こえませ〜ん!!」
などと煽る。
それに乗っかって、他にも何人かが「僕も聞こえませ〜ん」「僕も〜」と口々に言い出す。
「コラコラ、みんな静かにね」
と、先生が諌めるものの、それを、聞くような男子ではない。次第にワーワーキャーキャー騒ぎ始め、後ろの自己紹介していた女の子は泣きそうになっていた。
(こういうとき、なんか言ってあげれれば良いんだけど……)
女の子にかける言葉は、何にも見つからなかった。
下手なことを言ったら男子の仲間外れにされる、けど、なにもしないのは心が傷む。
(何を言えば良いのだろう……。何か、何かないか……?)
考えついた答えは、
「せ、せぇ〜んせ〜!! 僕にはちゃんと聞こえてま〜す!!」
だった。
言った瞬間、男子から笑い声が上がる。
「お前、ひとつ前の席なんだから当たり前じゃん!!」
「聞こえないわけないじゃん!!」
ゲラゲラと笑われるが、笑いがとれたというのはよい傾向だった。
「うん。だから多分、みんなが静かにしたらハンナちゃんの声聞こえると思うんだけど……」
つとめて子供っぽく、つとめてアホっぽく、思い付いたから言っちゃった風を装って言う。
「ほらほらみんな、フルコーくんの言うとおりですよ。みんな自己紹介は静かに聞きましょう!! わかった人!!」
ハーイ!! と元気な声が上がり、それからもう一回ハンナちゃんの自己紹介が始まる。
「ハンナです……!! お話を読むのが好きです……!! よろしくお願いします!!」
さっきとは比べ物にならない、と言うほどではないが、それでもさっきよりも大きな声で彼女は自己紹介を済ませ、大きな拍手と共に、次の子への自己紹介のバトンがわたるのだった。




