初恋よ、こんにちは
その日の放課後。
周りのみんなが校庭に遊びに繰り出すなか、僕は一人、机にうなだれていた。
(疲れた……)
一日座って学んでいるだけでもものすごく疲れたのに、そこから外に遊びに行く気には流石にならない。
とはいっても、今は子供の身なのだ。
周囲に溶け込むためには周りのみんなと遊ぶのが一番良い、子供ならなおさらだ。
みんなが外で遊んでいるなら、外に行こう
そう思って立ち上がろうとしたとき、
「あの……」
後ろから声がかかった。
見れば、後ろの席のハンナちゃんも教室に残っていたようだ。
「なぁに?」
と、聞くが、彼女はもじもじしていて答えてくれない。
自己紹介の時にも思っていたが、だいぶ引っ込み思案な子のようだ。
(こういう子の場合、多分、何が言いたいかゆっくり待ってあげた方が良いんだろうな)
そう思って、もう一度だけ「なぁに?」と聞いてゆっくり待つ。
「うんとね……? 本好きって言ってたからね……? 図書室一緒に行かないかな? って思ってね……?」
なるほど、この子は読書仲間を見つけて嬉しいのだろう。確かにこのくらいの年齢なら、本を読むより外で遊ぶ子の方が多いのだろう。僕も昔は本を読むのが苦手だった。わからない文字や言葉のせいで、何度も何度も引っ掛かるからだ。だけど、絵本は大好きで、その頃読んだ本に影響されて料理人を目指したんだった。
懐かしさと、夢半ばで倒れてしまった前世の記憶から少し泣きそうになる。
そんな事を思いながら、彼女の提案にのる。
「うん、一緒に行こう!!」
そう言うと、彼女は嬉しそうに、「こっちこっち」と言って歩き出した。
小学校とはいえ。図書室はやはり膨大な量の知識が集まった場所だった。
この世界の文字や言葉はなぜか読めるし、話せるし、聞ける。ここまでするなら書けるようにもして欲しかったが、そこまでご都合主義は働いてくれなかった。それでも、十分なくらいだが。
図書室の本も、知らない単語はあるものの読むことはできた。一緒にきたハンナちゃんはどうやら凄く賢い子らしく、知らない単語を聞くとだいたい答えてくれた。
「この、『カカナクル』って何?」
「カカナクル様はお魚さんの神さまだよ。他にもね、ハヤナクル様が動物さんの神さまで、キビナクル様が葉っぱさんたちの神さまで、みんなが美味しいもの食べれたり、薬草をとったり出来るのは、この神さまたちのお陰なんだって!!」
と嬉しそうに教えてくれる。
こんな発言からも、この世界(またはこの国)が多神教であることがわかる。今言っていた神さまは所謂五穀豊穣や大漁祈願のための神さまなのだろう。どこの世界でもあるものなんだな。料理人にとっても凄く大切な神さまだ、是非覚えておこう。
そういえば、
「ねぇ、お料理の神さまとかはいないの?」
ふと思った疑問をハンナちゃんに聞く。
「お料理の神さまは知らないけど、お料理の悪魔なら聞いたことあるよ」
「お料理の悪魔?」
「お料理が失敗するのは、お料理の悪魔がいたずらするからなんだって」
「へ〜……」
そんな考え方もあるのか。
それから、ほぼ毎日のように、ハンナちゃんと放課後は図書室に行くようになった。
合図はみんなが教室からいなくなって、後ろからハンナちゃんに「フルコーくん」と呼ばれたら。
時々、僕は外に遊びに行くこともあるけど、ハンナちゃんはいつも図書室に行っているようだった。
もちろん、彼女に友達がいないわけじゃない。けど、他のみんなと同じように外で遊ぶのが、あまり得意じゃないようだ。
そんな、ある日の放課後。いつもの図書室。
ハンナちゃんが、将来の夢を教えてくれた。
「わたしね。絵本描く人になりたいの。いっぱい楽しいお話を書きたいの」
彼女はそんな風に、楽しそうに眩しく言うのだった。
「フルコーくんは? フルコーくんは何になりたいの?」
そう言われて戸惑う。僕は何になりたいのだろう?
ここに来る前は料理人になりたかった。
人生をやり直せたら別の道に進んでいたかもしれない、なんてことを考えたこともなかったが、まさか本当に人生をやり直せるとも思わなかった。
僕は、この世界で何になるのだろう。
「僕は……まだわからないかな」
そう答えるしかなかった。
この世界のことを、まだあまり知らない。
この世界に来て、もう6年にもなるのにだ。
子供に聞かせないようにしている話もあるし、そもそも、魔法の話もまだ聞いていない。
だから、まだわからない。
「もし決まったら、真っ先にハンナちゃんに教えるよ」
「うん!!」
今は、これでいいのだ。




