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放課後、空き教室の3センチ  作者: 三日月
第一部:①放課後の不干渉条約
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第七話:名前のない関係

金曜日の放課後。

窓の外には、茜色から群青色へと移り変わる美しいグラウンドが広がっていた。

今日が終われば、週末の二日間がやってくる。

いつもなら待ち遠しいはずの土日なのに、今の僕には少しだけ寂しく思えた。この空き教室で涼風瑠愛(すずかぜるあ)と過ごす時間が、それほどまでに僕の日常に溶け込んでいたからだ。

「……黒木くん」

「ん?」

ノートに目を落としていた僕を、瑠愛を呼ぶ声が引き戻す。

彼女は机の上に肘をつき、手顎を乗せたまま、じっとこちらを見つめていた。

「私たちって、なんなんだろうね」

唐突な問いかけだった。

静まり返った部屋に、その言葉がしんと響き渡る。

「なんなの、って……?」

「クラスメイト……にしては、秘密を共有しすぎてるでしょ。でも、友達……とも、ちょっと違う気がするし」

瑠愛は少し困ったように眉を下げて、ふうと息を吐いた。

「教室では挨拶すらしないのに、放課後になるとこの部屋で二人きり。……変な関係」

「……そうだね」

反論はできなかった。

僕たちは「友達になろう」なんて一度も言っていない。ただ『不干渉条約』を結び、同じ空間で静かに時間を共有してきただけだ。

でも、雨の日に分け合ったひざ掛けの温もりも。

本棚の陰で重なった鼓動も。

昨日もらった不器用な折り紙メッセージも。

どれも、ただの「クラスメイト」や「居場所を共有するだけの他人」に寄せる感情の枠を、とうに踏み越えていた。

「……嫌、かな?」

僕が尋ねると、瑠愛は驚いたように目を丸くした。

「なにが?」

「名前のつけられない、こんな関係。涼風さんにとって、心地よくないなら……」

そこまで言いかけたところで、瑠愛がバッと立ち上がった。

椅子の脚が床を擦り、大きな音が鳴る。

「嫌なわけ、ないじゃない……!」

珍しく感情を露わにした瑠愛の声が震えていた。

彼女は僕の机の前まで歩いてくると、憤然とした顔で僕を見下ろした。……だけど、その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。

「嫌だったら……毎日ここに来たりしない。……黒木くんと過ごすこの時間が嫌なら、とっくに別の場所探してるよ」

「涼風さん……」

「名前なんて、ついてなくていい。友達でも、なんだっていいの。……ただ、私にとってここは、黒木くんといるこの場所だけが、一番息ができる場所なんだから」

一気にまくし立てた瑠愛は、はっと正気に戻ったように口を噤んだ。

自分の言った言葉の重さに気づいたのか、顔を一気に真っ赤に染め上げ、逃げるように背中を向けた。

「っ……あ、今のなし! 忘れて!」

「忘れられるわけないよ」

僕は思わず苦笑しながら、でも真っ直ぐに彼女の背中に声をかけた。

「僕も……同じだから。ここが、涼風さんと過ごすこの時間が、一番大切なんだ」

瑠愛の背中が、ピクッと跳ねた。

彼女は振り返らないまま、ゆっくりと自分の席に戻り、鞄を抱えるようにして座り直した。

「……月曜日も、ちゃんと来てね」

小さな、だけど確かな約束の言葉。

「うん。絶対来る」

窓から差し込む夕暮れの光が、僕と彼女の影を長く伸ばす。

二人の机を隔てる距離は、相変わらず「ふたつ分」。

けれど、名前のない僕たちの関係は、何よりも強く、深く結ばれようとしていた。

一章はここで終わりますが、基本各章は10話程度の予定です。

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