第六話:不器用な折り紙
ハプニングで本棚の隙間に隠れてから、数日が経った。
あの日の「手、すっごく温かかった」という瑠愛の呟きが頭から離れず、僕は未だに彼女の顔を直視できずにいた。
(……いや、気にしすぎだ。向こうはただ動揺して口走っただけかもしれないし)
自分に言い聞かせながら、僕は旧・第一資料室のドアを開ける。
ギィと小さな音を立てて開いた部屋の中には、今日も瑠愛が座っていた。
「……あ、来た」
「うす」
短く挨拶を交わし、自分の席につく。
二人の距離は、いつもの机ふたつ分。
だけど、空気中に漂う妙なむず痒さは、二週間前とは比べものにならないくらい濃くなっていた。
瑠愛は膝の上に文庫本を開いているものの、どこかソワソワと落ち着かない様子で、手元で何かをいじっている。
チラリと視線を向けると、彼女は折り紙——いや、プリントの端っこを破った小さめの四角い紙を、指先で器用に折っていた。
(折り紙……? 涼風さんが?)
学年一のクールビューティーが、放課後の空き教室で真剣な顔をして折り紙をしている図。そのギャップが少しおかしくて、思わず見入ってしまう。
「……なに?」
視線に気づいた瑠愛が、ジト目でこちらを睨んできた。
「いや、別になんでも。……折り紙なんて珍しいなと思って」
「……暇つぶし。読書、ちょっと飽きちゃったから」
瑠愛は少し頬を膨らませると、手元の紙に視線を戻した。
しかし、どうもうまくいかないらしい。小さな手で何度も角を合わせようとしては眉をひそめ、溜息をついている。
「……それ、鶴折ろうとしてる?」
「……ツルじゃない。パクパクするやつ」
「パクパクするやつ……ああ、パックンチョか」
僕が苦笑しながら言うと、瑠愛はむっとしたように紙を机の上に置いた。
見ると、角がズレてくしゃくしゃになった、なんとも不格好な物体が転がっていた。
「……うまく折れないの。不器用だから」
ぽつりと溢された本音。
いつも完璧で、何でもスマートにこなすイメージの涼風瑠愛が、折り紙ひとつで落ち込んでいる。その姿がたまらなく愛おしく見えて、僕は自然と席を立っていた。
「ちょっと貸して」
「え……」
僕は瑠愛の机の前に立ち、くしゃくしゃになった紙を手にとった。
一度折り目を伸ばし、角と角を綺麗に合わせて折り直していく。
「こうやって、最初に綺麗に三角を作るとズレないんだよ」
「……ふん。黒木くん、意外と器用なんだ」
「まあ、小さい頃よく折らされたからね」
僕が手元を動かしている間、瑠愛は身を乗り出すようにして僕の手元をじっと見つめていた。彼女の吐息が手首にかかりそうなほど近い。
「ほら、できた」
完成したパクパクを瑠愛の前に置くと、彼女は目を輝かせてそれを取り上げた。
指を差し込み、パクパクと動かしてみせる。
「……すごい。本当にできた」
「そんな大層なもんじゃないけどね」
「ううん、すごいよ。私、これずっと折れなかったから」
瑠愛は嬉しそうにパクパクを動かしながら、ふっと柔らかく微笑んだ。
その笑顔があまりにも無防備で、僕は胸がドキンと跳ね上がるのを感じた。
「……あ」
瑠愛は急に何かを思いついたように動きを止めると、ペンを取り出し、パクパクの内側の白い部分にさらさらと文字を書き始めた。
「なに書いてるの?」
「ひみつ。……はい、これ」
瑠愛は完成したパクパクを、僕の手に押し付けてきた。
「え、僕にくれるの?」
「あげない。……開けてみて」
言われた通り、指を差し込んで内側の面を開いてみる。
そこには、少し小さめの丸っこい字で、こう書かれていた。
『手伝ってくれて、ありがとう。明日も、ここに来てね』
「っ……」
驚いて顔を上げると、瑠愛はすでに文庫本で顔を隠していた。
けれど、本の上から覗く瞳は潤んでいて、真っ赤になった耳が「隠せてないよ」と物語っていた。
「……来るよ。言われなくても、毎日来る」
僕がそう答えると、本の後ろで瑠愛が小さく、嬉しそうに頷いた。
僕たちの距離は、ノートの端っこから、今度は小さな折り紙の距離へ。
不器用で、だけど確かな足取りで、少しずつ縮まっていた。
パックンチョっていうの、初めて知った、パクパクかと…




