第四十一話:湿る雨音と、閉ざされた濡れ衣
ポツリ、ポツリと、旧校舎の木造窓ガラスを叩く水滴の音が響き始めていた。
季節は五月の終わりを告げ、本格的な梅雨の訪れを予感させる鬱陶しい雨。放課後の校内には、雨の匂いと湿った空気がどこまでも漂っている。
「……降ってきちゃったね、黒木くん」
旧第一資料室の壁際に置かれた古びたソファー。
そこに俺のすぐ隣、隙間すら存在しない距離で肩を寄せ合って座っている涼風瑠愛が、萌え袖の手で窓の外を指さしながら囁いた。
今日の彼女は、いつも以上に妖しい熱を帯びている。
薄暗い室内。雨雲のせいでいつも以上に影が濃くなった密室で、瑠愛の琥珀色の瞳は潤みを増し、トロンと蕩けたような光を宿していた。
距離にして、ゼロセンチ。
「ああ……結構な土降りだな。傘、持ってきてたか?」
「……持ってない。……ううん、持ってきたけど……下駄箱に置いてきた」
「え? なんで置いたままなんだ?」
俺が不思議そうに首をかしげると、瑠愛は萌え袖の先端で俺の制服の袖口をきゅっと掴み、俺の肩に自分の頭をぽんと乗せてきた。彼女の繊細な黄金色の髪から、雨の湿気と混ざり合った甘いシャンプーの匂いがふわっと立ち上り、俺の鼻腔を直接くすぐる。
「……だって。雨が降れば……黒木くんの相合い傘で……一緒に帰れるでしょ……?」
「っ……」
「……だめ……? 私と、相合い傘……嫌……?」
上目遣いで射抜いてくる、破壊的なまでに可憐な視線。
耳たぶどころか、真っ白なうなじまで朱色に染めながら、瑠愛は俺の胸元へとさらにその華奢な体躯を押し付けてきた。
学園の誰もが恐れ敬う「氷の姫君」の冷徹な面影はどこにもない。ここにあるのは、俺の温もりをどこまでも求め、甘く、重く、一途に執着する一人の少女の姿だけだった。
「嫌なわけないだろ……。ただ、風邪引くなよってことだ」
「……ん。黒木くんが……こうやって、ぎゅって抱きしめてくれたら……絶対に風邪なんて引かない……」
瑠愛は萌え袖の先で俺の手を包み込むと、そのまま自分の太ももの上へと導き、指をひとつひとつ絡ませてきた。湿り気を帯びた熱い体温が、指先から直接脳汁を溶かすように伝わってくる。
だが――その甘美な時間を切り裂くように、廊下の奥から激しい足音が近づいてきた。
◇◇◇
バタバタバタバタ!!
「ちょっと愛陸姉ぇ! 雨降ってきたよ! お兄ちゃん絶対傘持ってないから、傘持ってお兄ちゃんのこと捜索しなきゃ!」
「分かってるわよ愛空! 愛海、予備の折りたたみ傘持ってきて!」
「は、はい……! お兄様、雨に濡れたら風邪を引いてしまいます……! 私、お兄様をタオルで拭いてあげたいです……!」
ドアのすぐ向こう側の廊下を駆け抜けていく、過保護な三つ子の妹たち――愛陸、愛空、愛海の足音と叫び声。
「っ……!」
俺は思わず身を硬くし、息を殺した。
資料室の真鍮の鍵はしっかり閉まっている。だが、もしも妹たちが「お兄ちゃんが雨宿りでここに隠れているのでは」と疑い始め、ドアノブをガチャガチャと回し始めたら大変だ。
だが、俺の膝の上にちょこんと乗っかり、俺の首元に両手を回してきた瑠愛は、恐怖どころか恍惚の表情を浮かべていた。
「……ふふ……。妹さんたち、走っていっちゃったね……」
瑠愛は俺の耳元に唇を寄せると、甘く湿った吐息を吹きかけてきた。
「……ねぇ、黒木くん。外は雨で……妹さんたちも、あんなに必死に黒木くんを探してるのに……」
「瑠愛……?」
「……私たち、ここで……密着してる。……なんだか、世界に私たち二人しかいないみたい……」
瑠愛の琥珀色の瞳が、薄暗い部屋のなかで怪しく、そして美しく光り輝く。
彼女はつま先立ちになるようにソファーの上で身を乗り出すと、俺の学ランの第一ボタンを、萌え袖の先でゆっくりと解き始めた。
「あっ……瑠愛、何してるんだ……!?」
「……おしおき。……雨の日の、特別な……おしおき……」
首元のホックが解かれ、先日の痕跡が残る生肌が薄暗い空気に晒される。瑠愛はその痕跡を愛おしそうに指先で撫でると、そのまま自分の柔らかい唇を押し当ててきた。
「……ん……っ……」
雨音が強まる旧校舎の密室で、かすかな水音が溶けていく。
「……もっと……私の痕、つけるから。……雨が止むまで……どこにも行かないで、私の黒木くん……」
外を駆け回る過保護な妹たちの足音と、激しく窓を叩く雨音。
その二重の包囲網のなかで、俺と瑠愛の「秘密の第二部」は、誰にも引き裂けない濃密な熱を帯びて、さらに深く深く加速していくのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました!
「面白かった」「続きが気になる!」と思っていただけたら、
下にある評価(★★★★★)やブックマーク登録をしていただけると、執筆の大きな励みになります!
感想や一言コメントもお待ちしております。




