第四十話:沈黙の図書室と、指先の熱圧
キーンコーンカーンコーン――。
午後の授業の終わりを告げる打鐘が、校舎全体に重々しく響き渡った。
「よし、お兄ちゃん拘束作戦開始!」
「愛空ちゃん、裏門の張込み行くよ! 愛海はそのまま廊下を固めて!」
「は、はい……! お兄様、どうか動かないでください……!」
終礼が終わった瞬間に巻き起こる、2年B組前での三つ子の妹たち――愛陸、愛空、愛海による凄まじい連携。
だが、今日の俺は一味違った。
(ふっ、甘いぞお前たち……! 今日の俺には、すでに涼風瑠愛からの『密書』による迂回路が指示されているんだ……!)
俺は終礼の挨拶が終わると同時に、事前に準備していた「図書返却用の段ボール箱」を抱え上げ、先生の真後ろについて教室を離脱。妹たちが廊下の端で包囲網を敷いている隙を突き、図書室経由で旧校舎へと続く地下連絡通路へと滑り込んだ。
◇◇◇
「ハァ……ハァ……っ!」
湿った地下通路を抜け、薄暗い旧第一資料室の木製扉の前へと滑り込む。
カチャリ、と音を立てて扉を開けると、そこには夕日の朱色に染まった空間と、部屋の中央で脚梯子に腰掛け、じっと扉を見つめていた涼風瑠愛の姿があった。
「……遅い」
ぽつりと漏らされた可憐で氷のように澄んだ声。
「……約束の時間より、一分と四十五秒遅刻」
「すまん……地下の連絡通路を通ってきたから、少し遠回りになって……」
「……言い訳は、聞かない」
瑠愛は脚梯子から静かに降りると、足音もなくこちらへ歩み寄ってきた。
夕暮れの朱光が彼女の細い黄金色の髪を透かし、神秘的な輪郭を描き出している。制服の萌え袖の手を胸の前でキュッと握りしめ、琥珀色の瞳は熱く湿り気を帯びていた。
彼女は俺の目の前、距離にしてわずか**三十センチ**の場所で立ち止まった。
「……黒木くん。今日の朝のメモ、読んだ?」
「ああ……しっかり読んだよ。『おしおきしてあげる』って……」
「ん……。だから、今からおしおきする」
瑠愛は萌え袖の中から細い指先を覗かせると、俺の制服の胸元をぐっと掴み、そのまま自分の懐へと俺を引き寄せた。
ドサリ、と壁に背中が当たる。
「っ……! 瑠愛、近すぎる――」
「いいの。……だって、今日は一日中……他の生徒たちの視線が邪魔で、黒木くんに触れられなかったから……」
瑠愛は俺の胸に顔を埋め、きゅっと服の生地を握りしめた。
密着する体温。服越しに伝わる彼女の急速に打つ鼓動。
距離にして、ゼロ**センチ**。
「……黒木くんの匂い、妹さんたちのお弁当の匂いになっちゃってたら……嫌だった」
「そんなわけないだろ。昼飯も急いで済ませたし、ずっと瑠愛のこと考えてたよ」
「……本当……?」
瑠愛が顔を上げた。耳たぶまで真っ赤に染まった顔。潤んだ瞳が、至近距離で俺の目を見つめ返す。
「……じゃあ、証明して。……私を、抱きしめて……『好きだ』って……もう一回、言って」
学園の「氷の姫君」が見せる、甘く切ない拘束。
俺は覚悟を決め、彼女の華奢な腰に手を回すと、力強くその体を抱き寄せた。
「瑠愛が好きだ。他の誰でもなく、瑠愛だけが……俺の特別な存在だ」
「っ……!」
瑠愛の肩が跳ねるように震えた。
彼女は嬉しさを噛み殺すように俺の首元に顔を押し当て、萌え袖の手で俺の髪を優しく撫で上げてきた。
「……ん。……合格。……ご褒美に……私の熱、もっとあげる」
閉ざされた資料室の中で、重なり合う二つの影。
外では三つ子の妹たちが必死に俺を探しているかもしれない。けれど今、この放課後の密室だけは、誰にも邪魔できない二人の絶対領域だった。




