↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
放課後、空き教室の3センチ  作者: 三日月
第二部:①過保護な妹たちと甘すぎる秘密の条約
PR
37/51

第三十六話:扉越しのアリバイと、密室の誓い

「……ん……っ……」


旧第一資料室《きゅうだいいちしりょうしつ》の重厚(じゅうこう)な木製扉(もくせいとびら)。


そのわずか数十センチ隔てた向こう側では、三つ子(みつご)の妹たちが必死にドアノブをガチャガチャと回し、激しく扉を叩いている。


「開けなさいってお兄ちゃん! なんで鍵かけて閉じこもってんのさ!」


「そうだよお兄ちゃん! 愛空ちゃんの『お兄ちゃん不審行動レーダー』がビンビンに反応してるんだから! 中に誰かいるんでしょ!?」


「お、お兄様……! なかで私に言えないような……あられもないことをされているのですか……!?」


ドアの向こうから聞こえる、愛陸(あいり)の怒声、愛空(あいら)の詰問(きつもん)、そして愛海(まなみ)の悲痛な叫び(さけび)。


けれど、いま俺の膝の上にちょこんと乗っかり、俺の胸板(むねいた)にその小さな体躯(たいく)を押し当てている涼風瑠愛(すずかぜるあ)は、逃げるどころか微動だに(びどうだに)しなかった。


むしろ、琥珀色(こはくいろ)の瞳(ひとみ)を怪しく(あやしく)輝かせ、萌え袖(そで)の手で俺の制服(せいふく)の襟元をキュッと握りしめてくる。


距離にして、ゼロセンチ。


「……ねぇ、黒木くん」


瑠愛が耳元(みみもと)で囁(ささや)く。湿り気(しめりけ)を帯びた熱い吐息(といき)が肌をくすぐり、俺の背筋(せすじ)に強烈な痺れ(しびれ)が駆け抜けた。


「……声、出したら……バレちゃうね」


「っ……瑠愛、お前……面白がってないか……?」


「面白がってなんか……ないよ。……ただ、すごく……高揚(こうよう)してるだけ」


瑠愛は耳たぶ(みみたぶ)を真っ赤に染めながら、さらにぐっと俺の首元へと顔を寄せた。彼女の繊細な黄金色(こがねいろ)の髪(かみ)が揺れ、甘い(あまい)シャンプー(香気)の香りが狭い空間に充満していく。


(やばい……本当にドアの隙間から香りが漏れる……!)


「おい、お兄ちゃん!? 返事しなさいよ! 黙ってたら本当に教頭先生呼んできて鍵開けてもらうからね!?」


愛陸の容赦ない脅迫が飛んでくる。教頭先生を呼ばれたら本当に終わりだ。鍵が開けられた瞬間、学園トップの「氷の姫君(こおりのひめぎみ)」と俺が密着(みっちゃく)している姿が白日の下に晒される。


「待て! 教頭先生は呼ぶな!」


俺は必死に声を張り上げ、平静(へいせい)を装って叫んだ。


「い、いま……資料の整理中なんだよ! 旧校舎の資料室は埃(ほこり)っぽいから、鍵をしめて集中してたんだ!」


「嘘だ! 埃の匂いじゃなくて、絶対に女子の甘い香りが漂ってきてるもん!」


愛空の嗅覚が鋭すぎる。だが、俺はここ一番の頭脳戦を繰り広げるしかなかった。


「そ、それは……ほら! 資料室の奥に置いてあった、昔の芳香剤(ほうこうざい)の瓶をひっくり返しちゃったんだよ! だからすごく匂いが強いんだ!」


「え……? 芳香剤……?」


ドアの向こうで愛陸たちの動作(どうさ)がピタリと止まった。


「本当か……? だとしたら、なんで鍵までかけてるのさ……」


「お前らが放課後になると凄まじい勢いで追いかけてくるからだろ! ゆっくり資料も読めやしない! ……とにかく、俺はまだしばらく作業があるから、お前たちは先に帰ってろ!」


「むぅ……お兄ちゃんがそこまで言うなら……」


愛陸の声(こえ)に迷い(まよい)が生じる。すかさず愛空が「でも愛空ちゃんは納得いかないー!」と抗議しているが、愛海が「お、お兄様が作業中なら……お邪魔をしては……」と引き留めているようだ。


やがて、カツカツと足音が遠ざかっていく。


「……ふぅーーーーっ!!」


俺は全身の力を抜き、分厚い扉に頭を打ち付けた。冷や汗で制服の背中がびっしょりと湿っている。


「……すごーい。黒木くん、お口が上手……」


「誰のせいでこんな命がけの弁明(べんめい)をしなきゃいけなかったと思ってんだ……」


俺が呆れ顔で視線を落とすと、膝の上の瑠愛は萌え袖(そで)を口元にあて、可憐な(かれんな)笑み(えみ)を浮かべていた。


しかし、妹たちの足音が完全に消え去ったのを確認した瞬間――瑠愛の表情から悪戯っぽさが消え、代わりに濃密な(のうみつな)熱(ねつ)が宿った。


「……ねぇ、黒木くん」


瑠愛は俺の太ももの上で身を乗り出し(みのりだし)、俺の両肩をギュッと掴んできた。


「……妹さんたち、行っちゃったね」


「ああ……なんとか誤魔化せたな……」


「じゃあ……ここには、もう……私と黒木くんの二人だけ(ふたりだけ)……」


瑠愛の琥珀色(こはくいろ)の瞳(ひとみ)が、潤みを帯びて艶やか(あでやか)に揺れている。彼女は自分の唇(くちびる)を、俺の唇(くちびる)からわずか三センチの距離まで近づけてきた。


「……さっきの……おしおきの続き。……まだ、終わってないよ」


「瑠愛……?」


「『芳香剤の匂い』なんて……寂しいこと言わないで。……私のシャンプーの匂い……黒木くんの体に……もっといっぱい……染み込ませたい……」


瑠愛は萌え袖(そで)の手を俺の首元にしっかりと巻き付けると、背の伸び上がるような体勢(たいせい)で、俺の唇(くちびる)へと自分の柔らかい(やわらかい)体温(たいおん)を重ねてきた。


「……ん……っ……」


密室の資料室(しりょうしつ)に、微かな(かすかな)水音(みずおと)と甘い息遣いが溶けていく。


一度一線を越えてしまった彼女の「あと3センチ(さんせんち)」の境界線は、もうどこにも存在しなかった。


外の夕闇が深まっていく中、俺たちは誰にも言えない秘密(ひみつ)の契約(けいやく)を、何度も、何度も重なり合う熱(ねつ)とともに刻み込んでいくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。