第二十四話:廊下の影と、非常階段の密約
「……っ、ちょっと湊、静かにして……!」
瑠愛が僕の胸元をぎゅっと掴み、息を殺して耳元で囁いた。
終業式を翌日に控えた放課後。
旧・第一資料室へ向かう渡り廊下の手前で、僕たちは咄嗟に非常階段の扉の裏へと身を滑り込ませていた。
カン、カン、カン、と軽やかな足音が三つ、重なり合いながら近づいてくる。
「ねえ、愛空。絶対お兄ちゃん、まだ学校にいると思うんだよね」
「私もそう思うー。最近、放課後になると行方をくらます頻度が高すぎるもん」
「愛海、図書室見てきたけどいなかったよ? ってことは、やっぱり特別棟かな……」
三つ子だ。
中学一年の妹たちが、完全に僕を「捜索」しながら歩いている。
狭い非常階段の踊り場。
僕と瑠愛は壁と扉のわずかな隙間で、息すら止める勢いで密着合っていた。
瑠愛の背中が僕の胸にすっぽりと収まり、彼女の後頭部から漂うシャンプーの甘香が至近距離で鼻をくすぐる。
心臓が早鐘のように鳴り響き、自分の鼓動が瑠愛の背中に伝わってしまうんじゃないかと焦燥した。
「……ん」
瑠愛が身を捩り、そっと顔だけを僕の方へ向けた。
薄暗がりの中で見つめ合う距離は、わずか数センチ。
彼女は自分の唇に人差し指を立てて「しーっ」と合図を送ると、そのまま僕の首筋に頬を寄せて緊張を小さく縮めた。
トントン、と瑠愛の小さな手が、僕の腰元を優しく撫でる。
『大丈夫だよ』となだめてくれているような、甘くて不器用なスキンシップ。
(……やばい、三つ子に見つかる恐怖より、瑠愛が可愛すぎて頭がおかしくなりそうだ……!)
「うーん、特別棟にもいないみたいだし、先に帰って夕飯の仕込みでも待つ?」
「そうだね、お兄ちゃんのことだから、案外もう帰ってるかも」
三つ子の足音がゆっくりと遠ざかり、やがて完全な静寂が廊下に戻ってきた。
「……ふぅ……行った、みたい」
瑠愛が安堵の吐息を漏らし、僕の胸の中で身体の力を抜く。
だけど、二人とも密着姿勢のまま、しばらく動くことができなかった。
「湊……胸の鼓動、すごく速かったね」
瑠愛が上目遣いで僕を振り返り、くすりと小さく笑った。
「三つ子に見つかるかと思って焦っただけだよ」
「……本当? 私がこんなに近くにいたからじゃなくて?」
そう言って、瑠愛は僕の胸に頭を少しだけ強く押し付けてきた。
萌え袖の手で僕の手首をしっかりと握りしめたまま、微笑を浮かべる。
「……冬休み、三つ子の警戒をかいくぐるの、もっと大変そうだね」
「どんなに大変でも、絶対に時間作るって言っただろ」
「ふふ、頼もしいな。……じゃあ、明日からの冬休み、楽しみにしてるね」
狭い非常階段で交わした、二人だけの密約。
三つ子の包囲網が強まるほどに、僕たちの絆はより一層、深く強固結ばれていっていた。




