第十九話:静寂の図書室と、机の下の温もり
期末テスト二日前。
部活動停止期間も終盤に入り、校内の緊張感はピークに達していた。 普段なら人通りもまばらな特別棟にも、テスト勉強の場所を求める生徒たちがチラホラと姿を見せるようになっている。
「……湊、今日は図書室、人が多そうだね」
昼休み、廊下の影で短く言葉を交わした際、瑠愛が心配そうに囁いていた。
放課後、僕たちはいつもの『旧・第一資料室』に集まる前に、周囲の警戒を強める必要があった。 特に三つ子——愛陸、愛空、愛海が「お兄ちゃん、図書室で勉強してたら一瞬で見つけ出せるのにね〜」なんて朝食時に話していたのが頭から離れない。
(あいつら、図書室を捜索範囲に入れてる……!)
だからこそ、あえて一番見つかりやすそうな図書室で「一人で真面目に勉強しているフリ」を周囲に見せつけ、妹たちの警戒を逸らす作戦に出ることにした。
図書室の大きな閲覧机。 僕は端の席に座り、黙々と歴史の教科書とノートを広げていた。
しばらくすると、トントン、と静かな足音が近づいてくる。 見上げると、整った黒髪をなびかせた瑠愛が、参考書を数冊抱えて僕の斜め前の席にそっと腰掛けた。
学校での彼女は、相変わらず「誰も寄せ付けない学年一の美少女」涼風瑠愛だ。 周囲の女子生徒や男子生徒が「あ、涼風さんだ……」「相変わらず綺麗だな……」とチラチラ視線を送っている。
僕と瑠愛は、互いに目も合わせない。 ただの偶然、同じ机で勉強しているだけの他人のフリ。
(……はー、緊張する)
周囲の視線と、目の前に瑠愛がいるという状況。 僕は必死でペンを動かしていた。
その時だった。
コン、と僕の靴に、何かが優しく当たった。
(ん……?)
机の下に視線を落とす。 長机の遮蔽物に隠れた足元で、瑠愛のローファーが、僕の足にそっと触れていた。
(瑠愛……!?)
驚いて顔を上げそうになるのを必死で耐え、ちらりと斜め前を見る。 瑠愛は澄ました顔で英単語帳をめくっている。だけど、その真っ白な耳たぶが、ほんのりと赤く染まっていた。
トントン、と今度は足先で僕のすねを突いてくる。 まるで、「ここにいるよ」「退屈だよ」とおねだりするかのように。
僕は周囲にバレないよう、机の下で自分の足を少しだけ移動させ、瑠愛の足元にそっと寄り添わせた。 互いの靴が重なり合い、制服の裾が触れ合う。
ただそれだけのことなのに、図書室の静寂の中で、僕の心臓は跳ね上がるように鳴り響いた。
周りの生徒たちは誰も気づいていない。 学年一の美少女と僕が、机の下で秘密の合図を交わしているなんて。
『あとで、いつもの場所で』
靴の先でそっと言葉を交わすような、小さな秘密のコミュニケーション。 瑠愛の口元が、参考書の陰でほんのわずかに、満足そうに綻んだのを僕は見逃さなかった。
次回で2章終わりです。




