第十七話:扉一枚の暗闇で
ギィ、と鈍い音を立てて、ロッカーの扉が閉まる。
資料室の隅に放置されていた、塗装の剥げかけた古びたスチールロッカー。その狭く暗い空間の中に、僕と瑠愛はすっぽりと押し込められていた。
「ん……っ」
あまりの狭さに、背中が金属の冷たい壁に押し付けられる。
そして目の前には、僕の胸元にすっぽりと収まる形で瑠愛が抱きついていた。
隙間なんて一ミリもない。僕のブレザーと、瑠愛のカーディガンが重なり合い、彼女の柔らかな体温と甘い香りが狭いロッカーの中に充満していく。僕の右腕は自然と瑠愛の細い腰を抱きかかえる形になり、瑠愛の両手は僕の首元にギュッと回されていた。
(やばい……近すぎる……ッ!)
心臓が破裂しそうなほど打ち鳴らされる。
それが僕のものなのか、それとも胸を押し当ててきている瑠愛のものなのか、もう区別がつかない。
スリット状の小さな換気口から、外の様子が僅かに見えた。
「……あれー? いないじゃん。あたしの勘、外れた……?」
愛陸のがっかりした声が、すぐ目と鼻の先から聞こえる。ロッカーのすぐ前を、三つ子の足元が通り過ぎていく。
「だから言ったじゃん。うちに無駄走りさせないでよー。喉乾いた」
愛空が退屈そうに欠伸を噛み殺す音。
「まなも〜。自分、絶対お兄ちゃんここにいると思ったのに〜。ラーメンおごらせる計画が〜」
愛海の愚痴り声が、ロッカーの薄い鉄板一枚を隔ててビンビンに響いてくる。
もし、三つ子の誰かが「このロッカー開けてみよう」と取っ手に手をかけたら——一発でアウトだ。
僕たちは文字通り、息を殺して固まっていた。
「……ん」
ふいに、瑠愛が小さく体を震わせた。
極度の緊張と、暗闇の中での密着。呼吸を制限された瑠愛の吐息が熱を帯び、僕の首筋にハァ、と直接吹きかかる。
(瑠愛……!)
見下ろすと、スリットからの僅かな光の中で、瑠愛の大きな瞳が不安そうに揺れていた。
真っ赤になった頬、ぎゅっと結ばれた唇。彼女の指先が、僕の制服の襟元を縋るように強く掴んでくる。
「(大丈夫だから……)」
声を出さず、口パクでそう伝えると、瑠愛はうるんだ瞳でじっと僕を見つめ、小さく頷いた。
そして、これ以上声や吐息が漏れないようにするかのように、自分から僕の胸元に深く顔を埋めてきた。
トクン、トクン、と重なり合うふたつの鼓動。
暗闇の中、僕たちはお互いの存在だけを命綱にして、じっと耐え続けた。
「……はぁ。他探そうよ。体育館の裏とか行ってみない?」
「そうだねー。あたしもプロテイン買いたいし」
「まなも行く〜。お兄ちゃん見つけたら絶対奢らせる〜」
遠ざかる足音。
ガラガラッ、と資料室の扉が閉まり、廊下を歩いていく三つの足音が完全に消え去るまで、僕たちはそのままの姿勢でじっと動けずにいた。
「……いっ、行った……かな……?」
僕が掠れた声で呟くと、ロッカーの中で深く息を吐き出す気配がした。
「……みな、と……」
僕の胸に顔を埋めたまま、瑠愛が消え入りそうな声で僕の名前を呼ぶ。
「瑠愛、大丈夫? 苦しくなかった?」
「……ううん。苦しくない……」
瑠愛はゆっくりと顔を上げると、真っ赤になった顔のまま、上目遣いに僕を見つめた。
狭いロッカーの中、僕の腕の中に収まったままの彼女は、どこか名残惜しそうに唇を綻ばせる。
「……でも、まだ出ないで。……もう少しだけ、こうしていたい」
三つ子の襲来という最大の危機を乗り越えた達成感と、狭い暗闇の中で深まった二人の絆。
放課後のサバイバルは、予期せぬ形で二人の距離を「ゼロ」にしてしまったのだった。
ロッカーナイス




