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数日後。
いよいよ、グッズ打ち合わせの日がやってきた。
場所は甲斐多町公民館の一室。
父さんは雑貨店があるから、僕とシリウスだけで向かう。
「シリウス、ネクタイ曲がってるよ」
「お前こそ、寝癖ついてんぞ」
お互いに直し合いながら、公民館の階段を上がる。
(なんでネクタイなんだろう)
(なんでネクタイなんだろう)
町長が「ちゃんとした服で来てくれ」と言ったから、二人とも一張羅を引っ張り出してきた。
慣れないスーツが、肩のあたりでもぞもぞする。
部屋に入ると、町長と——見知らぬ人が一人。
「お、来たな!紹介する、デザイナーの白瀬さんだ」
「初めまして、白瀬と申します」
ぺこりとお辞儀をしてくれたのは、僕らよりちょっと年上に見える女性の人だった。
眼鏡をかけて、髪を後ろで一つに束ねている。
なんだか、ものすごく落ち着いた雰囲気。
「は、初めまして!リルドです」
「シリウスだ。よろしく頼む」
席につくと、白瀬さんがテーブルの上にたくさんの資料を広げ始めた。
「こちら、初期案になります。まず缶バッジから——」
ばっと並べられたのは、十種類くらいの缶バッジのデザイン。
全部、僕らの顔。
いろんなポーズ、いろんな表情。
「ひっ……」
「ぐっ……」
二人揃ってのけぞる。
白瀬さんが眼鏡をくいっと上げて、
「撮影時の写真から、特に表情の良かったカットを厳選しました」
(厳選しないで!?)
(厳選しないで!?)
「次にブロマイドですが、Aセット、Bセット、Cセットでそれぞれテーマを変えています。Aは衣装、Bは私服、Cは——」
「Cは?」
「ペア写真です」
ばっとテーブルに広げられたのは、僕とシリウスが二人で写っている写真の数々。
ハイタッチしているところ、肩を組んでいるところ、笑い合っているところ。
……いつの間に撮ってたんだ、こんなの。
「あ、あの……これ、いつの……」
「撮影の合間ですね。スタッフが自然な瞬間を抑えていました」
(抑えないで!?)
(抑えないで!?)
町長は隣で満足そうに頷いている。
「いいねぇ、いいねぇ。これはファンが喜ぶぞ」
「町長、これ本当に売るんですか……?」
「もちろんだ!駅前の特設コーナーで売る!」
(特設コーナーまで!?)
シリウスが片手で顔を覆っている。
「俺の顔が……俺の顔が町に流通する……」
「シリウス、しっかり」
肩をぽんと叩いてあげる。
……自分も内心同じこと思ってるけど。
白瀬さんは僕らの反応をどう受け取ったのか、ふっと小さく笑った。
「お二人とも、緊張されてますね」
「は、はい……こういうの慣れてなくて」
「大丈夫です。皆さん最初はそうですよ」
ベテランの匂いがする。
白瀬さん、もしかして他のアイドルのグッズもデザインしたことあるのかな。
「あの、白瀬さんって、他にもこういう仕事を?」
「ええ、東京のほうで何件か。今回は地元への帰省ついでにお引き受けしました」
「地元!?甲斐多町出身なんですか?」
「はい。鳩羽町長は私が小学生の頃からの知り合いで」
町長がにこっと笑った。
「白瀬ちゃんはなぁ、昔から絵が上手くてな。これは大物になると思ってたよ」
(白瀬ちゃん)
(白瀬ちゃん)
なんだか町長と白瀬さんの関係性が垣間見えて、ちょっとほっこりした。
打ち合わせは二時間ほど続いた。
缶バッジは八種類、ブロマイドは三セット、それからアクリルスタンドと——
「キーホルダーもですか!?」
「はい。鞄につけられるサイズで」
「タオルも!?」
「ライブの時に振っていただけるかと」
(ライブ!?またやるの!?)
次から次へと出てくるグッズ案に、僕らはただ頷くしかなかった。
帰り道。
へとへとになりながら、商店街を二人で歩く。
「シリウス、疲れた……」
「俺もだ……」
「リルド分補給、いる?」
「!!」
シリウスが立ち止まって、目を見開いた。
「お前から言うのは初めてだな」
「だって、疲れてるみたいだったから」
頭をぽんぽんしてあげると、シリウスがふっと表情を緩めた。
「……ありがとな」
「うん」
夕方の商店街、二人の影が長く伸びる。
雑貨店の前に着くと、シャッターの向こうから父さんの声が聞こえた。
「いらっしゃいませー」
まだ営業中らしい。
「ただいまー」
「おかえり」
店に入ると、父さんがレジで観光客らしき人を相手にしていた。
会釈をして、僕らは奥へ。
エプロンに着替えながら、シリウスが小さく呟いた。
「……缶バッジ、自分で買おうかな」
「え?」
「いや、なんとなく」
ちょっと照れ臭そうにそう言うシリウスを見て、僕は思わず吹き出してしまった。
「自分のグッズ買うアイドル、初めて聞いたよ」
「お前だって買うだろ、絶対」
「……買うかも」
二人で顔を見合わせて、笑った。
甲斐多町の夕暮れ。
またひとつ、僕らの日常に新しい何かが加わっていく。
平穏はどこかに消えてしまったけど。
その代わりに、こうやって誰かと笑える時間が増えた。
……それも、悪くない。
奥から父さんが顔を出して、
「お前ら、打ち合わせどうだった?」
「グッズが、いっぱい……」
「タオルも作るって……」
父さんが豪快に笑った。
「そりゃあいい、そりゃあいい。父さんが店で売ってやるよ」
「えっ、雑貨店で売るの!?」
「町長から打診があってな。グッズ販売のメイン拠点に、みなと雑貨店が選ばれた」
(聞いてない!!)
(聞いてない!!)
甲斐多町の夜は、まだまだ騒がしくなりそうだった。




