27
本日の撮影が無事に終わり、僕たちは雑貨店へと向かう。
夕暮れの商店街、足取りはちょっと軽い。
雑貨店に着く頃には、みなとさんがシャッターを下ろしているのが見えた。
「みなとさーん」
と言いながら、手を振る。
「おう!リルド、シリウス……撮影は終わったか?」
「うん。今日の分は無事に終わった。明日で一応最後らしい」
らしいと付けたのは、もしトラブルが発生した時の為のためだ。
ディレクターさんも「予定では」って言ってたから、絶対とは言い切れない。
「そうか。スーパー壬生に寄って買い物していくぞ」
「はーい」
二人で頷いて、シャッターの鍵を確認するみなとさんの隣に並ぶ。
スーパー壬生では、肉、野菜を中心に買う。
豚肉、キャベツ、人参、お味噌、豆腐。
いつもの買い物の流れ。
みなとさんがお菓子のコーナーに向かう。
(普段食べないのに)
あれ、と思って、シリウスと顔を見合わせる。
「好きなもの入れていけ」
「え?いいの?」
「いいのか?父さん」
「たまにはお前たちも食べたいだろ?」
目をきらきらさせて、僕たちはこれにしようあれにしようと話し合う。
「リルド、これ美味しそうだぞ」
「シリウス、こっちのほうがいいよ」
お互いにあれこれ手に取って、見せ合う。
結果、僕はポテトチップスとクッキー。
シリウスはおにぎりチップ系のお菓子とガムのアソートに、チョコレート菓子を入れていく。
みなとさんが、
「これも入れていくぞ」
と言って、チョコパイ系を入れていく。
(わあ……)
目を輝かせる僕ら。
なんだか、撮影お疲れ様会みたいになってる。
みなとさんって、こういうところ、ちゃんと分かってる。
レジで会計を済ませて、レジ袋を二人で分けて持つ。
帰り道の道中、ちょっとだけ、足が浮き浮きしてる。
お菓子の入った袋が、ガサガサと音を立てる。
家までの帰り道。
「明日の歌の撮影頑張ろうね」
シリウスに言う。
夕焼け空の下、シリウスの横顔を見上げる。
シリウスは、
「お……おう」
と少しぶっきらぼうに言う。
でも、その耳が、ちょっとだけ赤い。
(また赤くなってる)
心の中で、ちょっと笑う。
もう、いつものことだから、深く突っ込まない。
家に帰り、戸棚に菓子類を入れ、料理の支度をする。
みなとさんがエプロンを着けて、シリウスと僕も、それぞれの担当に移る。
本日のメインディッシュは豚の生姜焼き。
僕は生姜チューブと醤油、みりんを合わせて、それに生姜焼き用の豚肉を箸を使い、軽く漬け込むようにする。
ボウルの中で、豚肉が調味液に絡んでいく。
しゅわっと、生姜の香りが立つ。
これくらいなら、自炊してた頃の記憶で、もう手が動く。
みなとさんはお味噌とサラダを作り、味噌汁の鍋をかき混ぜながら、いつもの確認をする。
「うん……この味」
また、それ。
もう何度聞いたか分からないけど、毎回、ちょっと安心する。
シリウスは、炊いた米に混ぜご飯のもとを入れて、しゃもじで混ぜていく。
ふわっと、五目の香りが広がる。
「シリウス、それ何味?」
「五目だぞ」
「お、いいね」
しゃっ、しゃっ、と、しゃもじを動かす音。
手際よく、ご飯全体に混ぜご飯のもとが行き渡っていく。
フライパンに油をひいて、漬け込んだ豚肉を並べる。
じゅわっ、と良い音。
香りが、キッチン全体に広がっていく。
食卓に、美味しそうな香りが充満する。
「頂きます」
三人で、手を合わせる。
生姜焼きを一口。
生姜の香りと、甘辛いタレが、お肉によく染みてる。
「うん、うまい」
「うまいな、リルド」
「シリウスの混ぜご飯も美味しいよ」
「だろ?」
みなとさんのサラダと味噌汁も、いつも通り、しっくりくる味。
三人で食べる夕飯、今日も、賑やかに、あったかい。
食後、戸棚から、さっき買ったお菓子を一つずつ。
「お菓子は、デザートの後にしような」
「うん」
みなとさんの言葉に、僕とシリウスは、嬉しそうに頷いた。
ちょっとした楽しみが、ちゃんとそこにある。
お風呂の支度をして、シリウスと二人で入り、髪の毛を洗ってもらう。
(気持ちいい)
シリウスの手が、頭を優しくマッサージしてくれる。
泡が、ふわふわと頭の上で踊ってる。
あの時の胸の速い鼓動は、もうないけど。
この理由は、きっと、いずれ分かる。
そんな気がする。
お湯で泡を流してもらって、頭がすっきりする。
「シリウス、ありがとう」
「いいって」
順番を変えて、今度は僕がシリウスの髪を洗う。
いつもの、お互いさまの時間。
手を動かしながら、ふと、思う。
今日の撮影、明日の撮影。
シリウスと一緒に、歩いてきた、今までの全部。
あの時感じたドキドキの正体は、まだ分からない。
でも、別に、急いで分からなくてもいい。
今は、こうやって、シリウスの隣にいられること。
それだけで、十分。
「リルド、考え事?」
「ううん、なんでも」
「そうか」
シリウスが、それ以上、突っ込んでこない。
ただ、目を閉じて、僕に髪を洗わせてくれている。
その信頼感が、なんだか、心地いい。
湯船に浸かりながら、今日の撮影を振り返る。
「シリウス、今日の撮影、楽しかったね」
「ああ、楽しかった」
「明日も、楽しみだね」
「だな」
お湯の中で、ちょっとだけ、肩が触れる。
でも、もう、いつものこと。
遠くもなく、近くもない、ちょうどいい距離。
「お風呂上がったら、お菓子食べよっか」
「お、いいな。何食べる?」
「僕、ポテトチップスから」
「俺、おにぎりチップからにするか」
くだらない会話。
でも、こういう時間が、なんだか、一番、僕ららしい。
お風呂から上がって、リビングへ。
みなとさんが、もうソファで、お茶を飲みながら待っていた。
「お、いいタイミングだ。お菓子、開けるか」
「うん!」
「やった!」
三人で、お菓子を広げて、テレビをつけて。
なんでもない夜。
でも、こういう夜が、たぶん、一番、大事なんだろうな。
「あ、リルド、それ僕も欲しい」
「えっ、ポテトチップス?」
「ちょっとだけ」
「いいよ、はい」
お互いの袋から、ちょっとずつ分け合う。
みなとさんも、チョコパイを齧りながら、にこにこと僕らを見ていた。
「明日も頑張れよ、お前ら」
「うん」
「ああ」
甲斐多町の夜が、また、優しく更けていく。
ポテトチップスの音と、テレビの音と、三人の笑い声。
なんでもない、でも、かけがえのない時間。
明日、最後の撮影。
ちゃんと、最後まで、歌いきろう。
二人で、ちゃんと。
そう、心の中で、もう一回、決めた夜だった。




