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リルド&シリウス〜アイドル活動開始します〜  作者: みなと劉


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「(シリウス……)」

 心の中で、もう一度、名前を呼ぶ。

 寝顔のシリウスは、いつものぶっきらぼうな顔じゃなくて。

 ちょっとだけ、幼くて、無防備で。

 昨日の夜、ぎゅっと抱きしめてくれた人とは別人みたいに、ふにゃっとした顔をしている。

 その顔を見ながら、また、心臓がきゅんとする。

(なんだろう、この感じ……)

 でも、もう、怖くない。

 ただ、嬉しい、それだけ。

 少しもぞついて、シリウスが起きる。

「ん……ふぁ……おはようリルド」

 寝ぼけ眼で、目を擦りながら。

 その仕草が、めちゃくちゃ可愛い。

「……うん……おはよう、シリウス」

 シリウスが僕の頭を優しく撫でてくれる。

 いつもの「リルド分補給」よりも、もうちょっと、優しい撫で方。

 昨日の夜の延長線上の、その手。

 僕は少し顔を赤らめ、

「……ぁりがと」

 という。

 声が、ちょっとだけ、消え入りそう。

 でも、ちゃんと、伝わった。

 着替えて、一階に降りる。

 ぱたぱたと、二人で階段を下りる音。

 今日は、いつもよりちょっとだけ、足が軽い気がした。

「おはよう、2人とも……もう食事は用意してあるぞ」

 みなとさんが台所から振り向いて、にこっと笑う。

 エプロン姿の、いつものみなとさん。

 食卓に着くと、

 鮭の塩焼き、サラダ、納豆、豆腐、味噌汁、お新香が用意してあった。

 結構バランスの良い朝定食である。

 明らかに、撮影前の僕らのために用意してくれた感じ。

(みなとさん、ありがとう)

 心の中で、こっそりつぶやく。

「頂きます」

 三人で、手を合わせる。

 塩焼きは塩が絶妙になっており、美味しかった。

 ぱりっと焼けた皮と、ふっくらした身。

 ご飯にぴったり合う。

 味噌汁もいつも飲むあの味である。

 味噌汁は、僕も作ったことあるけど、実は味噌汁って同じ味と濃さに、いつもするのって、めっちゃ難しいのである。

 味噌の量、水の量、火の入れ方、出汁の取り方。

 全部が絡み合って、毎回、ちょっとずつブレる。

 でも、みなとさんのは、いつも、同じ味。

(いつも同じ味って、たしか難しいのに、みなとさんって、やはりすごいな)

 シリウスがふと、お味噌汁を一口飲んで、

「うん……この味」

 と、みなとさんの口調を真似た。

 みなとさんが、ぶっと吹き出して、

「お前なぁ」

「ん?俺、毎日見てるからな、これ」

「真似するな、真似するな」

「ふふ、俺もできるかなぁって」

 シリウスがにかっと笑う。

 その笑顔に、また、心臓が——

(また!?また心臓やってる!)

 慌てて、お味噌汁を口に運ぶ。

 あったかい味噌汁が、喉を通って、お腹を温めてくれる。

 ちょっとだけ、心拍が落ち着く。

 よかった。

「リルド、お前、顔赤いぞ」

「えっ、そう?」

「お味噌汁、熱かった?」

「あ、う、うん……熱かった」

 慌てて、嘘をつく。

 みなとさんは「そうか」と頷いて、特に気にしていない様子。

 シリウスは——

 ちらっと僕を見て、何か言いたげな目をしたけど、結局、何も言わなかった。

 でも、その目が、ちょっとだけ、優しかった。

(シリウス、たぶん、気付いてる)

 胸の奥で、ちょっとだけ、ばれてるなぁって思う。

 でも、ばれてても、いい。

 今は、いい。

 いつか、ちゃんと、向き合えるなら、それで——

 食卓を終え、片付けを行い、雑貨店に3人で移動する。

 住宅街から、商店街への朝の道。

 今日も、肉屋のおじさんが「おはよう」と声をかけてくれて。

 八百屋のおばちゃんが「頑張ってね」って手を振ってくれる。

 町の人たち、僕らが今日、撮影だってこと、ちゃんと知ってる。

 みなとさんが、たぶん、いろんなところで話してるんだろうな。

(みんな、ありがとう)

 心の中で、お辞儀する。

 僕らは撮影の関連で、準備だけを手伝い、その足で撮影スタジオへ向かう。

 雑貨店の開店準備をちょっとだけ手伝って、シャッターを上げて、商品を並べて。

 みなとさんに「行ってきます」と告げて、撮影スタジオへの道を歩く。

 シリウスと二人で。

 撮影スタジオでは、衣装合わせが最初の仕事だった。

 白瀬さん——あ、違う、衣装担当のスタッフさんが、ハンガーから衣装を取り出す。

 今回は白の衣装で、しかも少しだけ違いがあるだけで、お揃いである。

 ふわっとしたシャツに、シンプルなパンツ。

 シリウスのほうは襟元にちょっと装飾があって、僕のほうは袖のあたりに装飾が。

 でも、ほとんど一緒。

(は、恥ずかしい……)

 と、内心思う。

 シリウスもなんだか、衣装をじっと見て、ちょっと無言になっていた。

(やっぱり、シリウスも気にしてるんだ)

 ちょっとだけ、ふふっと笑える。

 着替えてみる。

 鏡に映った自分は、いつもと全然違って見える。

 ふわっと、優しい雰囲気。

 メイクさんが軽くアイラインと、頬にチークを乗せてくれる。

 仕上げに、髪をふわっと整えてくれる。

「うん、可愛いですね」

(か、可愛いって言わないで!)

 心の中で叫ぶ。

 でも、メイクさんは、別に深い意味で言ってるわけじゃない。

 ただの、お仕事のリアクション。

 分かってる。

 シリウスも、衣装に着替えて出てきた。

 白いシャツが、シリウスの黒い髪と肌の色によく映える。

(うわ……)

 心の中で、息を呑む。

 めちゃくちゃ、かっこいい。

 いつものシリウスじゃない、なんだか別人みたいな雰囲気。

 心臓が、また、ぎゅっとなる。

 シリウスが僕を見て、ちょっと目を見開いた。

 それから、ふっと、視線を逸らした。

 耳が、ちょっとだけ、赤い。

(こいつも、僕の衣装見て、なんか思ったな)

 心の中で、ちょっとだけ、嬉しくなる。

 撮影開始前に——

 撮影でのやり取りである。

 ディレクターさんと、振付の先生と、三人で打ち合わせ。

 最初、出だしの部分を念入りに頭に入れる。

 サビに入る前の段階から、シリウスと僕は隣同士に来て、

『気がする』の部分を歌い、

 そこから互いに向き合い、

 シリウスはマイクを左手に、僕はマイクを右手に持つ。

 そしてシリウスは右手をまっすぐにして、僕の方へ軽く手を広げる形に、

 僕は左手をシリウスの方に向けて、

 サビはまるで鏡に映る同一人物に語りかけるような感じに歌い合う、という感じにするらしい。

(これって結構難しいよね?)

 位置取り、タイミング、目線、手の角度。

 覚えることが、いっぱい。

 でも、振付の先生が、ゆっくりと、丁寧に、教えてくれる。

 何回か練習して、ちょっとずつ、身体が覚えていく。

 でも、これは楽しいって思った。

 シリウスと、向き合って、鏡みたいに歌う。

 昨日まで、ベッドの上で、目を見て歌う練習をしてたのと、地続きな感じ。

 いつもの練習の、ちょっと豪華バージョン。

 目線を合わせる練習も、昨日まで、雑貨店でずっとしてきたから。

 大丈夫、できる。

 シリウスのほうを見ると、シリウスもちょっとだけ、嬉しそうな目をしていた。

 目で「楽しいな」って言ってる。

 僕も目で「楽しい」って返した。

 二人だけの、目の会話。

 撮影開始。

 スタジオのライトが、ふっと点く。

 白いライト、白い衣装、白い背景。

 なんだか、雪の中にいるみたい。

 ディレクターさんが「よーい、スタート」と声をかける。

 僕が最初に、

『準備はいいか? シリウス、最高の歌を届けようぜ!』

 前に僕が言った言葉である。

 特には何も言われなかった。

 あの時、深夜にこっそり一人で練習してて、シリウスに聞かれちゃった、あのセリフ。

 でも、今は、ちゃんと、本番のセリフ。

 シリウスが、目で「いこうぜ」と返してくれる。

 僕のパートである。

『履き古した靴の先見つめて

 さかみちの途中で立ち止まる朝』

 優しく、ゆっくりと。

 声が、スタジオの中に、ふわっと広がっていく。

 マイクを通して、自分の声が、自分でもびっくりするくらい、柔らかく聞こえる。

 シリウスのパート。

『昨日まで迷いは空に溶けて

 新しく塗り替えられた風が吹く』

 シリウスの低音が、僕のメロディに優しく続く。

 いつもの『世界の果てからこんにちわ』の重低音とは全然違う、柔らかい低音。

 ここで二人で歌うパート。

『カーテンが揺れる共通の窓から

 特に見える水仙指差した』

 二人の声が、自然に重なる。

 もう、何回も練習した感覚。

 息継ぎのタイミングも、ぴったり。

 そしてシリウスが歌うパート。

『君の自転車のチェーンが鳴る音』

 シリウスがちょっとだけ、ふっと笑うような感じで歌う。

 その声に、僕も思わず、口元が緩む。

 そして二人で歌うパート。

『僕の歩幅と重なりもたれる』

 二人の声が、また、ぴたりと重なる。

 そして、例の——

『気がする』

(きーがする)と歌う。

 ちょっとだけ、伸ばして、優しく。

 昨日まで、ずっと練習してきた、あの伸ばし方。

 ちゃんと、できた。

 サビに突入して、段取り通りに歌い合う。

 互いに向き合い、という感じである。

 シリウスのほうへ、くるっと体を向ける。

 シリウスも、僕のほうを向く。

 目が、合う。

 心臓が、また、跳ねる。

 でも、もう、怖くない。

 歌うこと、シリウスの目を見ること。

 全部、今は、ちゃんとできる。

『誰にも言えない弱さも全部

 この場所なら等身大でいられるよ

 息を切らして駆け上がる斜面

 ひたいに滲む汗が光る』

 歌詞通り、シリウスの目を見ながら、歌う。

「弱さも全部」のところ、ちょっとだけ、昨日の夜のことを思い出した。

 あの時の僕の弱さも、シリウスは、ちゃんと、受け止めてくれた。

 その記憶が、今、歌に乗る。

 ここで軽く二人で肘を軽く曲げる。

 振付の通り、お互いに鏡のように。

『加速していく鼓動のリズムを

 追い越すように加速していく

 君と一緒にどこまでも行こう

 地平線の先へ手を繋いで

 どんな困難も二人なら

 笑顔に変えていける信じてるよ

 かけがえのないこの瞬間を

 胸に深く刻み込んで歩こう』

『加速していく鼓動のリズム』

 ……これ、まんま、僕の昨夜の心臓だ。

 歌いながら、そう思う。

 でも、今は、もう、加速していく心臓も、シリウスのものも、自分のものも、全部、一緒に歌になっていく。

 不思議な感覚。

 歌の中に、自分の今までの全部が、溶けていく。

『地平線の先へ手を繋いで』

 歌詞通り、シリウスが軽く右手を僕に差し伸べる。

 僕も左手を、シリウスのほうに。

 触れるか触れないかの、ぎりぎりの距離。

 でも、心は、ちゃんと、繋がってる。

 最後の『胸に深く刻み込んで歩こう』を歌い終えた瞬間——

 ふぅっと、息を吐く。

 シリウスも、同時に、ふぅっと息を吐いた。

 目を見合わせて、ちょっとだけ、ふっと笑う。

 本日の撮影はここまでである。

「はい!チェック入りますね」

 ディレクターさんの声。

 スタッフさんたちが、ぱちぱちと拍手をしてくれる。

「すごくよかったですよ!」

「特にサビの目線、ばっちりでした」

「お疲れ様です!」

 声があちこちから飛んでくる。

 なんだかんだで、ちゃんと、撮りきれた。

 モニターの前に集まる。

 画面の中の白い衣装の僕らは——

(うわぁ……)

(うわぁ……)

 また、二人で同じリアクション。

 画面の中の二人が、ちゃんと、優しく歌っていた。

 目を合わせて、心を通わせて、声を重ねて。

 いつもの僕らだけど、ちょっとだけ違う僕ら。

 白い衣装に包まれた、別の世界の僕ら。

(よかった……ちゃんと、いいの撮れた)

 胸の奥が、じんわりと熱くなる。

 ベンチに座って、お水をぐびぐび飲む。

 シリウスが隣に、ぐったりと寄りかかってきた。

「リルドー、つかれた」

「うん、僕も」

「リルド分補給」

「はいはい」

 頭を、ぽんぽん。

 いつもの儀式。

 シリウスがふにゃっと、表情を緩めた。

「リルド」

「ん?」

「お前さ、本番、めっちゃ良かったぞ」

「ほんと?」

「ああ。声、すごい伸びてた」

「シリウスもだよ。低音、いつもより優しかった」

「お、分かるか」

「分かるよ」

 二人で、ふっと笑い合う。

 なんだか、嬉しい。

 ディレクターさんが、ちょっと興奮した感じで近づいてきた。

「お二人、本当にすごかったですよ。明日のラスト撮影、いけそうですね」

「明日もあるんですね」

「ええ、ラストサビ部分を明日撮ります。今日の感じで、いきましょう」

「はい、頑張ります」

「ああ、よろしく頼む」

 明日で、MV完成。

 今日のラストの『胸に深く刻み込んで歩こう』までで、ちょうど中盤まで。

 明日、ラストサビと、エンディング部分を撮る。

 あと一日。

 ちゃんと、最後まで、歌い切ろう。

 二人で、ちゃんと。

 スタジオを出る頃には、もう夕方になっていた。

 空が、オレンジから紫に変わっていく。

 歌詞の中の『空が茜色に染まっていく』が、現実にも重なる。

(あ、これ、まさに歌詞通り)

 心の中で、ちょっとだけ、笑う。

 シリウスが、ふと立ち止まって、空を見上げた。

「リルド」

「ん?」

「今日のお前、めっちゃ可愛かったぞ」

「ぶっ!?」

 予想外の言葉に、固まる。

 シリウスが、にやっと笑って、

「白い服、似合ってた」

「な、なんで急にそういうこと言うの!」

「いや、なんとなく」

「またそれ!?」

 顔が、じわっと熱くなる。

 心臓が、また、跳ね始める。

 でも、今度は、ちょっとだけ、嬉しい跳ね方だった。

 シリウスがふっと笑って、僕の頭を、ぽんと撫でる。

「行くか、家に」

「うん」

 夕焼けの中、二人で家路につく。

 今日の撮影は、ちゃんと終わった。

 明日も、きっと、ちゃんとできる。

 二人で、ちゃんと、最後まで歌いきれる。

 そう、信じられる。

 甲斐多町の夕暮れ。

 白い衣装の僕らが、今日、生まれた。

 いつかこのMVが、駅前の液晶パネルで流れる日が来るんだろうな。

 たくさんの人が、この歌を聴いてくれるんだろうな。

 その日が、ちょっとだけ、楽しみだった。

「シリウス」

「ん?」

「明日も、頑張ろうね」

「ああ、頑張ろう」

 夕焼け空の下、二人の影が長く伸びる。

 ちょっとだけ、二人の影の指先が、触れそうで、触れない。

 でも、もう、それでよかった。

 心は、ちゃんと、繋がってる。

 歌詞の通り、地平線の先まで。

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