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リルド&シリウス〜アイドル活動開始します〜  作者: みなと劉


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 その夜の事。

 僕は少しだけ興奮していた。

 まあ、昼間の件もあるけどね。

 モリンガティーの女子大生のお姉さんのこと、シリウスに「百合系ナンパ」って言われたこと、そして——

 少しドキドキしてる。

 理由は……シリウス。

 しかも、普通の心拍ではなく。

 はちきれないくらいの鼓動がしてて、正直、僕の心臓どうなってるのってくらい。

 これって、一体なんなの?

 ベッドの中で、目を閉じてもダメ。

 目を開けても、ダメ。

 寝返りを打ってもダメ。

 お腹のあたりがそわそわして、胸がきゅうっとして、息が浅くなる。

 今朝のシリウスの「にかっとした笑顔」を思い出すと、また、心拍が跳ねる。

 夕方の練習で隣に座って歌った時のシリウスの低音を思い出すと、また、心拍が跳ねる。

 深夜に頭を撫でてくれた手の温度を思い出すと、また——

 もう、シリウスのことを考えるだけで、心臓が変な動きをする。

 正直……少し怖い。

(病気かな?)

(撮影前日に……どうしよう)

 明日は本番。

 ちゃんと寝ないといけないのに。

 でも、寝ようとすればするほど、頭の中がシリウスのことでいっぱいになる。

 なんで?

 なんで、こんなことに、急になってるの?

 心臓が、もう、痛いくらいに鳴ってる。

 そして、もぞついてるのがシリウスにバレて、

「寝付けねーのか?」

 と、言われた。

 ビクッとする。

「ぁ」

 小さい声が少しだけ出る。

 心臓の心拍は相変わらず収まらない。

 むしろ、シリウスの声を聞いた瞬間、もっと跳ね上がった。

(うわ、もっと激しくなった……どうしよう)

 暗闇の中、シリウスのほうを見れない。

 顔が見れない。

 なんで、シリウスを見ると、こんなに胸がぐちゃぐちゃになるんだろう。

 シリウスが起きてきて近くにくる。

 ぎし、と床が小さく軋む音。

 ますます心拍が増えるような感覚に襲われる。

 もう、ドクンドクン、ドクンドクン、って、耳の中で聞こえるくらい。

 シリウスは僕の頭を撫でる。

 いつもの、優しい撫で方。

 でも、今夜の僕には、その手の温度が、いつもより十倍くらい強く感じる。

 どきん……どきん……。

 少し、涙が滲む。

 なんで、泣いてるんだろう、僕。

 苦しい。

 でも、苦しいだけじゃない。

 なんか、もっと、こう——

 言葉にできない、ぐちゃぐちゃした気持ち。

「お……おい!どうした……」

 シリウスがびっくりした声で、慌てて顔を覗き込んでくる。

 その慌てた顔を見て、また、心臓が痛い。

 なんで、僕は、こんなふうになってるんだ。

「……っ……ぐ……ねえ?……なんでこんなにドキドキするの?」

 声が、震える。

 涙が、頬を伝う。

「は?」

 シリウスが、目をぱちぱちさせる。

 突然の僕の言葉に、状況が掴めない様子。

 でも、僕は、もう、止まらなかった。

 シリウスに、滲ませた涙を見せながら、僕は言ってしまう。

「病気があるのか?」

 シリウスが、ちょっとだけ、心配そうに眉をしかめる。

(違う……)

 病気じゃない。

 たぶん、病気じゃないんだ。

 でも、何が起きてるのか、僕にも分からない。

「……っ……ううん……ちが……う……ふっ……ぇ」

 我慢できずに泣いてしまう。

 涙が、止まらない。

 なんで、こんなに泣いてるんだろう。

 苦しいのか、嬉しいのか、もう、分からない。

 全部、シリウスのせい。

 でも、シリウスは何も悪くない。

 じゃあ、僕のせい?

 僕の心臓が、勝手に、こんな動きしてるだけ?

 シリウスは、僕を起こして、優しく抱きしめてくれた。

 ぎゅっ、と、両腕で。

 ちょっと、ためらいがちな抱き方。

 でも、優しい。

 あったかい。

 シリウスの胸の中で、僕の心臓が、もっと、跳ねる。

 でも、不思議と、ちょっとだけ、楽になった気がした。

 シリウスの心臓の音も、聞こえる。

 ドクン、ドクン、と、僕より、ちょっと落ち着いた音。

 ……でも、いつもより、ちょっとだけ早い気がする。

 気のせい、かな。

 そして、背中を撫でて、反対の手で頭を撫でてくれた。

 二つの手の温度に、包まれる。

(シリウスぅ)

 心の中で、名前を呼んでしまう。

 涙が、また、ぼろぼろ落ちる。

「こういう時……俺は……正直どういう感じに接したらいいか分からねー……だから俺のやれることをやるだけだ」

 シリウスが、ぽつりと、そう言った。

 ぶっきらぼうで、不器用で、でも、ちゃんと、僕のことを考えてくれてる言葉。

「シリウス……」

 その不器用さが、なおさら、胸に響く。

 もう、苦しいのか、嬉しいのか、分からない。

 でも、ここにいたい、って思う。

 シリウスの腕の中に。

 もうちょっとだけ、ここに。

 頭を撫でながら、耳元で彼は——

「こういう時こそ『お兄ちゃん』って呼べ。リルド」

 その声が、低くて、優しくて。

 耳元で言われたから、息が、首筋にちょっとかかって。

 また、心臓が、ぎゅうっとなる。

 きっと、また心拍が増えたかもしれないけど、そんなことより、なにより——

「うん!……お兄ちゃん」

 涙声で、絞り出すように、呼んだ。

 ちゃんと、呼んだ。

 今夜の僕は、ちゃんと、シリウスを「お兄ちゃん」って呼べた。

 シリウスが、ちょっとだけ、抱きしめる力を強くした。

 ぎゅっ、と。

 もう、シリウスの服の匂いと、柔軟剤の匂いと、シリウスの体温と、全部が、僕を包んでる。

 苦しいような、安心するような、不思議な感じ。

「お兄ちゃん」

 もう一回、呼んでみる。

「ん」

「胸が、苦しい」

「うん」

「でも、もう、ちょっとだけ、楽になった」

「うん」

 シリウスは、何も言わない。

 ただ、撫でてくれてるだけ。

 でも、その「何も言わない」が、たぶん、今、一番、優しい。

 しばらく、抱きしめられたまま、目を閉じる。

 シリウスの心臓の音を、頬で感じる。

 ドクン、ドクン、ドクン。

 僕の心臓の音と、シリウスの心臓の音。

 二つが、ちょっとだけ、リズムが似てくる気がする。

 不思議。

「お兄ちゃん」

「ん?」

「なんで、僕、こんなにドキドキするのかな」

「……さあ、な」

 シリウスが、ちょっとだけ、間を置いた。

 暗闇で、シリウスの顔は見えない。

 でも、たぶん、ちょっとだけ、何かを考えてる顔をしてる気がする。

「もう少し、大人になったら、分かるんじゃないか」

「えー、それじゃ、いつ分かるの」

「いつかだよ、いつか」

 シリウスが、ふっと、小さく笑った。

 その笑いが、頭の上で、ふわっと響く。

 なんだか、悪戯っぽい笑い方。

 シリウス、もしかして、何か知ってるのかな。

 でも、教えてくれないなら、いい。

 いつか分かるなら、それでいい。

「お兄ちゃん」

「ん?」

「今夜、ここで、寝てもいい?」


「……」


 シリウスが、ちょっとだけ、固まる。

 ためらってる感じ。

 でも、しばらくして、

「……ああ、いいぞ」

 って、低い声で答えてくれた。

 ぎゅっ、ともう一度、抱きしめる力が強くなる。

「明日、撮影だから、ちゃんと寝ろよ」

「うん」

「俺がここにいれば、安心して寝れるか?」

「……うん」

「だったら、ここにいる」

 その「ここにいる」が、なんだか、強烈に、胸に響いた。

 涙が、また、じわっと滲む。

 でも、今度の涙は、ちょっとだけ、あったかい涙だった。

 シリウスが、僕を布団に寝かせ直して、自分も僕の隣にそっと体を寄せる。

 ベッドが狭くて、シリウスの肩が、僕の肩にぴったりくっつく。

 でも、もう、嫌じゃない。

 むしろ、ありがたい。

 心臓の鼓動は、まだ、ちょっと早い。

 でも、さっきよりは、ずっと、穏やかになってる。

 シリウスがいてくれるから。

 お兄ちゃんが、ここにいてくれるから。

「お兄ちゃん、ありがとう」

「いいって」

「いっぱい、いっぱい、ありがとう」

「……いっぱい、ってなんだよ」

「いっぱい、いっぱい」

 今朝と同じやり取り。

 でも、シリウスは、今度は笑わなかった。

 ただ、僕の頭を、もう一度、ゆっくり撫でてくれた。

 その手の温度を、最後の意識として——

 僕は、ゆっくりと、眠りに落ちていった。

 最後に、夢の手前で、思った。

 なんで、こんなにドキドキするのかは、まだ分からないけど。

 でも、今は、それでいい。

 いつかシリウスが言うように「いつか分かる」なら、それでいい。

 今は、お兄ちゃんが、隣にいてくれる。

 それだけで、もう、十分すぎるくらい——

 幸せだった。

 翌朝。

 目を覚ますと、シリウスはまだ、僕の隣で寝ていた。

 いつもみたいに、自分のベッドに戻ってない。

 今夜は、ずっと、いてくれたんだ。

 窓から差し込む朝日が、シリウスの寝顔を、優しく照らしていた。

 その寝顔を見ながら、僕の心臓は、また、ちょっとだけ、跳ねた。

(また、ドキドキしてる)

 でも、もう、怖くなかった。

 いつか、分かるなら、それでいい。

 今日は——撮影本番だ。

 白い衣装で、シリウスと並んで、あの優しい歌を歌う日。

 ちゃんと、届けたい。

 二人で、本気で。

 甲斐多町の朝が、また、優しく始まる。

 窓の外で、雀の鳴き声。

 いつもの朝の音。

 でも、僕の中では、なにか、ちょっとだけ、新しいものが芽吹いた気がした。

 その「なにか」が、なんなのかは、まだ、分からないけど——

 いつか、ちゃんと、向き合える日が来ると、思う。

 その日まで、シリウスが——お兄ちゃんが、隣にいてくれるなら、絶対に、大丈夫。

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