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自宅へ帰る前に、スーパー壬生で買い物を済ませる。
店内をぐるっと回って、今夜の献立に必要なものをかごに入れていく。
みなとさんが「鶏もも、二枚な」とつぶやいて、シリウスが「キャベツも要るぞ」と返す。
いつも通りの、なんでもないやり取り。
でも、こういう時間が、僕は好きだ。
さっきの店でのざわつきが、少しずつ薄れていく。
自宅への帰り道。
夕方の夕日は、僕らの影を長くする。
商店街から住宅街への道。
車のクラクションも、自転車のベルも遠くなって、ただ三人分の足音だけが響く。
みなとさんの足音は重め。
シリウスはちょっと早めの歩幅。
僕は、その間を埋めるようなテンポ。
三人で歩くと、なんだか足音まで合奏みたいだなって、ちょっと思う。
家に着く。
玄関のドアを開けると、いつもの匂い。
誰の匂いってわけじゃないけど、ちゃんと「うちの匂い」。
なんだかんだで、ほっとする。
買い物袋をキッチンのテーブルに置き、本日の料理に使う材料を出す。
僕はキャベツの千切りを作る。
元いた世界でも自炊をしていたので、これくらいは淡々とこなせる。
まな板を出して、包丁を取って、キャベツを半分に切る。
しゃくっ、しゃくっ、と細く、細く。
手元に集中してると、頭の中が静かになっていく。
(あ、これ、好きだなぁ、この感じ)
千切りって、地味だけど、なんだか落ち着く。
シリウスは鶏肉をソテーして、キッチンタオルで要らない余分な油を拭き取り、照り焼きソースを掛け、スプーンで掛けながら調理をする。
じゅう、と鶏肉が鳴る音。
香ばしい匂いが、キッチンに広がっていく。
シリウスの手つきが、なんだか妙に堂に入っている。
(あいつ、料理上手いんだよなぁ、これが)
最初、シリウスがうちに来た時、料理できるって聞いて結構驚いたっけ。
今では、もう当たり前みたいな顔して、キッチンに立っている。
みなとさんは、味噌汁とサラダを用意する。
味噌汁の味を確かめながら、
「うん……この味」
と、いう。
みなとさんは、いつもこのタイミングで一回味見をする。
そして「この味」って、自分に確認するみたいに言う。
もう何年も、何回も見てる光景。
なんでだろう、これ、見るたびにちょっと安心する。
サラダは、シンプルに、この間小説で書いたという豆腐と納豆のサラダチキンサラダというサラダを作っていく。
2種類のレタス(通常のレタスとサニーレタス)を使い、納豆と豆腐、そして割いて解したサラダチキンを使うサラダである。
みなとさんが手際よく、レタスを手でちぎり、サラダチキンを割いていく。
豆腐は水切りしてあったのか、適当な大きさにカットしてボウルへ。
納豆はパックの中で軽くかき混ぜて、そのまま投入。
(また小説に書いたやつ作ってる)
小説で書いた料理を、実際に作って試すのが、みなとさんの趣味みたいなところがある。
書いてから作るのか、作ってから書くのか、たぶんどっちもあるんだろうな。
玉ねぎドレッシングとごまドレッシングを合わせたドレッシングで和えていく。
ちょっと変わった組み合わせ。
でも、みなとさんが「合うんだよ、これが」って言いながら、ボウルの中で混ぜ合わせていく。
美味しそうである。
ふわっと、ごまの香りと、玉ねぎの甘い匂いが立ち上る。
(うわ、これお腹空いてきた)
キャベツの千切りを終えて、こっそりサラダのほうを覗き込む。
「リルド、見すぎだ」
「だってさ、美味しそうなんだもん」
シリウスがフライパンから振り返って、
「俺の鶏も見ろよ」
「シリウスのも見るよ、ちゃんと」
じゅう、と鶏肉がまた良い音を立てる。
照り焼きの匂いが、キッチンを満たしていく。
出来上がり、テーブルに並べる。
キャベツの千切りを敷いた上に、シリウスの照り焼きチキンが乗る。
ピカピカの照りが、ライトを反射してる。
みなとさんのサラダは大きなボウルにたっぷり。
味噌汁は、わかめと豆腐の、いつものやつ。
ご飯は炊きたて。
いつもの三人分。
でも、いつもより、ちょっと豪華。
僕たちは、
「頂きます」
と言って食べる。
お箸を、合わせる。
まず、シリウスの照り焼きチキンを一口。
「うん……美味しい!!」
外側はカリッと、中はじゅわっと。
照り焼きソースが、ご飯にも合う。
「シリウス、これマジで上手いね」
「だろ?」
シリウスがちょっと得意げに、口元をにやっとさせる。
「次、みなとさんのサラダ」
大きなレタスを一枚、フォークで取って、豆腐と納豆と一緒に。
ドレッシングがちゃんと絡んでる。
口に入れると、ごまの香りがぶわっと広がって、その後に玉ねぎの甘さがじんわり来る。
納豆のねばっとした感じと、豆腐のとろっとした食感、そしてサラダチキンのほろっとほぐれる感じが、全部別々に楽しい。
「うわっ、これ、めちゃくちゃ合う!」
「だろ?」
みなとさんもにやっとする。
今夜のサラダ、たぶん次の小説にもっと美味そうな描写で書かれるんだろうな。
味噌汁も一口。
いつもの味、いつもの安心感。
「みなとさん、味噌汁、今日も最高」
「いつもの味だぞ」
「いつもの味が最高なんだよ」
みなとさんが、ふっと笑った。
ちょっと、嬉しそうな顔。
三人で、ご飯を食べる。
今日もいろんなことがあった。
ナンパまがいのお客さんがいて、シリウスが守ってくれて、みなとさんが心配してくれて。
駅前の液晶では、僕らのMVが流れていて。
あと2日で、白い衣装で新曲を撮る。
いろいろ忙しいけど、でも——
こうやって、三人で食卓を囲んで、美味しいって言い合えること。
それが、たぶん、何より大事なんだろうな。
「父さ……みなとさん」
「ん?」
「今日もありがとう」
みなとさんが、お箸を止めて、僕を見た。
それから、ふっと優しく笑って、
「いつでも、たくさん食え」
って、言った。
いつもと同じ言葉。
でも、今日はなんだかちょっと、特別に響いた。
シリウスがちらっと僕を見て、ふっと笑う。
何も言わない。
でも、たぶん、シリウスも同じこと思ってる。
ありがとう、って。
みなとさんに、ちゃんと届けたい、って。
「シリウス、デザートとか何かある?」
「あ、買ってあるぞ」
「えっ、何?」
「プリン」
「プリン!?」
「お前の好物、忘れるかよ」
シリウスが、ちょっと得意げにそう言った。
冷蔵庫を開けて、プリンを三つ取り出す。
いつものスーパー壬生のプリン。
でも、なんだか今日は特別美味しく感じる気がする。
「シリウスも、ありがとう」
「いいって」
ぶっきらぼうに、でも、ちょっと照れた感じで。
シリウスはまた、ご飯を口に運んだ。
その耳が、また赤くなっている。
(こいつ、本当に耳がすぐ赤くなるなぁ)
心の中で、こっそり笑う。
甲斐多町の夜。
三人の食卓。
いろんなことがあったけど。
今日もちゃんと、美味しいねって言い合えた。
それだけで、もう、十分すぎるくらいだ。
外で、犬の遠吠えがした。
窓の向こう、夜空に星が一つ、ぽつんと見えていた。
明日も、ちゃんと、こうやって始められたらいい。
そう思える、優しい夜だった。




