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今日も、僕らは雑貨店で働く。
お客への接客と営業スタイルを欠かさない。
これはアイドル活動にも通じるものがある。
午前のやりとりが終了する頃合いに、数名の男性客がきた。
何故かよそよそしい感じがした。
チラチラとこっちを見ながら、商品をいじっている。
でも、買おうとしている雰囲気ではない。
なんとなく、嫌な予感がした。
僕は基本レジにいた。
その内の一人がレジに来ると——
「ねえ?彼女?」
耳を疑う。
(???か、彼女??え?僕?)
固まる。
目をぱちぱちさせる。
今、なんて言われた?
困惑してると——
もう一人が、
「いきなりそんな言い方したらこの娘が可愛そうじゃん」
(え?いま明らかに僕のこと女の子目線で話してない?この二人)
胃のあたりがすうっと冷たくなる。
男性客は全員で3人。
もう一人くらいはまともな人だといいけど……そう思った僕が間違いだった。
「ねえ?君……本当に可愛いね……」
(3人ともアウト!)
心の中で叫ぶ。
まあ、僕たちは(シリウス含む)一応は女の子でもあるが、基本男の子なんです!!
本当に性が2つあるって大変なんだと思う瞬間です。
でも、明らかに僕の顔が可愛いからそう思ってるんだろうな。
今日に限って、髪も少しふんわりしてるし、エプロンの色も柔らかい色だった。
でも、それは女装してるつもりじゃない。
ただの、普段のエプロン。
(うわ、どうしよう)
(みなとさん、今奥にいるんだよな……)
レジカウンターの向こうから、ぐっと顔を近づけてくる男性客。
ぐぐっと、距離を詰めてくる。
近い、近い、近い。
……僕、こういうの、ちょっと怖い。
(早く誰か来て)
奥からシリウスが出てくる。
「ん?どした?」
いつも通りの低い声。
でも、その声がこんなにありがたく聞こえたことはない。
「あ……シリウス」
声が、ちょっとだけ震えてしまった。
助かった、という気持ちと、恥ずかしいという気持ちが入り混じる。
僕のあからさまに低い声を聴いて、男性客は、
「え?声低い女の子??」
「男の子です」
はっきりと、低めに、もう一度言う。
男性客たちが、ぽかんとした顔をする。
まだ、理解してない感じに僕は苛立ちを感じ…。
「僕は男の子です!」
と、今度は強めに言ってみる。
その時、シリウスの目が、すうっと細くなった。
いつものシリウスじゃない。
ちょっとだけ、怖い顔。
でも、本当に怒ったシリウスを見るのは、僕は嫌だ。
だから、慌てて目で「大丈夫」って合図する。
シリウスがちらっと僕を見て、ふぅっと小さく息を吐いて、表情を緩めた。
そして、男性客の一人が、店にあったブロマイドとかで、
「あ!!リルド&シリウスだ!!」
大声を上げた。
他の二人も、僕とシリウスの顔と、ブロマイドを交互に見比べる。
「ええっ!?本人!?」
「マジで!?」
顔色が、さあっと変わる。
「すみませんでした!」
「握手してー!!」
手のひら返しが、激しすぎる。
さっきまでの軽薄な笑顔が、急に焦った顔と、興奮した顔に変わっている。
シリウスが、僕の肩にぽんと手を置いた。
守るような、でも、ちょっとだけ怒気を含んだ手の置き方。
「リルドが嫌がってましたよ、お客さん」
その声が、低い。
いつもより、ずっと低い。
「あ、あー!すみません、ほんと知らなくて」
「いや、知ってても知らなくても、仮に女の子だったとしてもそれでも女の子に対してその言い方はないでしょう」
シリウスがちょっとだけ、語気を強める。
「あ、いや、その、はい」
「次から気をつけてくださいね」
シリウスの目が、まっすぐ三人を見ている。
いつもの軽い感じじゃない。
ちゃんとした、大人の言い方だった。
(シリウス……かっこいい)
心の中で、こっそり呟く。
三人は、深々と頭を下げて、
「本当に、すみませんでした」
「申し訳ない」
「ご迷惑を……」
しょげかえった顔。
でも、すぐに、ちらっと顔を上げて、
「あの、握手だけでも……」
まだ言うのか。
でも、その声がちょっとだけしおらしくて、僕は思わず苦笑してしまう。
シリウスがふっと息を吐いて、僕を見た。
目で「どうする?」と訊いてくる。
僕も目で「まあ、いいよ」と返す。
二人だけの、目の会話。
今日もちゃんと、通じてる。
「分かりました。一人ずつ、商品をご購入の上で」
シリウスがちょっとだけ、にやりとした。
商売人の顔。
ちゃっかりしている。
「あ、はい!何でも買います!」
「これ、これください!」
「俺もこれ!」
三人とも、すごい勢いで商品をレジに持ってきた。
ブロマイドや缶バッジを大量に。
(うわ、グッズも全部買ってる)
会計を済ませて、一人ずつ握手をする。
シリウスは無言で、僕はちょっとだけ笑顔で。
「あ、ありがとうございました!本当にすみませんでした!」
「次は、ちゃんとお客さんとして来ます!」
「応援してます!」
三人は、ぺこぺこ頭を下げながら、店を出ていった。
ドアのベルが鳴り終わって、しばらくの沈黙。
僕は、ふぅっと大きく息を吐いた。
シリウスもふぅっと息を吐く。
二人で、目を合わせて。
「……疲れた」
「俺もだ」
くたっと、レジカウンターに肘をつく。
シリウスが僕の頭をぽんぽんと撫でてくれる。
いつものリルド分補給。
でも、今日はちょっとだけ、長め。
「リルド、大丈夫だったか?」
「うん……ちょっとびっくりしたけど」
「ああいうのが来るんだな、これからは」
「……うん」
アイドル活動の影響なのか、僕らの顔が知られてきた影響なのか。
いろんなお客さんが来るようになった。
大半は優しい人たちだけど、たまに、こういう人もいる。
これから、もっとあるかもしれない。
「シリウス、ありがとう」
「いいって」
「シリウスがいなかったら、僕、固まってた」
「……俺がいるから、大丈夫だ」
その低い声が、なんだか胸に染みる。
シリウスって、こういう時、本当に頼もしい。
奥から、みなとさんが出てきた。
「ん?なんか騒がしかったか?」
タイミング、絶妙すぎる。
今やっと出てくるんだ、と心の中で苦笑する。
シリウスが状況を簡単に説明すると、みなとさんが眉をしかめた。
「リルド、大丈夫か」
「うん、大丈夫」
「シリウスが守ってくれたから」
「そうか、よくやった、シリウス」
みなとさんがシリウスの頭をぽんと撫でる。
シリウスがちょっと照れたように、目を逸らした。
「……当たり前のことだ」
ぼそっと、そう言うシリウス。
その照れ方が、いつものシリウスで、僕はちょっとほっとした。
「これからは、リルドはなるべく一人でレジに立たせるな」
みなとさんが、ちょっと真面目な顔で言った。
「うん、了解した」
「ああ」
みなとさんが、ふぅっと息を吐く。
「……顔が売れるってのも、なかなか大変だな」
「うん」
いろんなことがある。
でも、こうやってシリウスとみなとさんがいる限り、僕は、たぶん大丈夫だ。
そう思える。
午後の営業。
その後は、平和なお客さんばかりだった。
いつもの常連さんや、シリウスファンの女子高生グループや、観光客らしい家族連れ。
みんな、笑顔で帰っていった。
ちょっとだけ、今日のことで気持ちがぐらついたけど。
でも、ほとんどのお客さんが、ちゃんと優しい人たちだ。
そのことを、ちゃんと覚えておこう。
夕方、店じまい。
シャッターを下ろしながら、シリウスがふと、
「リルド、明日は撮影前日だな」
「うん」
「もう一回、家で練習しような」
「うん、する」
二人で家路につく。
住宅街の夕暮れ。
今日はみなとさんが少しだけ離れて歩いてくれた。
たぶん、僕らに少しだけ二人の時間をくれたんだろう。
シリウスが、ちらっと僕を見て、
「今日のお前、ちょっと震えてたな」
「……バレてた?」
「ああ、声が」
「えへへ」
「えへへじゃねえだろ」
でも、シリウスの声は優しい。
怒ってない。
心配してくれてるだけ。
「シリウス、今日もありがとう」
「……うん」
短い返事。
でも、その「うん」が、ちゃんと「お前のためなら何度でも」って意味だって、僕には分かった。
甲斐多町の夕暮れ。
いろんなことがあるけど。
守ってくれる人がいて、見守ってくれる人がいて。
そして、隣に並んで歩いてくれる人がいて。
僕は、たぶん、これからも大丈夫だ。
明日も、明後日も、その先も。
ちゃんと、歩いていける。
窓の向こうで、夕焼け雲が紫に染まっていた。




