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リルド&シリウス〜アイドル活動開始します〜  作者: みなと劉


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19/30

19

 その深夜。

 僕は、寝苦しいのか興奮なのか分からないけど、なかなか寝付けなかった。

 体は疲れてるのに、頭の中だけがずっと忙しい。

 みなとさんの濡れた目、シリウスの低音、指先の温度、白い衣装、撮影スタジオの照明——

 いろんなものが、ぐるぐる回っていた。

 寝返りを打って、また打って。

 布団がもさもさと音を立てる。

 布団をもぞもぞとしているのがシリウスにバレて、

「寝れないのか?」

 と言われ、どきりとする。

(うわ、起こしちゃった)

 暗闇の中、隣の布団のほうから、シリウスの声。

 寝ぼけてる感じはなくて、たぶん、まだ起きてたんだろう。

 僕はシリウスに、

「……うん」

 という。

 短い返事。

 でも、それだけで全部伝わったらしい。

 すると、彼は僕のベッドに来ると、すぐ横に座り、僕の頭を優しく撫でてくれる。

(シリウス……)

 いつもの「リルド分補給」とは違う、ゆっくりした、丁寧な撫で方。

 大事なものを扱うみたいな、慎重な手つき。

 頭のてっぺんから、後ろのほうへ、ゆっくりと。

 何度も、何度も。

「眠れない時はな、誰かが近くにいるだけで違うんだ」

 シリウスがぽつりと言う。

 声を落として、僕を起こさないようにしてくれてる優しい声で。

「俺も、昔そうだった」

「……シリウスも?」

「ああ。誰もいない時、なかなか寝付けなかった」

 ちょっとだけ、シリウスの過去が垣間見えた気がする。

 あっちの世界での話だろうか。

 でも、深掘りはしない。

 今は、ただ、シリウスの手の温度に、身を委ねていたかった。

 しばらく、無言で頭を撫でられる。

 シリウスの手が、僕の頭を通って、ちょっとだけ頬にも触れる。

 くすぐったくて、でも、嫌じゃない。

 なんだか、安心する。

「シリウス」

「ん?」

「あったかい」

「……そうか」

「うん」

 目を閉じる。

 頭の中のぐるぐるが、少しずつ静かになっていく。

 みなとさんの濡れた目も、白い衣装も、スタジオの照明も。

 全部、シリウスの手の温度に溶けていく。

「リルド」

「ん?」

「お前さ、撮影、楽しみか?」

「……うん」

「俺もだ」

「ほんと?」

「ああ。緊張はするけど、楽しみのほうがちょっと多い」

 シリウスの声が、ふっと優しくなる。

「お前と二人で、あの曲歌うんだもんな」

「……うん」

 胸の奥が、じんわりと熱くなる。

 恥ずかしいけど、嬉しい。

 シリウスがこういうこと言ってくれる夜は、特別だ。

「シリウス、ありがとう」

「何が」

「いっぱい」

「……いっぱい、ってなんだよ」

「いっぱい、いっぱい」

 くすくす笑うと、シリウスもふっと笑った。

「お前、変な奴だな」

「シリウスもだよ」

「うるさい」

 でも、撫でる手は止まらない。

 優しいまま、ずっと。

 しばらくして、僕の瞼が重くなってきた。

 シリウスの手の感触に、意識がふわふわと溶けていく。

「シリウス……」

「ん?」

「ここで寝ていい?」

「……俺の布団で?」

「ううん、シリウスが、ここで」

 ちょっと甘えた声になってしまう。

 でも、もう、抑えられなかった。

 シリウスは少し黙ってから、

「……わかった」

 って、低く答えた。

 シリウスが、僕のベッドに、そっと潜り込んでくる。

 狭いベッド。

 でも、別に問題はなかった。

 シリウスは僕の隣で、横向きに寝そべる。

 手はまだ、僕の頭を撫でていた。

「眠くなるまで撫でててやる」

「うん……」

「だから、安心して寝ろ」

 その低い声が、子守唄みたいに響く。

 僕は目を閉じて、シリウスの存在を、ただ感じていた。

 あったかい体温、ゆっくりした呼吸、優しい手の動き。

 全部が、僕を眠りへと連れて行ってくれる。

(シリウスがいてくれて、よかった)

 最後にそう思った時にはもう、僕の意識は半分溶けていた。

(明日も、一緒に……)

 言葉にならないままに、シリウスの隣で、僕はゆっくりと眠りに落ちていった。

 翌朝、目を覚ました時、シリウスはもういなかった。

 たぶん、僕が寝てから自分のベッドに戻ったんだろう。

 でも、枕の隣にはまだ、シリウスの匂いがほんのり残っていた。

 なんだか、それだけで、ふっと笑えた。

 窓の外、朝の光が差し込んでくる。

 雀の鳴き声が、ちゅんちゅんと聞こえる。

 甲斐多町の朝。

 今日も、シリウスと一緒に練習しよう。

 あと2日。

 ううん、もう撮影は明後日。

 心の準備、ちゃんとしておこう。

 起きて、隣のベッドを見る。

 シリウスは、まだぐっすり寝ていた。

 寝顔が、いつもよりちょっとだけ、幼く見える。

(昨日、僕のために起きててくれたんだもんね)

 ありがとう、と心の中で呟いて。

 僕は、シリウスを起こさないように、そっと布団を出た。

 階段を下りる音をできるだけ立てないようにして、一階へ。

 みなとさんが、もう台所で朝ご飯の準備をしていた。

「お、リルド、早いな」

「うん、なんとなく目が覚めた」

 みなとさんがにこっと笑って、僕にエプロンを渡してくれた。

「手伝うか?」

「うん、手伝う」

 朝の台所。

 みなとさんと並んで、卵を割ったり、お味噌汁の鍋をかき混ぜたり。

 なんでもない朝の時間。

 でも、こういう時間が、僕は好きだ。

 しばらくして、二階からどたばたと音が。

「リルドー!俺だけ寝坊させやがって!」

 階段を駆け下りてくるシリウスの声。

 みなとさんと顔を見合わせて、僕はくすっと笑う。

「今日のシリウス、ちょっと寝坊シリウスだね」

「お前のせいだろ!?」

「えっ、なんで僕のせい!?」

 みなとさんが、笑いをこらえながら、

「お前ら、朝から元気だな」

 二階での秘密の夜のことは、たぶん、みなとさんは何も知らない。

 でも、僕とシリウスの間では、ちゃんと、特別な夜として残っていく。

 甲斐多町の朝が、また、賑やかに始まった。

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